冷えない怒り/エリック
「警告通り、それなりの対応を取らせてもらう」
静まりかえる教室に響いたのは、冷ややかなエリックの声だった。
マーガレットのみならず、その場にいた全員がはっと息を呑む。端正な顔には微笑みが浮かんでいるというのに、凍りつくような怒りが伝わって来て目を逸らすこともできなかった。
エリックが見据えたマーガレットの顔は、困惑か怒りか、それとも恐怖からか、歪んでいる。
「それなりの対応って……」
「君が陥れようとしたのは、リリエンタール侯爵令嬢。歴史ある名門貴族リリエンタール侯爵家の一人娘で、いずれフォンドヴォール公爵夫人となる女性だ。次期王妃殿下の義姉となる彼女に、よくもこのような真似をしてくれた。カンバーランド男爵家には両家から正式に苦情を申し入れる。男爵がどのような決断をなさるのかは知らないが、君が神の御心に寄り添い改心することを僕は望む」
少なくとも修道院行きだと、エリックは仄めかす。
マーガレットの顔が、青褪める。一瞬目を伏せ唇を噛んだあと、きっとエリックを睨みつけた。
「身分があると言うだけで、嫌がらせをしても許されるんですか! 私は事実を言ってるだけです」
嫌がらせね、とエリックが笑みを崩さず呟く。
「警告したのは、舞踏会の前日だな。あれから君の行動は全て、監視させてもらっていた。この二日の間に、君が教科書を自分で破いたことも、自ら自身を傷つけ痣を作ったことも全て報告が来ている」
マーガレットの顔が引き攣った。
「ちょっ……嘘でしょ、」
「そしてハンカチはリリアが以前失くしたと言っていたものだ。学園に遺失届が出ている。教科書が破かれた際にリリアが落としたと言ったが、君がこれまで破損した教科書を使用したことはないこと、教科書は学園のみでしか買えない上に、ここ半年の間に購入した生徒はいないことも確認している」
「……っ……ハンカチを落とした時は、教科書じゃなかったかも、他に壊されたものはたくさん――」
「諦めることだ。君の話を信じる者は、誰もいない」
エリックが言い放った言葉に、マーガレットの肩が大きく揺れた。
「何……何なの……私はヒロインなのに……だから今まで我慢してきたのに……」
戦慄くマーガレットに、エリックの横で呆然としていたリリアがハッと息を呑む。
マーガレットの頬に涙がぽろぽろと伝っていく。
「あんたたちなんか所詮ゲームの登場人物にしか過ぎないくせに!生きてる人間みたいな振りして……なんなのもう!ゲームのくせに!」
涙を流しながら叫ぶマーガレットに、リリアが一言言葉を発した。
「生きてますよ」
二人が一瞬、見つめ合う。
「生きてる。ここで、あなたも」
マーガレットの話は、理解し難い。
しかしまっすぐにマーガレットを見つめるリリアの眼差しに懐疑的な色はない。同士を見るかのような、不思議な眼差しだった。
「……バカじゃないの!!」
そう叫ぶと、マーガレットは教室から走り去って行った。
しんと静まりかえっていた場の空気が少しだけ和らぎ、クラスメイトたちがリリアに話しかける。
クラスメイトのリリアへの警戒は、だいぶ前に解けていた。昼食を共にする友人以外にも、少しずつ声をかける生徒が増えてきている。
しかし肝心のリリアのほうに、「自身は嫌われている。気を遣わせている」という気持ちが抜けきらないようだった。エリックがそんなことはないと言っても、信じるどころか「エリック様はお優しいですね!」と言われてしまう始末だ。
遠慮するリリアに、遠慮をするクラスメイトという悪循環を断ち切るきっかけはないかと考えていた。
マーガレット・カンバーランドの企みは、監視からの報告ですぐに察した。昨日聞いた直後はリリアを傷つけかねない企みなど実行する前に潰そうと思っていたが、マーガレットはしつこい。潰しても潰しても、エスカレートしてまた何かをやりかねない。
それにいくら何でも以前に申告してきたリリアからの嫌がらせという虚偽のみで、学園追放はできない。
それならば、マーガレットが企みを実行した時、衆目を証人に全てを暴いてしまえばいい。それをきっかけに、リリアがクラスから信用を勝ち取っていることに、リリア自身が気付けばいい。
今回は、うまくいったのではないかと思う。
最善の策では無かったが、悪い結果ではなかった。
しかしリリアは傷ついたのではないだろうか。
考え込んでるリリアがハッと気づいたように顔を上げる。エリックと目が合うと、口を開いた。
「私、ちょっと、あの子と話してきます!大丈夫なので、絶対絶対誰も来ないでくださいね!あの、様子が見えるように中庭とかに行きますから!」
そう言って、彼女は教室から走り出した。
淑女にあるまじき瞬足に、その場の全員が驚いた。
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