信じてくれる人/リリア
「おはよう、リリア」
眩しっ。
「恋人になったのだから、これからは登下校も一緒にしよう」と、舞踏会の帰りにエリック様が言ってくださった。
約束通り迎えに来てくれた我が恋人は、今日も今日とて後光がさしている。何なら少し、いつもよりも光量強め。有難し。
「おはようございます! 遠回りなのにお迎えに来て頂いてありがとうございます」
「問題ないよ。リリアと登校できるのが嬉しい」
頬がむずむずとゆるむ。
名実ともに確実な婚約者となった私に、エリック様がはにかむ。甘いとろけそうな顔で私を見ている。色気が出てる、十八禁だ。
そう、婚約継続となったのだ。というか、手続き自体何もしていなかったそうだ。
言われた時は、まあ、「早く言ってよー!」とは思ったけど両思いになったこと、婚約者でいられる喜びで消し飛んだ。
この初々しい付き合いたての期間はきっと短い。この時期に、何としても有り余るほどの甘い言葉を囁いてもらわねばならぬ。
馬車に乗り、座ろうとして、一緒に隣に座りたいなと思った。しかし心の中で首を振る。
さすがにそれは、はしたなかろう。私とて淑女のはしくれ。こう見えても、常識はある。
エリック様の対面に座ろうとすると、リリア、と名前を呼ばれた。
「隣に座ってくれると嬉しい」
「!」
いそいそと隣に座ると、彼は嬉しそうに笑った。
気持ちが通じ合った後のなんでもない日常は、なんて素敵なんだろう。
「何かあっても、僕が君を守るから安心してくれ」
王子様……!!
浮かれているとき、物事は良くない方向に動くと聞く。
そんな法則、発動したら全力で破ってやる。
◇
まあでも、まさかこんなに早く法則が発動するとは思わなかった。
きゃっきゃうふふと登校した私とエリック様が教室の扉を開けると、すでに登校していたクラスメイトが一斉にこちらを見た。異様な雰囲気だ。
「リリア……」
真っ青な顔でこちらを見ているリーナの手には、ボロボロの教科書のような物が握られている。
そしてリーナの前に、綺麗な桃色の髪の少女が目に涙をためて立っていた。私を見て怯えた表情をする彼女は、見覚えがある。以前、エリック様に好きな人がいると言った彼女だ。頬や膝に痛々しい白いガーゼや包帯が巻かれている。
「エ、エリック様……」
彼女が一筋、美しい涙を流して見つめたのはエリック様だ。
横のエリック様を見て、ぎょっとした。
今まで一度も見たことがない。うっすらと笑みを湛えながら、冷ややかな眼差しで彼女を見ている。
「もう、我慢できません。リリア様が、私を目障りだと言って……」
泣きながら告げる彼女の言い分は、こうだった。
前から彼女を目障りだと罵っていたリリアは、彼女の教科書や私物を破壊し、罵詈雑言を浴びせ、エリック様を金蔓呼ばわりし、挙げ句の果てに彼女を階段から突き落とした。
どれもこれも、リリアならやりそうだ……。
おまけに。
「これは、以前、私の教科書を破ったときにリリア様が落とした物です……誰にも言えなかったんですが、突き落とされて、これ以上は我慢できなくて」
そう言って彼女が差し出したのは、私が前に失くしたハンカチだった。ご丁寧にイニシャルの刺繍までされている、お気に入りすぎて私がよく使っていた、あのハンカチだ。
証拠まである……!
呆然として、エリック様を見た。
横のエリック様は、変わらず微笑みを浮かべている。しかし瞳は冷たく、眼光は鋭い。禍々しい空気すら感じる。笑っていても伝わる怒りに、何故か私の方が冷や汗が出た。
エリック様、マジギレしてる。
私が驚愕していると、エリック様が私をちら、と見て少しだけ目を和らげた。心配するなと言っているような眼差しだ。
「ちょ、エリック様……」
「だから、リリアはそんなことしないから! そんな話聞かせないでよリリアに。さっさと帰って!」
「そうだね、リリエンタール様はそんなことなさらない。というか君のことは、眼中にもないと思う」
彼女が何かを言いかけようとした時、リーナとアンバー様の声が聞こえた。
熱くなった胸が詰まって何も言葉が出なかった。
「リリア様と仲が良いお二人が庇う気持ちはわかります。でも、本当なんです。他の方は信じてくれますよね?」
桃色の髪の彼女が周りを見渡すと、その場にいた全員が私を見た。
まあ、そうですよね……。信じちゃいますよね……。
「いやー、でも、リリア様ってそんな子じゃないよね……?」
「うん。まあ元はちょっとアレな人だったけど……」
目を伏せた私に、予期せぬ言葉が聞こえた。
驚いて顔を上げると、クラスメイトの子達がばつの悪そうな、はにかんだ笑顔でこっちを見ていた。中には、私のいい子アピールを見抜いた子達もいる。一緒に昼食を摂る子達もいる。
「リリア様が変わったってこと、同じクラスならみんなもうわかってます。どう接していいか分かんなかったけど……」
「私、リリア様と最近仲良くしてもらってるけど、こんなことする人じゃないよ。優しいし、面白いし」
驚いて言葉も出なかった。
絶対にわかってもらえないだろうと思っていた。
だから、「まあ仕方ないよね」と諦めながら過ごしていた。その呪文は、私に深く物事を考えさせない鎧だった。元々深く考えるたちじゃないけど。絶対に、考え込まないように。
考え込んだら、私は絶対に立ち上がれなくなってしまう。
人に嫌われるのは痛い。どうしてわかってくれないの、と憎むことは苦しい。そうなることは嫌だった。
瞳に涙の薄い膜が張る。こぼさないように眉間と鼻に力を入れたけれど、ぽろぽろとこぼれてしまった。
「な、なんで……」
クラスメイトの反応と、本格的に泣き出した私を見て彼女がたじろいだ。
「マーガレット・カンバーランド。以前、警告したはずだ」
よく通る、冷ややかな声が響いてその場が一斉に静まり返った。
「警告通り、それなりの対応を取らせてもらう」





