二曲目の相手/リリア
何度見ても、ため息が出るほどかっこいい。
腕に手をまわし踊りながら、微笑むエリック様に見惚れていた。
エリック様の正装は、素晴らしかった。「もう無理」「尊い」以外の語彙がない。
ここに広辞苑があれば、もう少し国語を勉強していれば、あらゆる美辞麗句をお捧げできたというのに悔やまれる。
黒地に金の刺繍が施された長いコートとジレはお揃いのようだ。白いシャツに黒いジャボが、かっこいい。尊い。もう無理。素敵。こんなにかっこいい人、この世に絶対存在しない。
何よりオールバックがいい。似合う。美しい額も形の良い眉もよく見えて、いつもより大人っぽく、男らしい感じがする。
触れ合っている肌からエリック様の香りが漂う。動いているせいか、エリック様の体も熱い。
この夜がずっと続けば良いのに。これから先も一生、エリック様といられたらいいのに。
◇
ダンスがずっと続くわけもなく、一曲目が終わった。二曲目も一緒に踊れるかなと思っていたけど、エリック様は第一王女であるエリザベス王女殿下にダンスに誘われた。
まだ九歳の彼女は、少々勝気で可愛らしい。エリック様が好きなようで、見ていて微笑ましくもある。
一生懸命エリック様に話しかける彼女の邪魔にならないよう、繋いだ手を離しすすすとさりげなく移動する。
人に紛れたあとは、壁の花となるべく颯爽と歩き出す。喉も乾いた。
「リリエンタール様、こんばんは」
聴き慣れた声がして振り向くと、アンバー様がシャンパングラスを手に微笑んでいた。知り合いに会えると嬉しい。
差し出されたグラスを受け取り、乾杯をする。
「エリック様とご一緒では?」
「あちらで、エリザベス王女殿下とお話されています。ふふ、可愛らしい光景ですよね」
懸命に話すエリザベス王女殿下の話に耳を傾けているエリック様に目を向けると、こちらに気づいた彼が顔を向けた。驚いている。一人じゃないから大丈夫だと伝えたくて、アンバー様の隣に立ちにっこり微笑んだ。安心してくれたらいいんだけど。
横からアンバー様が吹き出す声が聞こえ、驚いて見上げる。
「失礼。本当に微笑ましくて」
「まあ。吹き出すのはさすがに失礼ですよ」
「不敬でしたね。あ、音楽が始まる。良ければ一曲、お願いできませんか?」
遠目でエリック様を見ると、何やら笑顔で威圧されているような気がする。強い念が伝わってくる。
一瞬、嫉妬かなと思い上がったけど、まさかあの大人びた彼がそんなことはしないだろう。やっぱり婚約者が壁の花になるのは恥ずかしいのかもしれない。
「ぜひお願いします。……下手なんですが」
アンバー様は非常に楽しそうに、微笑んだ。
◇
アンバー様は、ダンスが上手だった。動きに身を任せると体が軽やかに動き出す。それでも粗相のないよう必死になって足を動かしていると、くすりと笑う声が聞こえてきた。
「背中に穴が空きそうだ」
「え?」
「なんでもないですよ。それにしてもそのドレスは、エリック様の贈り物ですよね」
私は自分のドレスに目を向ける。公爵家の紋章を連想させるようなドレスは、侯爵家で用意することはない。それでわかったのだろう。
「ええ、そうなんです。素敵なドレスで驚きました」
「僕も少し驚きました。彼はそのようなタイプの男性ではないと思っていたので、ここ最近とても面白……新鮮です」
今この人、エリック様のことを面白いと言いかけなかったか。許せん。軽く睨むと、ふっとアンバー様が柔和に微笑んだ。
「失礼、変な意味ではないんです。ただエリック様は本来感情を表に出されるような方ではないでしょう。貴族としての矜持と良識でできているような方が、最近はリリエンタール様をとても大事にされていて、その変化が面白いのです。純然たる興味ですよ」
多分大いに誤解されている。でも「大事にされてる」の言葉に照れていると、アンバー様は笑った。
「最近のリリエンタール様はとても素敵です。エリック様と婚約されてなければ、ぜひとも結婚を申し込みたいのですが」
「またまた、お戯れを。アンバー様って良い性格してますよね」
「褒め言葉として受け取ります」
そんな他愛ない話をしていると、急にアンバー様が私の耳元に口を寄せた。
「愛し合っているお二人を見てると、僕まで幸せになりますよ。どうかお幸せに」
囁かれたと同時に、音楽が終わった。
そんなわけはないのに、頬がどんどん熱くなり、口もとが緩んだ。
◇
「やあ、ウォルター。リリアをエスコートしてくれてありがとう」
すぐにエリック様がやってきて、私の背中に手を添えた。やっと一緒にいられると喜んだけれど、エリック様の顔が怖い。
微笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「いえ。リリエンタール様と踊れて光栄でした。エリック様は王女殿下とご一緒だったのでは?」
「僕の弟とも踊って頂くようにお願い申し上げたんだ。では、失礼」
エリック様は固い笑みをアンバー様に向け、そのまま私の手を引いて歩き出した。声をかけようにも、かけにくい雰囲気を出している。
そのままテラスに出た。会場の熱気とさっきの言葉で火照った体に、外の空気が気持ちいい。手で顔を仰いでいると、エリック様が真顔で私の前に立った。威圧されている。なぜだ。
「私、何か失礼を……?」
たじろいで口を開くも、心当たりがない。
私の言葉にエリック様がはっとしたように目を開き、首を振った。
「いや、君は何も……僕の問題だ」
長いため息をついて困ったように微笑む彼を、首を傾げて見つめると目が合った。
合った目の菫色の美しさに見惚れていると、エリック様の手が私の頬に添えられた。
直接頬を触られるのは初めてだ。長い指に優しく撫でられる。でも菫色の瞳は、切なげに揺れていた。その中に、戸惑いながらも喜んでいる私が映っていた。
エリック様の顔が、近づいてくる。
心臓が高鳴る。
うるさいくらいに。
触れられて嬉しいと、
見つめられて嬉しいと。
体の奥底が、どくどくと喜んでいる。





