好きな人の色/リリア
婚約を破棄してしまえば、私はもう彼と話すこともなくなるだろう。
円満解消とはいえ、元婚約者だ。特にシャロン様は王太子殿下の婚約者だ、不要な噂は立てないほうがいいに決まっている。
それならば、エリック様の事情が解消されるまでは少しでもお側にいたいと思う。
エリック様は遅くとも卒業までには、と言った。
多分だけど、私との結婚はエリック様のお家にとってメリットが大きいんだろう。
我が家は領地も税収も発言権も大きく、侯爵家の中では抜きん出ている。だからこそエリック様の婚約者に内定できたのだ。
前みたいに評判が悪すぎたら婚約破棄もやむなしだったのかもしれないけど、私が変わったことも婚約破棄が進められない要因かもしれない。
私が前以上にちゃらんぽらんな問題児になったら問題は解消できるんだと思うけど、最近のリリアの両親の嬉しそうな顔を思えばとてもできない。それに、できることなら婚約を解消なんてしたくない。好きな気持ちは無くせない。
私にできるのは、エリック様の言う事情が解消された時、笑顔で了解すること。正式に婚約破棄の打診が来たら、両親に絶対揉めないでほしいとお願いすること。
何があっても、その二つだけはやろうと思う。
◇
エリック様のためにやること、諦めないことを決めたら少しホッとした。一度覚悟を決めると、割と楽になるものだ。
エリック様もどことなく表情が柔らかい。何となく心を決めた顔をしている。好きな女性のことでも考えているのだろうか。それに関しては全くもって面白くない。家で考えていただきたい。
「舞踏会は久しぶりだな。楽しみだ」
「最近、行かれてなかったんですか?」
エリック様の言葉に意外だな、と思う。公爵家嫡男のエリック様といえばあちらこちらに顔を出さねばならないはずだ。今回の王宮舞踏会に関してはパートナーと行かなければならないが、それ以外のものであれば一人で行ってもおかしくはない。だから一人で行ってるんだろうなと思ってたけど。
「いや、断れないものはいくつか出てはいたが、君と行くのは久しぶりだろう」
確かに。リリアだった頃は何度か一緒に行っていた。思い出したくはない記憶が蘇りそうで、あまり考えたくはない。
「君のように美しい女性と踊れるのは、とても楽しい」
今朝までだったら嬉しいけど、今は複雑だ。貴族男性の常識はよくわからないけど、最近のエリック様はイタリア人男性のようというか、天然女たらしがすぎると思う。だけど否定しても自意識過剰だ。え、本気にしてるの? と思われたら恥ずかしい。
「うーん……舞踏会では盛り盛りに着飾ります」
頑張るのは侍女のアンナだけど。今日も、ああでもないこうでもないと、一緒に考えてめちゃくちゃ頑張ってくれたのだ。
そのことだが、とエリック様が躊躇いがちに口を開いた。
「良かったら、僕にドレスを贈らせてもらえないだろうか」
好きな人から、ドレスを贈られ、それを着て舞踏会。
あまりの少女漫画の世界に、一瞬ぽかんとした。
そんな私を見て、君のセンスに合うかわからないが、と不安げに続けるエリック様に言葉が詰まる。多分過去のリリアの反応を思い返しているのだろう。ああ、本当に申し訳ない。
「すごく嬉しいのですが……良いのでしょうか?」
プレゼントの贈り甲斐のない、かりそめの婚約者ですよ私は。
「ああ。既にデザイナーに何点か考えてもらってる。好きな色はあるか?」
「いや、あの、本当に何でも大丈夫なんですが……色、ですか」
ぱっと浮かんだ色はあったが、いやいやと思って打ち消す。
無難な色はないかとしばらく考えている内に、家の前に着いた。困った。思い浮かばない。
さっき思いついた色を、慌てて言った。
「あの、金色か菫色だと、嬉しいです」
目の前の端正な顔がぽかん、とした後に、ほんのり赤くなった。
確かに自分でもちょっとあからさまっぽいかなとは思ったけど、パートナーだったら相手の色を纏うのはそこまでおかしなことではない。それに金色も菫色も人気の色だし、と頭の中だけで言い訳しているうちに、私の顔も赤くなってきた。
「あの、やっぱり何色でも大丈夫です」
「い、いや、金色か菫色にしよう。了解した」
手配する、と笑うエリック様の顔はやっぱり赤いような気がした。





