気づかない歯車/エリック
「リリアの可愛さが異常だ……」
「それ、今日何回聞いたかわかるか?」
ソファに深く腰掛け天を仰ぐエリックに、げっそりとしたユリウスが顔を顰める。
「ドレスは金色か菫色がいいと言っていた。見たら連れ去ってしまうかもしれない。絶対に可愛い」
友人が心底引いているのがわかったが、構わず吐息を吐いた。
昨日のデートは失敗か成功かでいったら、リリアの様子を見るにやや失敗に終わった。
恋愛に関しての話をしてから上手く噛み合わなくなった。自分の好きな人がリリア本人だと、うっすらと伝わったに違いない。早計だったのだろう。
しかし心の重荷となっていた婚約の破棄についても期限を定めることができたし、舞踏会のドレスの色も聞くことができた。
金色と菫色だ。
何度でも言おう。金色と菫色だ。
「まあ、良かったよ。お前は一度落ち込むと面倒だから……浮かれてると鬱陶しいけどな……」
「浮かれてなどいない。……彼女は僕と婚約自体はしたくないようだし……ドレスも恐らくは僕に気を遣っただけだろうし」
「わあ。面倒になっちゃった」
半ば自棄になって相槌を打つユリウスに、エリックは大丈夫だと苦笑した。
リリアが自分と結婚したくない気持ちは変わらないようだが、まだ卒業まで時間はある。それまではリリアの一番近くにいられるのだ。多少、騙している罪悪感はあるけれど。
「ま、案外リリエンタール嬢は、延期になって喜んでいるかもしれない」
友人の言葉に力なく笑う。
そうだったら、どんなに良いだろう。
◇
長期休暇が明け、久しぶりに登校した。
約束しなくてもリリアに会えるのは嬉しい。友人と笑い合うリリアは、元気そうだ。
そのリリアは先ほど地政学の教師に何か頼まれていたようだ。手伝おうかと声をかけようと思ったが、エリックも他の教師に資料を持ってくるよう頼まれてしまった。
資料室へ向かっていると、後ろから声をかけられた。
「エリック様!」
振り返ると、マーガレット・カンバーランドだった。息を弾ませる彼女の薄桃の髪の毛がさらりと揺れる。
「何か用か」
自分でも固い声だと思った。マーガレットは一瞬怯んだが、大きな瞳をキラキラと輝かせ、にこりと微笑む。
「エリック様、来月の舞踏会、私と一緒に行ってもらえませんか」
エリックの眉根が寄った。
「生憎だがパートナーはもう決まっている」
「リリア様なら、断っても大丈夫ですよ。あれだけ評判が悪い方ですから、パートナーを変えても誰も文句は言いません」
「それ以上、彼女を侮辱するならそれなりの対応を取らせてもらうが」
エリックの怒気にマーガレットがたじろいだ。なんで……と呆然とする様子にさらに不快がつのる。
「エリック様、どうしたんですか? 何かあったんですか?」
以前から思っていたが、彼女から感じられる絶対に自分が選ばれるはずだ、という傲慢さはなんなのだろう。
エリックの意思が彼女の言葉に添わない時、驚いたように揺れる瞳が不気味ですらあった。自分は公爵家嫡男であり、彼女は貴族の末席である男爵令嬢だ。
学園内では平等が謳われるとはいえ、明らかに不敬である。
まるで自分の思い通りにならないことが、不思議でたまらないと感じている、この奇妙な女生徒は一体どういうつもりなのだろうか。
「前にリリア様と婚約破棄しなければと思うってユリウス様と話してましたよね。それなら舞踏会なんて行く必要ないですよね? さすがにそろそろ、時期だと思うんですけど」
内心舌打ちをした。前にユリウスと話していたことをマーガレットに聞かれていたのか。あの時既に婚約破棄をする気はなかったが、しなければならないと苦渋の末に言った言葉を彼女は聞いたのだろう。
しかしこれに関しては学園で不用意な話をした自分が悪い。とはいえ、その頃から広まった婚約破棄が云々という噂は彼女から広まったのだろう。
「君に説明する義理はないのだが、敢えて言おう。僕はリリアを愛しているし、彼女が望んでくれれば生涯をかけて幸せにする。君と舞踏会に行くことはない」
怒りと戸惑いで赤くなる彼女を見据え言い放ち、そのまま歩き始めた。
背後から、「舞踏会の日、校門の木の前で待ってますから!!」と彼女の声が聞こえてくる。小さくため息をつき無視して進んだ。
マーガレット・カンバーランドは、何とかしなくてはならない。以前リリアにされた嫌がらせも十中八九嘘だろうし、噂を撒き散らしていそうなところから考えても調査は必要だろう。
何より不快だ。
腹立たしさを抑えながら、エリックは資料室に向かった。
◇
天使がいる。
資料室に入ろうと、開いていた扉から入ろうとするとリリアが窓枠で寝ている猫に話しかけていた。
「猫ちゃんは何が好きなの? 私はラーメンかなあ。食べたいな〜」
ラーメンとは何かがよくわからないが、食べ物だろうか。
「嫌いなものはある? 私はスターゲイジーパイかな……見た目がね……」
リリアは無反応な猫にも気にせず次々話しかけている。顔は見えないが、おそらく微笑んでいるだろう。
さっきまで充満していた怒りが抜け、代わりに口元に笑みが浮かぶ。猫と話すリリア。可愛すぎやしないだろうか。
「僕は卵とベーコンを落としたガレットが好きだな」
声をかけると、リリアが振り向いた。エリックの姿を見ると驚いたように口をつぐみ、頬を赤く染める。
「嫌いなものは特にないが、甘すぎるものは少し苦手だ」
「もう! 立ち聞きなんて紳士のすることじゃありません」
口を尖らせるリリアに、悪かったと笑った。頼まれていた資料を探していると、リリアも用事を思い出したようで手に持っていた資料を片付けていく。
「ラーメンとは食べたことがない。どんな料理だ?」
「えーと、麺料理なんですがずいぶん昔に食べたことがあって……それ以来食べたことがないんです」
「麺は僕も好きだ。ぜひ食べてみたいな」
どんな料理か調べてみよう、と考えているとリリアが口を開いた。
「それよりエリック様の好みを聞いたのは初めてかもしれません。前に甘いものは苦手と言っていたの、本当だったんですね」
「苦手というほどのものではないが……好んでは食べないな。僕の好みは本当に親しい人しか知らない。ユリウスも知らないと思う」
リリアが少し驚いた後に、ふふ、と花がほころぶような笑いを見せた。
黒い瞳がどことなく嬉しそうで、エリックもつられて微笑んでしまう。
「じゃあエリック様にお願いがある時はガレットを山盛り持ってきますね」
「……山盛りはいらない」
(言ってくれさえすれば、どんなお願いでも叶えるのに)
にこにこ笑うリリアを見て、心がふわふわと浮き立つのを感じた。
天気の話しかできなかったあの頃から成長してきました。
少しずつ終わりに向かって進んでいます。いつも読んでくださる方々のおかげです。ありがとうございます。





