恋は盲目/リリア
休日、私はエリック様の長所と短所を書き出した。
長所はたくさんある。顔が良い、背が高く足も長い、家柄が良い、成績が良い、人望が厚く、一度嫌いになった女の長所を見出す徳の高さがある。優しく面倒見がよく性格もいい。いい匂いがする。
「超人か……?」
書き出した内容を眺めて驚愕に目を見開いた。
首を振って気を取り直す。
続いて短所だ。なるべく、私情をいれずに曇りなき眼で見定める。どんな人間であっても、短所は絶対に存在する。
しかし、思いつかない。
神様がエリック様を作り賜し時、「こいつだけステータス全振りしちゃおっと」とかいう悪ふざけをやっちゃったのではなかろうか。
そんな不毛な堂々巡りを繰り返したら、もう週が明けていた。
そもそも私は前世でも、恋愛偏差値は限りなく低かった。
好きにならない方法なんて、わからない。
◇◇
共に中庭へと向かうエリック様の表情は、やや固い。
真っ白な眩しい光が木陰の色を濃く見せている。私とエリック様は、少し距離を空けてベンチに座った。鳥がピチチチ、と鳴いているうららかな光景だ。
私たちの間には、そのうららかな光景に似合わない気まずい空気が漂っている。隣同士に座るのは初めてだ。少し距離があるとはいえ、大きい手のひらが目に入る。細くて長いがゴツゴツとした、男の人の指。
横目でちら、とエリック様を見ると、視線が合う。心配そうな顔で、私を見ていた。
きっと態度のおかしい私を心配しているのだろう。
眉を下げた私に、エリック様が困った顔で口を開いた。
「僕は、君に何か不快な思いをさせてしまっただろうか」
泣きたくなるくらい、優しい声だ。
その声を聞いて、私はやっと彼を傷つけてしまったことに気づいた。
「まっーーまさかそんな、違います!」
私は、バカだ。
少し考えればわかることだ。避けられたら相手がどんな人であれ、嫌な気分になるに決まってる。そこに考えが及ばなかった自分を心から恥じた。
「いつも良くして頂いて、本当に嬉しいんです」
うまい言い訳が思いつかない。
絞り出すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「でも私達は今、婚約解消を目前としています。この学園には多くのご令嬢が在学されています。私を気にかけて頂ければ頂く分、エリック様のお相手探しや、その方との結婚後の生活に障りがあるかもしれません」
嘘ではなかった。
「私は、早くエリック様が素敵な方と結ばれるのを願っています。それでも急に避けたりして、軽率でした。すみません……」
苦しい言い訳だった。エリック様にわからないわけがない。
しかし彼は、突っ込んで聞いてくることはなかった。
「……そうか。君は僕のことを、考えてくれたのか」
ふっと笑うエリック様は美しかったけれど、硬く、さびしい顔をしていた。
リリアだった頃も、こんな顔は見たことがない。
「婚約の解消は、僕から言い出したことだ。……以前の君とは、結婚生活も、公爵夫人として家を支えていくこともうまくいかないと思っていた。自身の身の振り方は考えている。気にしないでほしい」
「……余計なことを申し上げました。すみません」
私は項垂れて、スカートの裾を握り締めた。
「誰かに僕と親しくしてることで何か言われたりはしなかったか?」
私がエリック様を見上げ一瞬言葉に詰まると、エリック様は「そっちか」と眉間に皺を寄せた。
「君は僕のーー対外的には婚約者だし、侯爵令嬢だ。君にそんなおかしなことを言う人間がいたら、それは僕や君の家に唾を吐くのと同等の行為だよ。見過ごすわけにはいかない。今回、誰がそんなことを言ったのか教えてもらえるだろうか?」
私はふるふると首を振って、知らない方でした、と言った。
エリック様に返す言葉がなかった。紛うことなき正論を受けて自分の愚かさにひしひしと絶望していると、エリック様が口を開く。
「体面よりも、何より僕が嫌だったのは君が一人で悩んで一人で行動したことだ。僕のことを嫌いではないのなら、相談してほしい」
そうして大きく息を吐くと、エリック様は背もたれに寄りかかり空を見上げた。
「ーー君に嫌われたかと思って、気が気じゃなかった」
ほんの少し掠れた声。
菫色の瞳が柔らかく私を捉えた。
一瞬にして頬が、熱くなる。
「わっ、私がエリック様を嫌いになるなんてこと、絶対にありません。一生、嫌いになんてなれません」
「そっ……そうか」
頬が赤くなった私に驚いたのか、エリック様がギクシャクとした。
変に思われていないだろうか。
「何かあったら、一番に頼ります」
「……そうしてくれ」
私がどんなに好きになっても、この人は絶対に私を選ばない。
それでも今、一番に頼ってもいいお許しが出た。
私に嫌われたくないと、思ってくれていた。
幸い私はまだ、好きになりかけているだけの状態だ。片足だけ。危うかったけど。
好きにならないように、気をつければまだクラスメイトとして側にいても大丈夫なんじゃないだろうか。
少なくとも、気持ちに気づかれなければ。
「い、いい天気ですね」
「そう、だな。鳥もいるな」
ふわふわ、そわそわとした気持ちがおさまらない。
授業開始の鐘が鳴って慌てて走り出すまで、私はそのまま、隣のエリック様の存在をただただ感じていた。





