明日のエリック
今日は学園が休みである。
エリックは自室の椅子に腰掛け、真っ白に燃え尽きた拳闘士のように深く深く項垂れていた。
「リリエンタール嬢は対お前に向けた兵器だな」
ユリウスが呆れている。軽口を叩いているが、昨日の放課後、完膚なきまでに打ちのめされていたエリックが「そのままふらふら川に飛び込みそうだった」から様子を見にきてくれたらしい。
「お前だって恋人に避けられたらこうなるさ……」
「恋人だからな。お前たちは付き合ってないけど」
とどめを刺されたエリックが顔を覆う。本当に心配して来てくれたのだろうか、容赦がない。
「何がダメだったんだ。毎日天気の話題しかなかったからか? アンバー・ウォルターが近づこうとするたびにそれとなく邪魔したからか? 素知らぬ顔で接してるくせに陰で可愛いと言っていたことをユリウスがバラしたからか? 失くしものを一緒に探そうとしたのが気持ち悪かったんだろうか」
「色々と予想以上で俺は困ってるよ」
話しているうち、さらに落ち込んでしまった。
昨日の昼を過ぎたあたりから、明らかにリリアはエリックを避け始めた。
頑なに目が合わないし、そもそもエリックの姿を視野に入れないように動いていた。どうしたのかと思ってやはり体調が悪いのか聞けば大丈夫です、と目を伏せ、失くしたハンカチのことを聞けば、お構いなく! と言って顔を逸らし逃げてしまった。まごう事なき拒絶の意思表示だ。
友人のリーナもどことなく非難がましい目でエリックを見ていた。彼女にもリリアの変化の理由はわからないようだが、「原因はお前か?」と瞳が言っていた。やはり、自分が原因なのか。しかし、さっぱり理由がわからない。
「リリエンタール嬢、お前のこと嫌ってるどころか恩人くらいに思ってそうだったよ。そんなことくらいで嫌いにはならないだろ」
珍しくフォローしてくれる友人の言葉に、エリックはほんの僅かに顔を上げたが、すぐに目を伏せた。恩人だと思っていたら、避けたりなどしないだろう。
「嫌われた以外の理由があるんじゃないか?例えば駆け引きとかさ」
「駆け引き?」
「お前に好かれたくて、わざと素っ気ないふりをしてるとか……」
エリックががばっと顔を上げ、「リリアは俺のことが……?」と頬を赤らめたあと、「いや、そんなわけがない」と表情を消した。
情緒不安定なエリックにユリウスがやや引いているようだ。
「後は……うーん、誰かに何か言われたのかもな。エリック様の優しさに甘えてるけどあなたがそばにいると迷惑よ、とか。別人みたいに変わったし、面と向かって変なことを言う奴がいるかもなって」
「僕がリリアに目をかけていることは広まっていると思う。しかも彼女は侯爵令嬢だぞ。そんな失礼なことをされるとは考えにくいが……」
今までの話から考えると一番あり得るな、とエリックは考えた。エリックが何か粗相をしたとしても、今のリリアがあそこまで露骨に態度に出すとは考えにくい。
それでは、嫌われていないということも、もしかしたらあるのだろうか。
「まあ、何にせよちゃんと話してみたら? じゃあ俺そろそろ行くわ」
「もう行くのか?」
「今からデートなんだよ。寄宿組は門限があんの。」
いつもよりもやや優しかったのは、デートで浮かれていたからか。エリックは羨ましさに歯噛みしながらも、そんな貴重な時間を使って様子を見に来てくれた友人に礼を言った。友人は「頑張れよ」と微かに笑って、出て行った。
◇◇
待ち望みながら、怯えていた週明けの日。
ぎこちなくも挨拶だけは交わせたが、やはりその瞳はエリックと合うことはなかった。
折れた心を、「嫌われているわけではない……かもしれない」と何度も何度も心の中で唱え平静を保った。何とも頼りない補強ではあるが、自分は今からリリアに話しかけなくてはならない。
ユリウスの言う通り、万が一誰かに嫌がらせめいたことを言われた故の結果であれば、絶対に見過ごすことはできない。
もしリリアがエリックのことを嫌い、避けているのであればまだいい。不快な思いをさせたことを詫び、なんとか挽回するしかない。
けれどももしエリックを嫌っているわけではなく、不当に傷つけられたのなら。
どんな手を使っても犯人を見つけ、このようなことがもう無いように厳重に対処する必要がある。
そのために、リリアのそばにいると決めたのだった。
「リリア、少しいいか?」
エリックが人生で一番の勇気を出して声をかけると、リリアが気まずそうな顔で目を伏せた。リーナから「何の用だ? ストーカーが」といった雰囲気が感じられる。非常に居心地が悪いが仕方ない。
「悪いが話があるんだ。来てもらいたい」
有無を言わせない口調で言うと、リーナが「あのーー」と口を開く。トラブルになると思ったのかリリアが慌てて「行きます」と言った。
リーナがため息をつき、心配そうにリリアを見守る。次にエリックを見る眼差しには「変なことしたら承知しない」と言った意味が込められているのだろう。リーナの考えていることは非常にわかりやすい。ちょっとトラブルを招きやすそうではあるが、良い友達なのだろう。
「中庭で良いだろうか?」
エリックの言葉に、リリアが頷く。
連れ立って歩き出し、緊張に吸い込み過ぎた空気を一つ、吐き出した。
ブクマ、評価、いつもありがとうございます。やる気がみなぎります。
また誤字報告ありがとうございます!一層気をつけますが、見逃しありましたらまた教えてくださいませ…!





