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アルジャジード領が王国に対して宣戦を布告し内戦状態に突入した。王国がこの一報に動揺することはなかった。かなり前からその兆候を掴み、準備を進めていた。
時間は少しさかのぼる。宣戦布告が行われるより4か月前。場所はルブア。ルブアを治めるクルスーム家も今回の内乱と無関係ではいられない。クルスーム領も王国から出兵するように求められた。ただ、出兵する人数について、他国からの侵攻に対して備える必要のあるクルスーム領はかなり少ない人数で許された。……と、表向きはなっていた。
クルスーム領は領とは名ばかりで、ルブア以外に街は無い。そしてその領の大部分は砂漠か荒野で、大した資源も食料もない地域だ。唯一ルブアが商人の交易路に位置するため、通行料を徴収することでそれなりの収入がある。このため、王国の各領は少し割高な価格で取引を行い、財政的にルブアを生かさず殺さず飼殺しにしてきた。今回の内乱でクルスーム家が手柄を立てて砂漠ではない場所に領地をもつようになると、他領からの割高な物資を買わなくなる危険があった。このため、クルスーム家に手柄を立てられないように工夫された。
まず領軍の出兵する人数を制限し、軍人としての能力の高い人物の参戦を禁止した。名目はもちろん『他国からの侵攻を警戒するため』だ。実績や能力のある人物が内乱鎮圧への参戦を禁止された結果、クルスーム領軍を指揮する人物はクルスーム家の中で最も若輩のアレーシャになった。そして、クルスーム領軍の参戦人数は300人。
出兵を要請される人数は各領の規模に応じて様々ではあった。ただ、クルスーム領を除いた他領の中で出兵人数の少ない領でも2000人だった。
右も左も分からぬ小娘が指揮する300人。
『何もするな』というお達しだった。
当然クルスーム家はこの王国の意図を正しく理解していた。王国の通達を持ち帰ったのは、王都で活動していたクルスーム家の次男。クルスーム家の次男は名をカディムという。彼も父のアサドや長男のアルミラン同様に筋肉質な体をしているが、3人の中で最も細身だった。
カディムは王都で外相のようなことをしている(国内なのに外相って…)。他領との利害調整や、王国内の様々な情報を収集していた。(こういった交渉のための要員を王都に在中させることは、王都から離れた場所に領地を持つ領主たちの間では一般的なことだった。)当然、彼は今回の内乱に対する対策会議に参加し、上記の通達が決定される様子を『見させられた』。
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そして場所は変わり、ここはルブアの城の会議室。長く大きい机にクルスーム家の面々と、領軍の幹部将校たちが並ぶ。
「はぁ…。毎度のこととはいえ、この扱いには嫌になる……」
領主のアサドが王国の通達に顔をしかめた。
「そうですな…。貴族様たちの間にこういう文化があるから内乱が起こるんでしょうなぁ…」
「はぁー…。いや全く。カディム様。『そんな扱いすんなら俺らも内乱に加わるぞ』って脅してやればよかったのでは?」
軍の幹部たちも良くない感想を抱いたようだ。
ある将校の一言を受けてカディムもうんざりした顔をした。
「そうできればいいんですが…。色々な物資を王国の各領に頼っている以上、そういうわけにもいきません…」
「確かになぁ…」
先のオアシス都市ルブアをめぐる戦争で、リベリオン王国が勝利できた要因の一つが、補給線だった。ルブアと王国の間には低いながら山脈が伸びている。山脈を迂回するルートを通る場合かなり距離があるのだが、先の戦争では山脈内の谷間を通るルートが見つかり補給の問題をクリアすることができ、それが勝利へとつながった。
そしてそれは逆に王国からの補給が無いならルブアの維持は不可能であることを示していた。
「ふぅ。まぁ、決まってしまったことにはどうしようもない。アレーシャ。派遣部隊の指揮官はお前に任せる。300人を選抜し部隊を整えろ」
「…はい!」
アサドは会議室に延々と愚痴が流れそうなのを素早く読み取り、さっと話を戻す。
アサドに指示を出されたアレーシャは顔がわずかにこわばっていた。彼女は1年前に初めて部隊の指揮をしたばかりで経験が浅かった。
「領主様。少しいいでしょうか?」
「どうした、アルミラン」
クルスーム家長男のアルミランが発言を求めた(アサドとアルミランは父と息子の関係だが、公務中のためお互い公人として振る舞っている)。彼は今まで配られた資料を読み込みながら静かに話を聞いていた。
「今回の派兵、傭兵を雇うことについて『派遣する領軍の1/3以下』であれば認められています」
「ふむ。そうだな。誰か推薦する人物でもいるのか?」
「はい。イシダという男と、その一団を推薦します」
「………ふむ。なるほど」
「あの、失礼。イシダとはどういう人物なのですか?」
アサドは納得した様子だったが、イシダについて詳しくない軍の幹部が質問をした。
「最近、ルブア周辺の詳細な地図が作成されたのはご存知だと思います。その地図を作製したのがそのイシダという人物です」
「ほほぅ……。確かにあれほど詳細な地図があれば作戦の立案などがやりやすくなりますな。しかし、『地図を作るのはうまいが戦闘できない』では困りますぞ?傭兵である以上戦闘にも参加してもらわないと…」
「大丈夫です。ちょうど1年前に2体のギガントロックリザードが捕獲されたことを覚えていらっしゃいますか?」
「…あぁ。…まさか……っ!?」
「はい。彼らです」
「なるほど…。それなら戦闘能力も保証されておりますな」
「はい。皆さまにもご理解いただけたようですし、彼らを傭兵として雇うという案はいかがでしょうか?」
アルミランは再度アサドに伺いを立てる。アサドは暗い笑顔を浮かべる。
「少人数でギガントロックリザードを倒してしまう彼らだ。少人数故何もできないと思っている連中に一泡吹かせてやれるかもしれんな」
大人数の部隊は移動速度が出ないし、発見されやすい。このため敵が睨みを利かせている戦線を超えて活動することが難しい。しかし少人数の部隊なら戦線を超えて活動することもできる。
通常の少人数の部隊の場合、人数が少ないため攻撃力に欠ける。このため攻撃(又は破壊活動)はさせず、偵察を行わせることが多い。しかし、ギガントロックリザードを倒せるだけの実力があるなら補給部隊を叩くぐらい難しくないだろう…とアサドは考える。
「!!…フフフ。それはいいアイディアですな」
アサドにつられて、軍の幹部らが暗い笑顔を浮かべる。
暗いと前置きはつくものの、多くの者が笑顔を浮かべる中、唯一アレーシャだけは青い顔になっていった。というのも、初めての戦争で『手柄を立てろ』と言われているからだった。
突然アサドは真顔に戻り。コホンと咳をして話しだした。
「まぁ、とはいえ、アレーシャ。暗にではあるが、国は『手柄を立てるな』と伝えてきたのだ。あまり大きな手柄を立てては他の領からやっかまれる。今回は戦場を見学する程度で構わん。手柄云々については、余裕があり、なにか出来そうなことがあれば…で構わない」
「は…はい…」
アレーシャの顔がわずかにやわらぐ。
「まずは、300人の部隊編成だな。イシダに傭兵としての仕事を頼みに行かなくてはな」
「はい」
こうして石田が参戦することとなった。
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リベリオン王国の大部分は温暖な気候で、砂漠地帯ではない。ルブアと王国を隔てる山脈を挟みルブア側が乾燥地帯となっているだけで、山脈を超えるとそこからは豊かな緑が広がっている。
リベリオン王国の領土は正方形を基本的な形としている。山や川で国境は凸凹しているものの大まかにはそういう形だ。そしてその正方形から変に伸びた部分が南西にある。それがルブアを含むクルスーム領だ。また、北東方向には正方形の形から少しえぐれた場所があり、そのえぐれた部分は海になっている。
王都は正方形部分の中心から少し東に寄った場所にある。ルブアは南西、アルジャジード領は北東。つまり、今回石田達は王国の端から端へと移動することになった。
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時間は戻って、宣戦布告直後。準備してきたアルジャジード軍、王国軍の双方はすぐに動き出した。王国軍は総勢約5万人、アルジャジード領軍は約1万人の大軍がそれぞれ移動を開始した。
「今回の内戦、戦端を切ったのはアルジャジード領の王都側に隣接するマハール領ですね。結果は惨敗です」
司令天幕の中、電子スクリーンの横に伊集院が立ち解説している。石田とアレーシャ、ヒシャムが電子スクリーンに向かって座っている。
「事前情報によりますと、マハール領軍は約3000人。これに対し攻め込んだアルジャジード軍の先鋒部隊は約2000人程でした。マハール領軍はマハール領内、アルジャジード領近くにある城塞都市に集まり、籠城しました。この城塞都市は王都への街道沿いにあるので、進軍を食い止めるのに最適だったようです」
スクリーンのスライドが切り替わる。写真が表示された。上の方に城塞都市があり、下から人間の集団が近づいている。画面右下に南北表示があり、画面上が南、下が北側らしい。
「こちらをご覧ください。籠城したマハール軍に対して、アルジャジード軍はこちらから接近。城壁からの攻撃が届かない距離で停止します」
パラパラ漫画の様に、写真が切り替わっていく。
「ちょ、ちょっと待ってください。敵軍2000に対して3000で籠城し…負けたのですか?」
アレーシャの副官、ヒシャムが質問する。
籠城。城に立て籠もること。攻城戦はいつの時代も、攻める側に不利な戦闘だった。使用される武器・兵器によってその難易度は変化するが、一般的に攻める側には護る側の3倍兵力が必要だと言われている。つまりこれは逆手に取れば、守る側は相手の1/3以上の兵力を用意すればいい戦いができるということになる。
今映し出されている戦闘では防御側が3000人なので、攻撃側は9000人でも十分戦える計算になる。であるなら攻撃側が2000人である今回は、そもそも圧倒的に防御側が有利なはずである。しかし、籠城した側が負けた。
「はい。しかも、およそ半日ほどで戦闘は終了しています」
「半日っ!?」
「こちらをご覧ください」
写真がスライドしていくと、アルジャジード軍の中からあるものが城門へと向けられているのが見えた。
「…大砲か…」(石田)
「大砲…初めてみます…」(アレーシャ)
「同じく初めてみます」(ヒシャム)
この世界のどこで生まれたのか分からないが、銃の存在が今ちょうど広まりつつある段階にある。そして銃があるならそれを大型化した大砲も存在するのだろうと思っていたが、それが現れた。
「口径については正確な数字はわかりません。が、おおよそ人の頭より少し小さいぐらい位の砲弾を使用しているようです」
写真がスライドし、砲撃準備を整えた状態の写真になる。そして、砲撃陣地を囲むように四角い表示が現れる。そこの部分が拡大表示される。大砲の側に砲弾を納めた箱が置かれている。その箱の中には砲弾型ではなく、丸い鉄の塊が見えた。
どうやら、大航海時代のような大砲らしい。
「射程は?」
「この戦闘で発射したのが最大射程なのかはわかりませんが、今回はおよそ500mほどの距離から砲撃しています」
この情報にアレーシャとヒシャムが驚く。
「驚異的な射程距離ですな…。当てることを諦めて、長弓でただただ遠くへ飛ばしても約300mが限界です。仮に、城壁上から射掛けたとしても、400mも飛ばせないでしょう…」
「?……はい」
伊集院は一瞬だけわずかに『そんなに驚異的ですかね?』と怪訝そうな顔をしたが、その後の説明を聞いて納得したようだった。
「映像をご覧ください」
新しいウィンドウが開き、映像が流される。
「なっ!?これは…!?」(ヒシャム)
「えっ!?…今攻撃されているのですか!?助けに行かないと…っ!!」(アレーシャ)
アレーシャとヒシャムの2人は驚いた。2人は写真は実際の出来事を見て正確に模写した絵だと思っていた。しかし、それが動き出したのを見て、今まさに攻撃が行われていると勘違いした。
石田は今にも駆けだそうとするアレーシャを止める。
「2人とも落ち着いてください。これは昔起こった出来事を映し出しているだけです。今戦闘が行われているわけではないですよ」
2人ともぴたりと動きを止め、驚いた顔で石田を見る。
「……………すいません。よく理解できなかったのでもう一度お願いします」
「これは昔起こった出来事を映し出しているだけで、今戦闘が行われているわけではないですよ」
今一度説明すると、2人はしばし動きを止めたのち、顔を見合わせ、元の椅子に戻った。
「コホン…失礼しました」(アレーシャ)
「続けてください…」(ヒシャム)
「えと…はい。少し映像を戻しますね。大砲は全てで8門確認できますが、攻撃したのは4門です。初撃は4発中の2発が城壁手前に着弾、2発が城壁に着弾したようです」
砲撃の初撃は多くの場合、砲の仰角を測るための射撃だ。この砲撃もそうだったのだろう。城壁に当たらなかった2発の内1発は城壁よりだいぶ手前に、もう1発は城壁にかなり近い位置に着弾していた。壁に着弾した2発も1発は砂煙が見えるものの、城壁上には大きな変化はなかった(おそらく城壁の低い位置に着弾したのだろう)。しかしもう1発は城壁の高い位置に着弾し城壁が崩れているのが見える。着弾した周辺の兵士らが右往左往している。
「今回アレーシャ様とヒシャム様をお招きしたのは、ここからの出来事についていくつか伺いたいことがあるからなんです。次の映像をご覧ください」
映像は砲撃が終了して再装填作業を行う状況になる。それと同時に城壁上では砲撃を受けた場所の周辺に人が集まってくる。そして、数人が壊れたカ所に向かって両手を伸ばすと、その体が様々な色に輝く。すると城壁の壊れたカ所の周囲の城壁が動き、修復されていった。
「えっ?!…これは…何が…?」(石田)
「ん?…お2人はご存じないのですか?」(ヒシャム)
「え、えぇ…はい。知らないです。初めて見ました」(石田)
「これはですね、城壁を修復しているんです。他国はわかりませんが、王国内の城壁構築には土系魔法が使われています。ですので多少の破損であれば土魔法による修復が可能です」(アレーシャ)
解説を受けて石田はハッとする。
(言われてみればルブアの下水処理施設でも汚水処理槽から排水するのに、土魔法でもって槽の一部を崩壊させて排水していた。確かに、1人の魔法使いがいればあれぐらいできるとのことだから、複数人いれば城壁を構築するのも可能なのか…)
「攻城戦においては突破口をまず作る必要があります。大砲は初めて見ますが、これまでもこういったことは投石機で行われてきました。ですので、この状況は想定されています。ご覧ください。城壁の内側に砂が積み上げてあるのが見えます。これは土魔法で応急処置をするための材料として用意してあるんです」(アレーシャ)
「なるほど…」(石田)
かつての世界では城壁が壊されるとその修復には数か月単位で時間がかかった。このため、一度崩された城壁を戦闘中に修復するなんてことは不可能だった。だが、どうやらこの世界では勝手が違うらしい。
「なるほど。修復する方法があるのですね。ありがとうございます」
伊集院がポケットから小さなメモ帳を取り出し、メモを残した。
「はい。あと、このマハール領の人たちは大砲を初めて見たのでしょう。通常投石機を見れば、城壁に対して防御魔法をかけて準備するはずですから。でも、そうしていなかったので…」
「防御魔法ですか?…ちょっと待ってください」
伊集院は機械を操作して映像を早送りする。壊れた城壁が見る見るうちに修復される。そして早送りが終わり、通常再生されると、城壁が銀色に輝き映像が一時停止した。
「それはもしかして、このことですか?」
「…は、はい。…そうです。防御魔法をかけたのでしょう…」
アレーシャは映像の中で、人が人ならざる速さで動き回ったかと思うと、ぴたりと動きを止めた事に驚いていた。
「防御力を増した城壁に対して、攻撃側…投石機の方には何か対策があるんですか?」
この質問にはヒシャムが答えた。
「そうですね…。まれに投石機に攻撃力を増す魔法を付与する事があったりしたようです。ただ一般的には行われません。どうも攻撃力を増す魔法は弓や銃といった遠距離系の武器と相性が悪く、思ったほど攻撃力が伸びません。そのためあまり行われることは無いようです。城壁の防御が整った場合、普通は盾で防御した部隊を城壁に近づけ
①はしごをかけ城壁上に兵を送り込む
②破砕槌などで城門へ攻撃を仕掛ける
③魔法部隊で防御力を上げる魔法の妨害を行う
という感じに動くことが多いです」
「…なるほど。分かりました。…………そうすると、この後の展開は想定外なものだったんですね」
「「「?」」」
映像が再生される。
「防御魔法が施されたのち、しばらくして2回目の斉射が行われます」
映像を眺めていると、大砲4門が火を吹く。そして直後、城壁の一部が崩壊した。4門の大砲はそれぞれ別の場所を攻撃するのではなく、同じ場所を狙って攻撃したようだった。防御力が上がった城壁に対して4門を集中させることで火力を上げたのだろう。
「えっ!?」
「なっ!?防御魔法のかかった城壁が壊された!?…そんなこと……」
「いえ。これが実際に起こった出来事です。この後、崩れた場所から突入するのではなく、数か所同じように城壁を崩していきます」
映像が早送りされる。確かに砲撃がその後も続けられ無事だった城壁がどんどんと崩されていった。壊れた場所を広げるのではなく、壊れた場所、残った場所、壊れた場所…といった具合に壊していた。
かつての世界のお話。古くは城や街を護るため城壁が作られていたが、ある頃から作られなくなっていく。その原因となったのが、大砲だった。
大砲が出現する以前、攻城兵器として城壁の破壊には投石器が用いられた。投石器は大掛かりな装置で、運搬、設置、運用が大変だった。この点大砲は投石器に比べ小型、設置・運用も比較的簡単、このため徐々に投石器の代わりに用いられるようになっていった。
城壁は規模にもよるが数か月~数年にわたって建築しなくてはならない。しかし大砲で攻撃すると簡単に壊れた。このため、軍隊に大砲が普及してくると城壁は作られなくなっていった。
「最終的にこの場所で3カ所、城壁が崩されたところでマハール領軍が降伏。戦闘が終了しました」
石田は疑問に思った。勝手なイメージだが、戦争なのだからもっと悲惨なことになるかと思っていたのだ。具体的には多くの民間人を巻き込んだ大量の血が流れることになるのかと思っていた。
しかし、実際は攻撃する側は市街地に砲撃を加えるようなことはしなかったし、防御側が徹底抗戦を選択し、玉砕覚悟の突撃をすることもなかった。
「アレーシャさん、ヒシャムさん。これ、マハール領側にはまだ戦力が残ってますよね?3000人対2000人なら、まだ勝機はあるのではないでしょうか?」
「いえ、無理でしょう。マハール側が接近する500mの間に大砲、長弓、魔法による攻撃などが浴びせられることでしょう。弓にしても魔法にしても、移動しながら扱うことはできません。つまり、マハール側は接敵するまでの間、長距離攻撃に対して対抗するすべを持ちません」(ヒシャム)
「例えば…弓や魔法に対しては盾で防げますよね。それに…魔法攻撃を防御するような魔法もあると聞きましたが…?」
ルブアの冒険者らも魔法防御力を高める魔法を使っていた。魔法使いがいないチームでも、盾によって防御しているという話だった。
「そうですね…密集陣形を作り、大盾で四方と上を囲いながら進む…というやり方もあるにはあります。そういう場合、密集陣形の中心に一定範囲魔法を無力化する高位魔法を使える者を置き、弓・魔法共に無力化しつつ肉薄します。……ですが、この攻撃方法の欠点は、密集している陣地は動きがとても鈍いことにあります。故に投石器などを相手が準備している場合には…接近するまでに攻撃を受け無力化されてしまいます。まして、あの大砲…私が知る投石器に比べ高い精度で攻撃する位置を調整できるようです。であれば…その戦法は自殺行為です」
(確かに。移動速度の遅い、密集陣形など大砲のいい的でしかない…か)
しかも今回8門用意され、城壁の攻撃へはその半分の4門しか使われてない。となると、残りの4門は突撃してくる兵士らへ対応するためのものかもしれない。
「…なるほど。城壁からマハール領軍が出て行かざるを得ない状況を作れた時点で勝敗はついていたんですね」
「おそらくそうでしょうな。それを狙ってあらかじめこの距離に、こういう陣地構築をしたのでしょう…」
凄惨な戦闘にならなかった理由の一つが分かった。意外と双方理性的に戦闘をしているようだ。もう一つの件についても石田は質問した。
「ありがとうございます。あと、アルジャジード軍の攻撃は市街地を直接攻撃しないように調整されているように見えます。やはり、戦闘で民間人を攻撃することは禁止されているんですか?」
「そうですね…。明確に禁止されているわけではありません。…戦闘後、支配するにしても民間人に被害を出すと反乱を招いたりしますし、何より税収を減らすことになります。ですから、こういった戦争で故意に民間人を殺害することは行わないのが一般的です」
「分かりました。ありがとうございます」
伊集院も、知りたいことは知れたみたいだった。伊集院もアレーシャたちにお礼を言って、情報の共有作業は終わった。
「司令、失礼します」
「失礼します!」
天幕の外から間宮が入ってきた。
「司令、夕飯の準備を始めたいとのことで、糧食を出してほしいと要請がありました。ゲートを開いてもよろしいですか?」
「OK。大丈夫です」
「おや?もうそんな時間ですか」
「私たちは、大砲について総指揮官殿に報告してきますね」
アレーシャとヒシャムが司令天幕を出る。2人に続いて石田も天幕を出た。




