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アレーシャの兄、アルミランの話では偵察隊を乗せてトラックを走らせてほしいとのことだった。確かにトラックの荷台は高い。その高さを利用すれば遠くまで見渡せる。あと、定点監視所があるらしく、そこに寄って荷物を届ける仕事もついでに頼まれた。
(う~ん…運送業者ですかねぇ…)
実際兵員輸送車両は戦場で「戦場タクシー」と呼ばれることが多々ある。
ゲーム時代にもいろいろあった。広大なマップでは車両をうまく活用しないと徒歩で数分歩き続け無くてはいけない羽目になる。FPSゲームなのに戦闘できないとクレームが噴出したぐらいだった。
と…話がずれた。その依頼を受けるか考えてみる。まず今の仕事は…馬車を領から出してしまえば終了する。そしてアレーシャからの依頼、風呂を設置するにも早い時間だった。つまり時間的には余裕がある。そして領主の息子とご縁をつなげるのでその仕事を受けることにした。
天幕を設置し、京藤達に馬車を領から出す様にお願いした。その間に石田は巡回ルートと、定点監視所を確認する。
アレーシャとアルミランを天幕内に招き、電子スクリーンで地図を表示させた。
「なっ!?なんだこの地図は?!」
アルミランは映し出された地図に驚いた。この世界の標準的な地図は印象的な目印の相対的な位置を示したものだ。重要な地点は細かく書き込まれるが、特徴のない場所には何の書き込みもない。この情報量の違いから寸法などもバラバラで、ざっくりとした方位がわかる程度の能力しかない。
これに対して表示された地図はパントムが集めた地形情報から作られている。寸法や方位はもちろん、簡単な高度情報まで読み取れる。
「まるで空から地上を眺めているようだな…」
「えぇ。まぁ、上空から眺めて作ってますから…」
実際パントムが空から眺めたものだから間違っていない。しかし、航空機の存在を知らないアルミランにとっては別の内容に聞こえた様だった。
「…ん?まさか、ドラゴンを従えていると聞いたが…そういうことか…」
アルミランはアレーシャから聞いたファティの話と結び付けた。ドラゴン(空飛ぶタイプ)の背に乗って地上を眺めながら描いたものだと勘違いした。
(ん?…ドラゴンってファティ?ファティと地図には何の関係もないんだけど…)
石田はアルミランの発言の真意を読み取れずにいた。
石田が目を白黒させている間にアルミランは考え込んだ。これほどの正確な地図が書けるということは非常に有利だ。特に現状の盗賊の隠れ家をつかむことができない状況にあってはなおの事。この地図をざっくりとみるだけでアルミランには隠れ家として最適な場所を数か所見つけていた。又、定点監視所が警戒監視する場所としては不十分であることも気づいた。
「ドラゴンを従えているというのは本当か?」
「え?えぇ。本当です」
「そうか」
アルミランは考えた。
(現在のルブア軍には飛行能力を持つ者は居ない。飛行能力を持つ存在によって俯瞰的に地形情報が得られるならば、それはどれ程の価値を持つだろう。現にこれほどの地図を彼らは作ってしまっている…。翼人か飛行能力を持つモンスターを捕まえたモンスターテイマー…そういった者を雇う国もあると聞くが納得だな。うちの領でも雇えればこういう状況にも対応できるのだろうな…)
領主へ飛行能力に関して提案してみようと決意したのだった。
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巡回と物資の運搬は何の問題もなく終了した。盗賊の襲撃を警戒したが全くの徒労に終わった。巡回から帰ると風呂を設置した。風呂の評判はなかなか良く、この分ならルブアに銭湯を設置したらルブア軍の兵士らがお客さんとして来てくれそうだった。
風呂を駐屯地の兵らに提供した後、とある建物をあてがわれてそこで眠った。
翌日の朝には駐屯地から持ち帰る荷物が馬車に乗せられていた。荷物を領へ運び込んでいるとアルミランがやってきた。
「おはよう。イシダ殿」
「おはようございます」
石田はちょうど馬の手綱を握り、移動させようとした所だった。握った手綱を放して挨拶した。
「昨晩の風呂はとても助かった。感謝する。おかげで今日は兵士たちの士気がとても高い」
「それはよかったです。お礼はアレーシャさんの方にもお願いします。彼女の発案で昨日の風呂を設置することになったので」
「そうか。分かった。あとでアレーシャ隊長にも感謝しておくとしよう。それはそうと、昨日見せてもらった地図を売ってもらえないか?」
「地図ですか?」
「あぁ。昨日見た中で、数か所盗賊の潜伏しやすそうな場所を見つけたのだ。あの地図があると部下たちに説明しやすい。何とか頼めないだろうか?」
「えぇ。少しお時間いただきますが、それでよろしければ提供できますよ?」
「助かる」
駐屯地周辺の地図を提供することになった。館のプリンターを利用して地図を印刷して渡した。その代金として石田は金貨を20枚ほど手に入れた。
(地図が金貨20枚…。凄いな…)
地図がかなりの高額で売れたことに石田は驚いた。というのも石田のかつていた世界では、地図はとても身近なものだったからだ。スマホなどでは無料で地図を確認できたし、多くの車にはカーナビが搭載されていた。誰でも簡単に地図情報にアクセスできたおかげで、地図というものが特別なものには思えなかった。
しかしこの世界の技術レベルから言うと、地図は国家レベルでの重要情報だ。意外なことに私たちの世界でも意外と近年まではそうだった。シーボルト事件をご存じだろうか。江戸時代の後期、1828年にシーボルトという人物が日本の地図を国外に持ち出そうとして捕まった事件だ。現在からおよそ200年ほど前ではあるが、地図は私たちの世界でもそれほど大事な情報だった。
重要な情報を手に入れたアルミラン達、ルブア軍であった。この少し後、この地図のおかげで盗賊の撃退に成功することになる。
地図の取引を終えるころには、京藤らの働きにより荷物の運び込みと帰還する兵らのトラック搭乗を終えていた。
「ありがとう。これで盗賊たちの足取りをつかむことができるかもしれない」
「えぇ。ぜひ活用してください」
「あぁ。では帰りの道中気を付けて。それと帰還する兵を頼むぞ」
「はい。では、失礼します」
そういってアルミラン達と別れ、駐屯地を出発した。帰りの道でも特にこれといった出来事はなく、昼には到着した。
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ルブアの門の前でトラックを止め、馬車の引き渡しなどをしているとバーンハードとベノイがやってきた。
「おう。イシダ。こいつはすごいな!」
石田は天幕の隣に並べて停めたトラックの荷台にいた。中に落とし物が無いかを確認しているところだった。
「ん?あっ、バーンハードさん。こんにちは」
石田は荷台の上から話すのは失礼だと思い降りる。
「如何されました?」
「あぁ。実はな…」
昨日の朝の出発する姿を見た者がいたらしい。たくさんの人数を乗せて、すごいスピードで走る馬車があると話題になったらしい。ついでにその馬車は…引っ張る馬が居ないと。当初はあまり信じていなかったらしいが、目撃者は結構な数に上り、どうも真実っぽいと認識を改めたそうだ。そこで、部下に命じて出発した門を監視させていたらしい。すると、翌日の昼には噂の通りの何かがルブアに向かって走ってくると報告があったとのこと。
「そうして来てみれば、見知った顔が居たんでな。ちょっとこれは話を聞きに行こうと思って」
「なるほど。でも、だったらルブアに私たちが入ってから聞いた方がよかったのではないですか?その…街に入るのに税金を納める必要がありますよ?」
「はっはっは。それはそうなんだがな。だがこいつを間近で見られる価値に比べれば、税金は安いと思ったんだよ。…まぁ、野次馬だと言われりゃそれまでだがな!」
バーンハードはガッハッハと笑う。世界を旅して商売をする彼はもともと、好奇心が旺盛な人物だった。見たことのない物、知らない物を探して世界を旅していたと言い換えても過言ではない。
「で、こいつはいったい何なん……どぅぁえっ?!」
バーンハードは領から出てくる馬車を見つけ驚く。ルブアから見ると手前にトラック、奥に天幕、さらに奥にゲートが位置している。つまり、ルブアから近づいてきたバーンハードにはゲートから出てくる馬車が見えていなかったのだった。
「あぁ?…何もないところから馬車が出てきて…はぁっ?!」
ちょうど馬車を引いてゲートを超えてきたのは瑞山だった。馬の前で手綱を引きながら現れた。
「!?!?!?…お…おぉ。……あれもひょっとして…イシダの関係か?」
「はい」
「ちょっと見に行っていいか?」
「…やめた方がいいと思いますよ?」
石田は瑞山の装備を見て忠告した。現在瑞山はガスマスクをつけている。
「ん?なんでだ…?」
「それはですね…あの馬車の中身が…」
と説明をしようとすると、少し離れた石田達の位置まで匂いが漂ってきた。
「くさい!…なんです、この匂いは?」
突如匂ってきた匂いにベノイが反応した。
「…あれには糞壺が載せられてます」
荷物の管理は基本的にノータッチだった。しかし、領に運び込むときにさすがにあの匂いが気になって積載物を聞いた。すると、その回答が糞壺だった。
基本的に物資を消費するだけの駐屯地ではある。そんなところから何を持って帰るのかというと、そういうことだった。もちろん壊れて修理の必要な装備などもある。が、荷物の大部分を占めるのが…まぁ、クサイ匂いを放つそれ関係だ。駐屯地にはオアシスは無い。つまり駐屯地で水は非常に貴重な物資だった。食事や飲料として使い、そういったものの処理に使うほどの量は運び込めない。そのため、駐屯地で発生したそういったものは壺に詰めてルブアの施設に運ぶという次第だった。
そのことをバーンハード達に説明した。
「なるほど。大事なことだと分かりましたが…たまりませんね」
ベノイはこの匂いにやられてしまっているようだった。
石田達が見ている間にも続々と馬車が現れる。もちろん積載物は同じ。つまりどんどんその匂いが強烈になっていった。
(…ってか、これじゃ領の方も臭くなってそうだなぁ…)
と石田は若干憂鬱になる。
(はぁ…こういう荷物を運ぶ仕事も来るだろうしなぁ…何とか匂いを消す方法とか考えなきゃなぁ…)
「はっはっはっは!こんなすごいもん持ってんのに、やってる仕事が地味だな!」
石田が憂鬱になりかけたところでバーンハードが笑い出した。
「いや~…笑っちまって悪いな。はは。もともとルブアの人材不足の件は知ってたんだ。しかし、そうだな。これだけ凄いことができる人物がいればいろんな仕事が回ってくるわな。はっはっは」
バーンハードは石田達を笑ったわけではなかった。ルブアの石田の使い方について笑ったようだった。
「さてさて、あっちの件も気になるがまずはこっちだ」
バーンハードはトラックを指さす。
「こいつが凄いスピードで動き回るって聞いたんだが、本当か?」
「えぇ」
「乗せてもらうことはできるか?」
「出来ますけど…ちょっと荷物の受け渡しが終わるまではお待ちください」
「おう。じゃあ、終わったら頼む。しばらくは邪魔にならないようにしとくな」
そういってバーンハード達はトラックの周りを動き回りながら観察を始めた。
落とし物の確認を済ませ物資の受け渡しを終えると、アレーシャから依頼の完了を示す木札を渡された。
「これを冒険者組合に持って行っていただけば、今回の依頼の報酬を受け取れます。どうもありがとうございました。また依頼させていただきますので、その時はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
「銭湯の用地の件ですが、いろいろな部署に話を通しますので…そうですね…明後日の昼過ぎにまた城の方へ来ていただいていいですか?その時にまた話を詰めましょう」
「了解しました。明後日の昼過ぎに伺います」
「はい。では」
そういってアレーシャたちはルブアの街の門をくぐっていった。




