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『ゲートを開く力の源は君だ』
「え?」
『そのタブレットは君の持つ不思議な力に反応して動作する。その力の詳細はボクたちには知らされてないんだけど、その力を持つものはマスターと呼ばれる特別な存在だって聞いたよ』
「・・・へー」
(なるほど、プレイヤーはマスターって呼ばれるんだ。そしてそれはNPCとは異なる存在であると)
『こちら古井。離陸します』
通信が入り、滑走路を見てみると滑走路端からパントムが助走を始めたところだった。超大型機の利用も考えられた滑走路は非常に長く、パントムは滑走路の中央あたりから離陸し始める。
『ああ。ちょうどいい、ゲートを開くときにそのタブレットを通して君からエネルギーが引き出される。練度によるらしいけど軽い疲労感が感じられるかもしれない。その点、留意しておいて』
そう説明をされた直後から少し体がだるく感じられるようになる。それと同時に滑走路端の空間が揺らぎ始めた。パントムはその揺らいでいる空間に飛び込んでいった。
(なるほど、天幕を召喚したときの感覚はこれだったか。)
『どう?疲労感は?』
「そんなにすごく疲れたって感じはしないかな。」
『そっか。それはよかった。でも、ゲートは行きと帰りで利用するってこと忘れないでね。一度に限界までゲートで送ると、君が回復するまでみんなこちらに帰れなくなってしまうよ』
「あー・・・確かに。そう考えると今の疲労感はあまり軽くないな」
『プレイヤーの能力も練度によって向上すると聞く。君もみっちり演習しなきゃだね♪』
(な・・・なんかすごくうれしそうだ)
「・・・お・・・お手柔らかにお願いします」
『こちら古井。指揮所上空に到着』
『了解。地形情報の収集をお願い。司令官こっち来て』
京藤さんは天幕の中に入っていった。京藤さんに続いて中に入る。天幕内にはいろいろな電子機器が置いてあった。天幕の奥には大型の電子スクリーンが一つあり地図が表示されている。電子スクリーンの前はブリーフィングするためなのか椅子がスクリーンに向けて配置されている。入口の左側には3台ほどデスクトップ型のPCが並んびその隣には大型のプリンターが設置されている。入口の右側には長椅子と机が用意されている。机にはウォーターサーバーとコーヒーメーカーが置かれていることからこの辺りは休憩場所なのかもしれない。
京藤さんは天幕奥の電子スクリーンを操作していた。スクリーンに表示された地図上で航空機のアイコンが動き回っている。航空機が動くとその周辺の地図が更新されている。はっきりと表示されていた地図が、雲に覆われている場所は灰色で、そうでない場所は色付きで表示されるようになっていった。
『司令官、マホロのパントムはこういった地形情報を収集することができるよ。集めた情報はこの電子スクリーン、入口脇のPC、君のタブレットで閲覧が可能だよ。情報分析官が居たら、そこのPCについてもらって、より詳細な情報を集めることができるよ。例えば、リアルタイムで敵の位置情報・・・とかね・・・』
「おお!すごい!」
『マホロ。動体センサーに切り替えて、くまなく街を調査して』
『コピー』
(?なんとなくだけど、少し雰囲気が変わった?)
京藤さんは説明するときはこちらを向いて説明してくれていたのだが、先ほどの説明は電子スクリーンを向いたまま行われた。まるで何かを電子スクリーンで探しているかのようだった。
地図上の飛行機のアイコンが動いていく。飛行機周りの情報が更新されているのは見て取れるのだが、今度は何も変化が起きなかった。
『・・・そんな』
『センサーに・・・ヒュー・・・引っ掛かり・・・ヒュー・・・ませんね・・・コヒュー・・・みんな・・・ヒュー・・・いなくなった・・・コヒュー・・・でしょうか?』
地図上で飛行機のアイコンがせわしなく動き回る。隙間なく調査するためだろう、竜巻のマークのように徐々に円の中心をずらしながら円軌道でこの領全体をカバーしようとしているのがうかがえる。
ジェット機の旋回には大きなGがかかる。かなり苦しい事が通信からうかがえた。そうしてでも仲間を探しているのだろう。
(あぁ・・・。なんということだ。ゲームのチュートリアルみたいだなぁ・・・なんて気楽に説明を聞いてたけど、この二人は真剣に仲間を探そうと頑張っているんだ)
『いや、今度は熱源センサーで探してみよう』
『コピー』
京藤さんは電子スクリーンを食い入るように眺めている。
執務室のPCで確認したところ、この霧は領の食料問題や鉱物資源の問題があるために発生している機能制限だ。食料・資源のほとんどを他領からの輸入に頼っていたこの領は、他領との接続が断たれ、現在存続の危機にある。なぜそこで機能制限となるのかはよくわからないが、機能制限がかかった理由ははっきりしていた。
『なにこれ・・・コヒュー・・・熱源センサーで・・・ヒュー・・・この霧の中が・・・ヒュー・・・見えない』
『そんな・・・』
「ごめん。二人とも、この霧の問題について話したいことがあります」
『ッ!?何か知ってるの?!』
「あぁ。はい。資料が執務室にあるから説明はそこでしたい」
『わかった。マホロ、現ミッションをすべて破棄。帰投して』
『コピー』
『マホロが帰ってきたら執務室に向かうよ』
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天幕の撤収は非常に簡単だった。タブレットの撤収アイコンをクリックで出てきた時と逆の要領で撤収された。やっぱり現れるとき同様力の抜ける感じが感じられた。
京藤さんは古井さんを待って執務室に来るということなので、先に執務室に戻る。執務室につくとPCを立ち上げ、説明資料を作成していく。それぞれの場所で発生している霧についてその発生理由を調べては、地図画像の上に理由を書き加えていく。ひとしきり理由を書き出して、あとは印刷だけだというところにいたり手が止まる。
(食料・鉄・ボーキサイト・原油etc...なんか結構いろいろな理由があるな。この辺は要するに生活できるよう不足したorするものを揃えろってことだよな。う~ん。でもこの理由「住宅地を開発せよ」や「福利施設の設置」「仕事を用意しろ」なんかは・・・なんで?まるでNPC達を人として扱えって・・・?・・・確かにさっき彼女らと話をした感じだと、NPC(?)たちもこの世界で生きているって感じだった。いや、そもそも仮説だけどこれが異世界転移だったら彼女らはまさに住人。人として扱えって至極まっとうな事だよね)
手が止まっていたことに気づき、印刷指示を出す。執務室脇にある印刷機が音を立てて印刷を始める。
―ピピッ!ガッチャン・・・ガッチャン・・・
プリンターの前に移動し、印刷されていく様子を眺める。結構うるさい。
(改めて考えると、ここは夢の中?それとも本当に異世界転移?このプリンターの動く音や触った感触。印刷された紙とインクのにおい。どれをとっても嘘のようには思えない。・・・あれか?夢の確認といえば・・・)
両手を上げて左右の頬をつまむ。そして思いっきり横に引っ張った。
(結構いたい。そして夢じゃな・・・)
「司令官・・・なにしてるんだい?」
後ろを振り向くとドアを開けて廊下から京藤さんと古井さんがこちらを眺めていた。特に意識せずほおを引っ張ったまま振り返ってしまったので変な顔になっていたのだろう。
「・・・ぷふっ・・・」
「・・・フッ・・・フフフ・・・」
二人とも顔を横に向けて笑う。一応、笑ってはまずいと思ったのだろうか。我慢してくれている感じだ・・・。
「・・・フッ・・・いや、ノックはしたんだよ?・・・ぷ・・・」
プリンターの音に消されてノックが聞こえてなかったらしい。
「・・・・・・・・・笑顔になっていただけたようで何よりデス」
「「ブッ・・・あっはっはっは」」
気まずさと、ごまかそうとした心を見透かされたのだろう。さらなる笑いを誘った。普通笑われればいやな気持になる。だが、声をあげて笑う彼女らは非常に魅力的だった。「笑顔になっていただけて何よりです」が本心になってしまった。
(視覚、嗅覚、聴覚、触覚どれをとっても本物だし、彼女らのこの自然な反応。・・・これは作り物ではない。・・・異世界転移か・・・)