魔王復活
魔王復活
あるところに、一人の魔王がいた。
その魔王はある日、見も知らぬ異世界で目を覚ました。
自分の住み慣れた魔王城も、忠誠を誓っていてくれた部下も、誰もいない世界。
そこはただ青々とした、果てしない草原が広がるだけの世界だった。
さらに、かつての世界では、魔王の体はまがましい邪神の姿だったのだが、今のこの魔王は貧弱な人間の、それも吹けば飛ぶような弱々しい少女のそれに変わってしまっていた。
「な、何だこれは。私に、何があったと言うんだ……」
と、自分の華奢な体を確認した魔王が、呆然とした声でうめいた。
魔王はしばらくその場でうつむいて、小さなつるぺた少女となった自分の体をぺたぺたと撫で回しながら、渋い顔で考え込んでいた。
「ぅう~ん……。そうだ。……思い出してきたぞ。私は以前の世界で、勇者との世界を巡る最終決戦に敗れたのだった。」
そして魔王は、少しずつ、以前の記憶を取り戻していく。
「そして、勇者に力を貸す忌々しい光の精霊どもが、私をこぞって、別の世界に封印したのだ……」
記憶を取り戻してきた魔王は、ちょっとずつ、浮足立った声色になっていった。
「……しかし。どういうはずみか。私は死なず、このような異世界に転生してきた……!」
魔王はそう言って、可愛らしい少女の口を大きく拡げて高い声で笑う。
ただ、その小さな外見からは、鬼気迫る感じは少しもしてこなかった。
「……くく。くっくっくっく……。なるほど。ここはどう見ても平和な世界だ。そして私は、今や完全に、自由の身」
魔王は小さな顔をゆらゆらと揺らして愉快そうに言った。
「……くくくっくっくっく。甘っちょろい光の精霊どもめ。私にトドメを刺さなかったのが、お前らの運の尽きだ」
青々とした平和な草原に似つかわしくないセリフを、幼女がぶつぶつとつぶやく。
「私はまずこの世界を魔王の力で支配し、次にお前らの世界に再び乗り込んで、今度こそお前らを血祭りにあげてやる……」
やがて魔王は高笑いを止め、右手を拡げた。
「……よし。さぁ、やってやるぞ。まずはこの地の支配からだ。いでよ、我が闇の精霊たち……!」
魔王は手を掲げて、自分の邪悪なる魔力を発動させようとした。
しかし、いつまで経っても、その場には変化一つ起こらない。
「……っん?あれ。おかしいな。どうしたんだ」
魔王は首をひねりながら、えいっ、えいっ、と何度も挑戦する。
それでも結果は変わらなかった。
「な、何てことだ。私の中に今まで蓄積されていた魔力が、全て消えている……!」
魔王は愕然としてその場に膝を折った。
封印されていた影響か、光の精霊の仕業か。
とにかく、魔王がそれまで積み重ねてきたぼうけんのしょは全て消えている。
魔王はしばらく絶望したようにうずくまっていたが、やがてのそのそと起き上がり、
「やれやれ。仕方ない。まずはこの辺から始めるとするか……」
と、言って魔王は、しぶしぶ道ばたに落ちていたひのきのぼうを拾って装備した。
「とりあえずは、こうしていくしかないんだろうなぁ。……でも、何だかおかしい。おかしな時代に、なってしまったものだ。レベル1から始める魔王なんて、みっともないし、格好もつかない。いや、それとも最近は、こういうほうが主流なのかな……」
魔王は首を傾げながら、町の方向に向かって歩いて行った。