気負う教室(夕)
「丹野ォ、帰りミスドいこーよー」「いこいこ~」
「オゴリならな~行ってやってもいいぞ」
「や~だ、各自腹に決まってんじゃん。きゃはは」「あはは」
ちくしょう、なかなか一人にならないな・・・
朝のヤンキー(死語)行為のおかげで、丹野の周りにはギャル(意外と死語じゃない)の取り巻きができていた。ヤツも狙われているのはわかっているんだろう。いつもなら、斜に構えた会話をするくせに、女子を盛り上げて自分の側から離れないようにしているのが丸わかりだ。
多分舐めてたんだろうなぁ。反撃するなんて考えてもいなかったんだろ。
・・・まぁいいや。俺はカバンを持ち上げた。
「柿崎―帰ろうぜ」「柿崎―帰ろうぜ」
「おー、帰っか。な、俺らもミスド寄る?奢ってくれや」
「やだよ」「やだよ」
「ねぇねぇ、ちょっと待ってよ」
まさに教室を出ようとした俺達の前を遮えぎり、牧野由香がでニッコリほほえんだ。
こいつは丹野の周りで駄弁っている女子たちとは違って媚びない・・・どちらかと言えば男勝りな方だ。そんなやつが、
「重岡、私たちと一緒に帰ろぉ?ついでにお茶しない?」
なんて可愛げにお誘いするもんだから、俺は(おそらく左も)本気で鳥肌が立った。柿崎も若干ひきつった顔をしている。
「えー・・・なんだ、野次馬根性?」
「何その顔は。心配半分、面白半分ってとこ。あ、1人でいいの、こっちの重岡だけ借りるから」
「え?!」「え?!」
牧野は『左』の手首をしっかり掴んだ。
普段ならこのまま捻りあげられそうなもんだが、やや下目づかいに(牧野の方が背が高い)ちょっと体をくねらせる。案外そういう動作も似合うのがわかって、俺はあっけにとられた。
セクシー路線でいけばモテモテになるんじゃなかろうか(このクラスは無理だけど。性格バレてるから)左は少し顔が赤くなっている。おいおい。
「ね~いいでしょ、由佳さんがポッキー奢ったげるから、ネ?」
「お、おう」
「!! ちょーっと待ったー!」
俺は2人を無理やり引き離した。
牧野の後ろで、はるちゃんが待っているのが見えたからだ・・・女子と帰ったことなんか幼稚園以来ないのに、はるちゃんと帰るだと?!しかも茶だと?!なんで左にいい思いをさせねばならん!
「おい左、忘れたのか?いきなり別行動するなって叔父貴に言われたろうがっ!」
「そっちの重岡やな感じ・・・じゃあ、どうすりゃいいのさ」
牧野は裏声を使うのをやめ、腕をくんで俺を睨んだ。かすかに殺気が混じっている・・・こえぇ。
「んー、そしたら、お前らもオレらと一緒に帰えればいいんでない?な、太一」
「そそ、柿崎君の言うとおり。皆で帰ろうぜ、み ん な で!」
だよね、さっすが柿崎、わが友よ。そんな彼の言葉にのっかって、俺は皆をことさらに強調する。
「お前・・・心狭いな」と左が脇を小突く。「ばーか公平だろ、これで」
牧野ははるちゃんと何やらゴソゴソ話していたが、一緒に帰る案を採用することにしたのだろう、自分達の席へ荷物を取りに行った。
ふふふ、やったやった。これで俺もはるちゃんと帰れるわけだ。何を話そうかな。
「僕も混ざっていいか?」
聞きなれない低音が聞こえ振り返ると、優等生君・・・いや、田中がいつの間にか真後ろに立っていた。そりゃさっきから誰かいる気配は感じていたさ。けれど、俺たちが教室の出入り口をふさいでいたから、どくのを待っているのかと思ってた。や、ていうか何?混ざる?混ざるって?
俺たちが返事をする前に、戻ってきた牧野が興味津々で新たなる参入者に話しかける。
「あっれ、珍しくない?田中って重岡たちと仲良かったっけ」
「そうでも。けど聞きたいことは重岡君に直接聞かないと駄目なんだろう?」
ほーら、先生が余計な事を言うから!!!
こうやって馬鹿正直に受け取る生真面目なヤツがやってくることになるんだ!
でもなんで帰宅時だ。昼休みにでも済ませろ・・・あ、俺達一日丹野ストーキングしてたんだっけ。そりゃ話す暇ないよな。でもだからってさー。
「・・・そういうことは明日にでも」「・・・そういうことは明日にでも」
「今日の疑問は今日終わらせたい」
「ま、いいじゃん。帰るんなら早く帰ろうよ」
牧野が焦れて教室の外へ出た。続いてはるちゃんと・・・当然の様に田中が続く。柿崎も通りすがりにニヤリと笑って俺たちの肩をたたいた。
「太一、もてもてだなー」
「ちっ」「ちっ」
まぁいい。一人ぐらい増えたところで何の問題もないさ。
ないはずが・・・
学校の玄関を出たあたりでは1つのグループだったのに、次第に距離が出来ていって、校門を抜ける頃には綺麗に2つの塊に別れていた。
左は牧野やはるちゃんに囲まれて両手に花だ。柿崎はとうの昔にその華やかな女子グループに混ざっている。・・・その輪に入り損ねた俺は田中と一緒にその後ろを歩いていた。
なんでこうなった・・・
「僕は基本的に・・・」
田中はどこを見ているのか視線をまっすぐ前に固定したまま、淡々と話してくる。
「怪奇現象は信じないことにしているんだよ。死後の世界・幽霊・超能力・UFO・・・だから、今の重岡君の状態がなんか許せないんだよな」
「許さなくていいよ・・・」
むしろ俺が今の状況を許せないっつー話で。あああ、前の4人が気になる。
上手く柿崎が話題を盛り上げているようだな、牧野もあれでいて話し上手だし。楽しそうだなぁ。
「ずばり聞くけど、なんかタネがあるんだろう?何?ホログラム?3D立体映像?自立型ロボット開発に成功したとか?どっちが生身?」
「お前の発想は・・・あっ!」
は、はるちゃんが!笑ってるぞ!左に、はるちゃんが左に笑ってる!何ソレ何ソレ?!
「発想が、何?」
やかましいわー!!チェンジだチェンジ。
同じ俺なのに左ばっかずるい。俺もはるちゃんとキャッキャさせろ、させてください、させてー!
「聞いてるか?重岡君?」
抗議の声に田中を見ると、彼も珍しく視線をこちらに向けていた。その目の色は、生半可な事では引き下がらないぞという強固な意志を感じる。まったく頑固な奴ばっかだな。
「田中。お前良い奴だけど、いつも理屈や理論で解決しようとするとこが欠点だな」
俺はわざとらしく顔をしかめて、低めにゆっくりと声を出した。
「いーか、世の中100%説明できるわけじゃない。もっと視野を広く持ち、心の領域というものを考えて見てはいかがだろう。
たとえば、お前と同じ顔をした奴が超かわいい女子と仲良く歩いていて、その後ろをお前とそれほど仲良くもない男子が歩く羽目になったら?嫌だろ?
つまり、ネタや仕掛けがあるんだったら、んなもんハナからやんねーよ!ってことだ」
田中は俺の言葉にしばらく黙っていたが、やがて「無神経だった、ごめん」と謝った。わかってくれりゃぁいいのだ、うむ。
「そっか重岡君、牧野さんのことが・・・。あ、よかったら呼んできてあげようか」
「もういい、やめろ!黙れ!」
道中、我慢に我慢を重ねて、自宅前で皆にニコニコと手を振り、玄関で靴を脱ぐとすぐ、俺は左の行く手を遮った。ヤツはある程度予測済みだったようで、文句も言わず足を止める。
「聞かせてもらおうか」
「何を」
「何話したんだよっ。ま、まさかお前、ははははるはるはるはるちゃんに・・・」
俺は何にも考えず一気にまくしたてた。対する左は余裕の表情だ。どこか優越感さえ持っているようで余計腹が立つ。左は口の端を大きく上げて、からかうように俺を見た。
「はっは~ん、お前、はるちゃん、好きなんだろ」
「お前もだろ!!」
「あ~そ~だよ?本物の太一さんは「はるラブ」だからな~ひっひっひ」
「何が「はるラブ」だ、この本人を差し置いて・・・性格悪ぃな。生意気だぞ」
「男のヒステリーはみっともないぜ」
「ヒスってねーよ!」
「うるさーい!!!」
俺と左はギョッとして声の方を見た。目を血走らせ、タオルを鉢巻きにした雄一叔父さんが、ボールペンを折らんばかりに握りしめこっちを睨んでいる。
「・・・あれ、今日早いじゃん」「・・・あれ、今日早いじゃん」
「早いよ?早いですよ?いいか、今俺は必死だ。命かけてる。死にたくなければ邪魔するな」
言い終えるとくるりと身をひるがえし、叔父さんはソファに座り込んだ。ローテーブルの上には分厚い本や何冊かのファイルが山積みになっている。
「そんなに大事な宿題なら部屋でやればいいのにね~」
母さんがニヤニヤしながら台所から顔をのぞかせた。
「今は雄一に関わらない方がいいわよ~。もうすぐご飯だから、カバンおいておいで」
一時休戦。
俺は左と顔も合わせずに、部屋へ向かった。
※※※左日記※※※
学校へ行った。近所の目もあることから、俺と右は朝の6時には家を出て2時間ほど学校で待機することにした。まぁ正解だったと思う。でもクラスはそうはいかない。案の定、バカが絡んできて俺と右も反撃した。とどめを刺せなかったのは残念だ。それでもまぁ、クラス内の俺達への警戒を解いたという点では、バカはバカなりに役に立ったのかもしれない。
そのおかげか、なんと、はるちゃんと帰ることができた!やっぱり笑うと可愛い。いつもの重岡君で安心したって言われた。うひょ~だ。深い意味はない言葉でも、俺にとっては感激以上の言葉はない。昨日と今日の前半イライラすることが多かっただけに。
ちなみに右は後ろで優等生君と話していた・・・可哀想に。でもはるちゃんからの言葉は内緒にしておく。
俺に話してくれたんだからな。