気負う教室(昼食)
「いやぁ、母親がどうとかはともかく、彼は本当の子どもですよ」
大学の研究室の一室。ドーナツ片手に青年が熱弁をふるう。ちなみにドーナツは彼の手土産ではない、彼の昼食だ。
「当時、彼は政府に目をつけられていた。本は焼かれ出版も禁止されていた。その状況でそんな秘密があるのなら、密告されていてもおかしくない。逮捕だって2度されている。同じように逮捕されてすぐ処刑された作家や画家だって沢山いたんです。収容所に行った人間はもっと沢山」
「だが、証言があるようだよ?息子の話に医師の親族の話、本人が語ったという話もある」
演説に水を差した教授の意見は予測済みだったのか、おおげさに肩をすくめる。
「どれも『伝聞の域』を脱していないんですよね。まぁこれは受売りですけど・・・先生には悪いですが、俺はこの意見を変える気はありません」
教授はニヤニヤしながらテーブルの上のコーヒーに手を伸ばした。先日この学生に貸した研究本が、まさしく彼が今主張したような内容だったからだ。まぁ、彼なりに加工はしているようだが。
全くこの重岡雄一という青年は素直すぎるのか様々な情報に影響されやすい。これさえなければ・・・。
とはいえ、律儀に読んだ感想を言うついでに議論してやろうなんてやってくる、物好きな学生は最近中々いないから、教授自身も(読む暇がなくて放置している)適当な分野の本を彼に渡しては数日後に『議論』するのを楽しみにしている。
「ところで重岡君、昨日図書館で生物学の棚にいたろう。他分野に興味を持つのも結構だが、ちゃんとレポートもあげてくれないと単位をやれないぞ」
丁度、もっていたドーナツを一気に頬張った所だったらしく、雄一は目をクルクルと動かしてなんとか飲み込んだ。牛乳を飲んで体勢を立て直した後、ヘラヘラした笑顔を浮かべる。
「や~、先生、どこにいたんですか?声かけて下さいよぉ、課題の質問したかったのに」
「締め切りはのばさんよ?」
「お見通しですね。せめて1日くらい・・・」
「駄目。私じゃなくて内海先生がな、珍しいものを見たと話してくれたんだよ。その前には哲学のコーナーにいたそうだね。その前は宇宙科学。随分バラエティにとんでるじゃないか」
「・・・って、ストーカーっすか!」
雄一のオーバーなつっこみに、教授はつい噴出した。
「君、内海先生の課題もサボっているだろう。だから長介になってるんだよ。目をつけられたくなけりゃ真面目にやっておきなさい」
「やっだなぁ、僕はいつも真面目ですよ。大体図書館の話だって、甥っ子の為に調べものしてたんですから」
重岡雄一は不本意だと言わんばかりに、鼻を鳴らした。
「へぇ、甥御さんは確か高校生だったね。なかなか関心な事だ。だからといって、すべきことはせねばならん。私の課題、内海先生の課題、後は?」
「・・・後3つほど」
雄一はバツが悪そうに下を向いて口をもごもごさせる。
合わせて5つ!
教授はあきれ返って目の前の学生を眺めた。前期授業の課題ほとんどに手を付けていないようだ。
「ふむ・・・。君ね、のんきにドーナツなんか食べてる場合じゃないよ。いい機会だ、次の講義は休んでいいから全部終わらせてしまいなさい」
「そんな、ソレあと一回しか休めないんですよ?もっといい休みごろの日を・・・」
「 全 部 提出するまでゼミにも立ち入り厳禁!私が出した課題は締切厳守。いいね」
「そんな、そんなー」
ぼちぼち卒論の準備なども視野に入れる時期に、ゼミ参加できないのはイタイだろう。まぁこれもかわいい教え子のためだね、と教授は頷いた。今のうちに、面倒事を後回しにする癖をなくしておかなくては。
まだ、言葉にならない言葉で無駄な抵抗をつづける重岡を放っておいて、教授は午後の講義の準備を始めた。




