気負う教室(朝)
仙神高校2年9組は朝っぱらから異様な雰囲気を発していた。
他のクラスはガヤガヤと廊下まで響く賑やかさなのに、9組ときたら戸の前に立っただけでヒシヒシと緊迫感が襲いかかってくる。嫌な予感がしても中に入らなければならないから、思い切って一歩足を踏み入れれば、教室内の人数配置がおかしいことに気づくだろう。教室内生徒比98パーセントが後ろの方に固まっていて、前の方のある席の方を向いてヒソヒソやっているのだ。
「ある席」・・・当然、俺の席の事なんだけど。
「すっげーな、お前。影分身かよ」
柿崎が、俺と『左』の間に顔を置いてニヤニヤ笑っている。
「まーな」「まーな」
最初、俺たちを見たときは目を丸くして見比べたりつついたりしてきたけれど、さすがは柿崎、順応したようだ。コイツなら大丈夫とは思っていたけどな。しかし残りの同級生連中はどうしたものか。
常識的に考えて、気味悪がられても仕方ない・・・登校途中にすれ違った、見知らぬ人々の方がまだ楽だな。双子だと思ってくれるから!このクラス内じゃ素性が知られているから、そういったごまかしもできやしない。
地味にショックなのが、ちょっと気になっている「はるちゃん」こと有馬小春まで遠巻きに俺を見ていることだ。最近やっと会話できるまでになったというのに・・・。
「やっだー、何アレ、なんかキモくない?」
「ありえないよねぇ~」「なんか感染してんじゃなーい?」
後ろの方で女子がキャンキャン話している。まぁ、こういう反応が普通なんだよな。わかってたけどさ。
にしても、ワザワザ聞こえるぐらいのトーンで悪口くっちゃべるとは。ありえないのはお前らの性格の悪さだっつーの。口グロス油ギッシュに塗りやがって。オマエの方がキモイわ。
・・・昨日から言葉遣いがよろしくないな。
柿崎は、ほっとけあんなの、と鼻で笑い、それから改めて俺と『左』の顔を見比べた。
「で、お前らなんて呼べばいいの?1号2号?AB?」
「俺が右でコイツ左」「俺が左でコイツ右」
「へぇぇ。そだ、球技大会もうすぐだしさ。あと9人ぐらい分身しない?全部お前で戦っちゃえよ」
突然、『左』が前のめりになった。
「てっ」「おい、どうした?」
「お、戻らね~じゃん。だったらお前が偽物か?」
後ろからヘラヘラした声が聞こえて、振り返ろうとする間もなく俺の頭にも鈍い衝撃がきた。
「てっ」
「おい丹野、何すんだよ」
柿崎が声を荒げる。頭を押さえつつようやく振りかえれば、丹野が口を大きくひん曲げて嘲笑っていた。
一匹狼気取っているくせに、その実目立つことが大好きなヤツのことだ、いい機会とばかりにチョッカイかけに来たんだろう。実際、クラスの注目がこちらに集まっている。
「ダメージ与えれば消えるかと思ってよ。ははは、同じポーズしてる。何なのお前ら」
丹野が調子に乗って、人を小馬鹿にした態度で更に挑発してきた。いつもならスルーしているところだが、昨日からずっと沸点が低い。
「てめぇ、やんのかコラ!」「てめぇ、やんのかコラ!」
「かかって来いよ、オラオラオラ」
「なんだと」「なんだと」
「太一、太一、やめろって!」
慌てて柿崎と、遠巻きに見ていた男子2~3人が俺たちを押さえつけようと手を伸ばした。いくらもがいても殴りかかれないので、上履きを脱いであの間抜け面に投げつける。余裕たっぷりに丹野は身をかがめたが、俺と『左』の靴は綺麗にセットされたツンツン頭へ直撃した。
「ちょ、汚ねー、バケモンが何してくれるんだよ」
「お?自分がやられたら被害者面か?」「お?自分がやられたら被害者面か?」
「席につけ、朝礼始めるぞー」
担任だ。
丹野は小さく舌打ちをして自分の席へ戻って行った。教室後方で観戦していた奴らも大人しく各自席へ座る。柿崎が上履きを取ってくれた。
後で丹野とは決着をつける!俺と『左』は互いに頷いた。こういう事の意思疎通は便利だなぁ、ホント。
「まったく朝っぱらから何をや・・・って・・・」
説教をしようとぐるりと教室を見回した先生は、視線を俺たちに固定したまま、金魚みたいに口をパクパクさせて何か色々言おうとしていたが、声に出たのは一言だけだった。
「なんだ?」
説明するのも面倒だったので、俺たちはただ黙っていた。皆このやりとりに興味があるのだろう、ややざわめいていた教室が静まり返る。担任は一生懸命言葉を探し、ようやく一つの文を作った。
「重岡太一、何だ、それは?」
「俺が俺の席に座って何か悪いんですか」「俺が俺の席に座って何か悪いですか」
「後ろの席の邪魔だろうが。そのまま半椅子半机で過ごす気か?後で会議室から長机といす持ってきて、一番後ろに移動しろ」
「・・・はい」「・・・はい」
ええー・・・そこですかー・・・?
あっさり言い返されて、俺と『左』はおとなしく返事をする。席の事はボケのつもりだったんだけどなぁ・・・そういう意味じゃなくて、とかツッコミくるかと思ったんだが・・・。
先生は体をひねって教室の時計を確認すると出席簿を持ち直し、改めてクラスを見回した。
「じゃあ、朝礼を始める」
「先生、もっと他に聞かなきゃならない事とか!!」
余りにも的を外しすぎたやり取りに業を煮やした優等生君が手を上げた。クラスのみんなが知りたいのは席の事じゃない。なぜ同じ人間が2人いるかということだ。
「気になることがあるなら重岡に直接聞け。2人だろうが3人だろうが、害はなさそうだし・・・あぁ、もう5分しかない。出欠取るぞ」
先生はうるさそうに首を振って名簿の読み上げに入った。時間厳守が生甲斐みたいなものだから、俺の分身よりも残り時間の方が気になるんだろう。生真面目な先生でよかった。
・・・て、直接来られてもいい迷惑なんすけど。
ふいに、名前を呼ぶ声が途切れたので顔を上げると、いつになく難しそうな顔でこちらを見ている先生と目があった。
「この場合、出欠はどうしたらいいんだろう?2回名前を呼べばいいのか?な、重岡」
「知らないですよ、そんなこと」「知らないですよ、そんなこと」