第32話 静かなる光の種(高山右近視点)
慶長の世が始まり、戦国の炎がようやく収まりつつあった頃――
加賀国金沢の空は、冬の名残を抱えながらも、どこか柔らかな光を帯びていた。
前田利家が没した後も、
その嫡男・利長は右近を手放さなかった。
右近は、
追放された大名でも、
ただの客将でもなく、
前田家にとって「政と軍の要」として扱われていた。
利長は、
政治のこと、
軍備のこと、
城下の治安のこと、
寺社の配置のこと、
果ては家中の揉め事に至るまで、
右近に意見を求めた。
右近は静かに応じた。
かつてのように大軍を率いることはない。
大名として領国を治めることもない。
だが――
右近の知恵は、
確かに金沢の地で生きていた。
慶長十四年。
越中国射水郡関野に、新たな城が築かれることになった。
高岡城――
後に加賀藩第二の城下町となるその城は、
右近の手によって設計された。
右近は、
地形を見、
水脈を読み、
風の流れを感じ、
山と川の位置を確かめた。
そして、
静かに図を描き始めた。
石垣の角度。
堀の深さ。
土塁の高さ。
兵の動線。
城下の街道の配置。
右近の筆は迷いなく走った。
小田原で学んだ外堀の構造。
畿内で培った築城の知識。
戦場で身につけた兵の動き。
そのすべてが、
高岡城の図面に注ぎ込まれた。
利長は図面を見て息を呑んだ。
「右近殿……
これは、まるで“生きた城”だ」
「城とは、
人が守り、人が暮らし、人が祈る場所。
ただ堅固であればよいわけではございませぬ」
右近の声は静かだった。
だがその言葉には、
かつての大名としての誇りと、
信仰者としての優しさが宿っていた。
一方で、
利家は生前、七尾西山台地に寺院を集め、
その中心に本行寺を据えていた。
だが――
その真意は別にあったとも言われる。
密かに、
キリスト教の信仰と、
ヨーロッパとの交易の拠点にしようとしていたのではないか、と。
その証拠のように、
慶長四年、
本行寺の境内に、
右近のための修道所が建てられた。
右近が初めてその建物を見たとき、
胸の奥で何かが震えた。
白壁の小さな建物。
木の香りがまだ残る回廊。
静かに風が通り抜ける祈りの間。
小さな十字架が掲げられた祭壇。
右近は、
その場に立ち尽くした。
小豆島で祈りを失い、
金沢で沈黙の中に閉じ込められ、
心の奥に光が差すことはなかった。
だが――
この修道所の空気は違った。
風が優しく、
光が柔らかく、
静寂が温かかった。
右近は、
ゆっくりと膝をついた。
祈りの言葉が、
胸の奥から自然と湧き上がってきた。
小豆島では出てこなかった言葉。
金沢の城下では凍りついていた言葉。
それが、
今は静かに、確かに、
右近の唇からこぼれた。
「……主よ。
私はまだ……
ここにおります」
その声は震えていた。
だが、確かに“生きて”いた。
右近は、
胸の奥に小さな光が灯るのを感じた。
それは、
かつてのような眩しい光ではない。
だが――
闇の中で迷い続けた者だけが見つける、
静かで細い、しかし確かな光だった。
右近は目を閉じた。
祈りが、
再び右近の中に戻ってきた。
その瞬間、
右近の人生は、
また静かに動き始めたかに見えた。




