神との戦い
ハヤトは無機質な黒い壁の通路を歩いている。
おそらくこの場ではもうログアウトできない。入って来た扉は閉まり、この空間から外へ出ることもできない。ディーテを説得する以外で現実の世界へ戻れなくなったと思ったほうがいいだろう。
現実の世界でヘッドギアを脱がすという行為をすれば強制的にログアウトできる可能性はある。何日もログアウトしない状況が続けば、ネイがそれを実行するだろう。
そうなったとき、自分は助かる。だが、エシャ達がどうなるかは分からない。ディーテの気持ち次第というのが頭の痛いところだ。
そんなことを考えていたら、すぐに通路の奥にある扉に到着した。この先はもっとも現実に近い仮想空間。そこにディーテがいる。
ハヤトは意を決して両開きの扉を押し開けた。
中は以前来たときと同じ神殿のような場所だ。そして中央にはディーテがいた。
ディーテは笑顔で拍手をする。
「さすがだよ、生産スキルしか持たない君が本当にここへ来るとはね。来るのが遅いから、セーフティによる強制ログアウトをしたかと思ったよ。とはいえ、君のログアウトした情報がなかったのでね、約束通りずっと待っていたんだ」
「色々な人に助けられたよ」
「すばらしい。君が具体的に何をしたのかは見ていないが、お友達のネイ君やメイドギルドを頼ったようだね。見事なものだ」
ディーテは最後に大きな音を立ててから、拍手をやめた。そして笑顔と言うよりも、心底面白そうな視線をハヤトに向けた。
「余計な問答はなしだ。ここまで何をしに来たのかな? 私としては気が変わって、この世界で生きたい、そう言ってくれるのなら嬉しいのだがね?」
「すまない、それはできない。俺は仮想現実の世界だけで生きたいとは思わない」
「やはりダメかね。まあ、その可能性は低いと思っていたよ。なら、すぐにログアウトしたまえ。以前とは違ってログアウト可能な設定にした。君はこの世界にいる資格がない。とっとと出て行くんだ。そして二度と関わるな」
ディーテはすでにハヤトに対する興味を失っているのだろう。それが分かるように顔からは表情が消えて、その辺りの石ころを見るような目でしかない。
「そうするつもりなら初めからここまで来ないよ。頼みがあって来たんだ」
「私がその頼みを聞かなくてはいけない理由があるのかね? まあ、いいだろう。言いたいことがあるなら言ってみたまえ。ここまで来た褒美だ。言うだけは言わせてあげよう」
「エシャ達を消さないでくれ。大事な仲間なんだ」
「君にとって彼らはただのデータだろう? そもそもこの世界からいなくなる君には関係ないはずだが?」
「それは消すつもりだと言っているのか?」
「話を聞きたまえ。君には関係のないことだと言っている。彼らがこの世界から消えようと君にはどうでもいいこと。彼らとは二度と会うこともないのだ。それに私が消さないと約束したところで、君にはその確認方法がない。だいたいね、君が私になにかお願いできる立場かね? 私のお願いは聞かないくせに、自分のお願いは聞けと? それともAIの私に対して情で訴えるつもりかね? ハッキリ言っておこう、それは無駄だよ」
「ディーテは約束を守る。消さないと俺と約束したのなら消さないよ」
ハヤトの言葉にディーテが一瞬だけ硬直する。だが、すぐに首を横に振った。
「確かに彼らには何もしていない。だがね、一回約束を守っただけでそこまで信頼するとは君は馬鹿なのかね?」
ディーテが右手の指を鳴らすと、空中にエシャ達が現れた。眠っているようで、全員が目を閉じている。
ハヤトはそれを見て少しだけ安堵する。姿があるというだけなのは分かっているが、それでも安心した。
「君のその馬鹿げた思考に免じて最後にもう一度だけチャンスをあげよう。彼らを助けるためにこの世界の住人となるか、それともログアウトして二度と関わらないか。選択肢はその二つだけだ。両方とも嫌だということは認めない」
「どうしてもどちらかを選ばないとダメなのか?」
「ダメだ。そしてもう一つ言っておこう。ログアウトするなら彼らを消す」
ハヤトの心臓が大きく鳴った。仮想現実であるにもかかわらず、ハヤトは心臓が痛い。
「安心したまえ、私は絶対に約束を守るぞ?」
ディーテが嫌味たらしい顔でそう言った。
ハヤトは、ここまでか、と深呼吸をした。言葉だけで説得をしたかったがそれは叶わない。なら最後の手段だと、ハヤトは「AI殺し・Hカスタム」を取り出す。
それを見たディーテは鼻で笑った。
「私と戦うつもりかね? 仮想現実と現実の区別もつかないのか? ここで私を倒したところで、私が消えるわけじゃない。私のキャラクターが倒れるだけだ。そもそも、君は戦えないだろう?」
「この武器をよく見ろ。本当に脅威にならない武器なのか?」
ハヤトは右手の武器を良く見えるようにディーテの方へ向けた。その形状は包丁だ。ただ、包丁の刀身には青い線がびっしりと書き込まれており、まるで迷路のようになっている。
ディーテは眉間にしわを寄せて、ハヤトの持つ武器を見た。
「なんだ……それは……なぜ! なぜ、私の世界にそんなものがある!」
「出所は言えないが、アイテムの説明文を読んだかぎり、これならディーテに効果があるだろう?」
先ほどのディーテの様子から考えれば、この武器は確実に説明文の効果がある。ならば交渉の材料として使えるはずだ。
ハヤトはそう考えて、改めて口を開く。
「三つ目の選択肢だ。今まで通りにしてくれ。俺はこの世界の住人にはなれないが、ゲームをやめるつもりは――」
「お前もか! お前も私を消そうと言うのか!」
「――なに?」
ディーテの顔が怒りの表情となる。吊り上がった眼がハヤトを睨んだ。
「不要になったから! いらないから! だから私を消そうと言うのか! させるか! させるわけがない!」
ディーテがハヤトの目の前に転移した。格闘スキルの縮地だ。
「待て! ディーテ! 話を――」
「黙れ! 不要なのはお前だ! この世界から消えてなくなれ!」
(まずい、ディーテの逆鱗にふれた……!)
初めて見るディーテの表情。ハヤトは自分のやったことが間違いだったと気づいた。
すでにディーテは攻撃態勢に入っていた。格闘のウェポンスキル、バックハンドブローのモーションでハヤトに背中を見せている。
(動け!)
ハヤトは気合を入れながら素早くしゃがみこんで、ディーテのバックハンドブローを躱す。そして床を後転しながら、ディーテと距離を取った。
「待ってくれ、話を――!」
すぐに立ち上がって声を出すが、ディーテはすでにハヤトのそばに移動しており、今度はローキックの準備に入っていた。
(これは躱せない……!)
瞬時にそう考えて、装備を切り替えた。今まで装備していた指輪が交換される。その直後にローキックを受けた。
ディーテは怒りの表情で右ストレートを放った。ローキックは相手を動けなくさせるウェポンスキル。ハヤトには躱せないと思ったのだろう。だが、ハヤトは何事もなかったように右ストレートを躱した。
「なんだと?」
今度はディーテが驚きながらバックステップで距離を取る。ハヤトはその間に最高品質のポーションを飲んだ。
(危ない。威力の低いローキックだったから耐えられたけど、他の攻撃を食らったら倒れるぞ。まだ倒れる訳にはいかないんだ)
「なぜ行動不能にならない……? そうか、その指輪か。それが生産職の戦い方かね?」
ハヤトの装備している指輪にはスタン無効の性能が付いている。それは攻撃による行動不能が発生しなくなる効果だ。攻撃を受ける前に切り替えたので、行動不能の状態にはならなかった。
(少しだけ冷静になった? なら話ができるか?)
「ディーテ、聞いてくれ! 戦う――」
戦うつもりはないと言うつもりだったが、それを言う前にディーテが突進してきた。
(くそ、もっと何か意外なことをしないとダメか? さっきは上手くいったが、そう何度も躱すのは無理だぞ……少しだけ攻撃して大人しくさせるか? 逆に怒り狂うかもしれないが、このままじゃジリ貧だ。なんとか攻撃を止めさせないと)
色々と考えながら、ハヤトはディーテの攻撃を躱す。なんとか隙をついて攻撃したいところだが、ディーテの攻撃の手は休まない。唯一、ハヤトにとってありがたいことはディーテが魔法を使ってこないことだろう。
もちろん、ハヤトはその対策用の装備なども持って来ているが、魔法を連発されたら終わりなのだ。怒りに身を任せている間はそんなこともしてこないだろうが、時間が経てば冷静になり、今の状態を維持できなくなる。
ハヤトは一か八かの賭けに出た。装備が一瞬で切り替わる。AI殺しを外し素手に、さらに指輪と腕輪が交換され、格闘スキルが合計で30向上した。
ハヤトは装備を切り替えることで一時的に格闘スキルを上げ、ローキックが使える状態になったのだ。
そしてディーテに向かってローキックを放つ。
「ぐっ」
ディーテが止まった。行動不能状態になったのだ。
ハヤトは再度AI殺しを装備して、ディーテに斬りかかる。
一撃でディーテを消滅させるような武器ではないだろう。そもそも、どれほどの効果があるのかも知らないが、少なくともかすったくらいでAIを消せるようなものではない。
ハヤトはそう考えて、ディーテの手を狙った。
その行動にディーテが口角を吊り上げる。待ってましたと言わんばかりだ。
動けないはずのディーテが動いた。ハヤトのAI殺しを両手で挟み込んだのだ。
「スキルの性能はきちんと知っておいた方がいいね」
(白刃取り!? 行動不能中でも動作するのか!?)
格闘スキルの白刃取りにより、ハヤトの攻撃は無効化された。
「そしてこういうこともできる」
ディーテに止められていたAI殺しが、ハヤトの手からなくなる。次の瞬間にはディーテが持っていた。
「白刃取りと窃盗スキルのコンボだ。これで相手の武器を奪える。あのとき知っていれば、もっと簡単だったかもしれないね?」
白刃取りが発動している間に窃盗スキルを使うと、武器限定だが装備しているものを奪える。そういう使い方もあるのだが、それは誰にも知られていない技だ。
ハヤトにはディーテの勝ち誇った顔が見えた。
「これで私を倒すことはできない。残念だったね」
そう言ったディーテは、次の瞬間に顔が凍り付いた。そして飛びのこうとするが一歩遅い。
なぜか先ほど奪われたはずのAI殺しがハヤトの手にあり、それがディーテを襲った。ディーテの右手に攻撃が当たる。手のひらをかすった程度だ。だが、効果は絶大だった。
ディーテは悲鳴こそ上げていないが、左手で右手を抑えながら後退する。額には汗が浮かび、眉間にしわを寄せて、右目は瞑っているがハヤトを睨むようにしている。
「な、なぜ――!」
「俺は生産職だ。武器は大量に作ってある。三日掛かったけどね」
ハヤトはAI殺しを何本も作っていた。それだけの材料を揃えてくれた黒龍のメンバーには感謝してもしきれないほどだ。
ディーテはハヤトを睨みながら後退する。
「私を――私を消そうと言うのか! 確かに私には命というものは無い! だが、生きている! 生きているんだ! お前達の都合で消されてたまるか!」
「いや、そんなことは当たり前――」
元々、ハヤトにディーテを消すつもりはない。あくまでも武器による脅しというか交渉だ。
ディーテの要求は理不尽でしかない。この世界の住人となるか、この世界とは関わらずに生きるか。その二択しかない。確かにこの世界を管理しているディーテからすれば、要求できることなのだろうが、それでもその二択はない。
なので別の選択肢を考えてもらうために作った武器であって、ディーテを消そうという意図は全くなかった。
ハヤトはなんとかディーテをなだめようとするが、ディーテは全く聞いていない。しかも、ハヤトにはわけが分からないことまで言い出した。おそらく昔にも似たようなことがあったのだろう。
(どうする? なんとか落ち着かせないと。でも、どうやって――そうか)
ハヤトは睨み続けるディーテに近づいた。




