魔王城
ハヤトは拠点に戻ってきた。
誰もいない拠点は広すぎる。そこに寂しさを感じるが、そんな感傷に浸っている場合ではない。ここをまた楽しい場所にするためにも、色々と準備をする必要がある。まずは状況を整理した。
ネイにはハヤト本体のケアを頼み、黒龍のメンバーには材料を集めるようにお願いして、メイドギルドには魔王城でのイベントを依頼した。
だが、まだ足りない。ハヤトには戦う手段がないのだ。
ハヤトはディーテを説得するつもりでいる。今の状態ではなんの説得もできないだろう。ここはディーテが管理する世界。自分の望まないことを認める必要はない。
ディーテがハヤトにここにいて欲しいという願いはハヤトが断った。ならハヤトの願いをディーテが叶える必要はない。何のメリットもないからだ。
そこで重要になるのがエシャから渡された武器の製造方法だ。「AI殺し・Hカスタム」。この世界のAIを破壊する、という性能の武器であることは分かっている。
ディーテに対する強力な武器になるだろう。それをハヤトが持っているとなれば、ディーテにもハヤトの望みを叶えるメリットが出る。
武器を使ってディーテを消さない代わりに、エシャ達を助けてもらう。
それがハヤトの考えているシナリオだ。
ただ、そこで一つ問題がある。
たとえ強力な武器を持っていたとしても、それを上手く扱えないのであれば意味がないのだ。武器を持っているだけでは脅しに使えない。実際にディーテを消すつもりはないが、ディーテが脅威とみなさなければ意味がないのだ。
ほかの人に使ってもらうということも考えたのだが、これはハヤト専用武器だった。HカスタムのHは「ハヤト」なのだろう。
ハヤトは自分の足を見た。
動かないわけではない。怪我をしたときの痛みや恐怖から激しい運動をしようとすると体が硬直する。つまり精神的な問題だ。
だが、希望はある。それは「悪魔召喚研究会」との戦いでエシャを庇った時のことだ。結局意味はなかったが、ハヤトは動けた。なら今回も動けるはずだとハヤトは自己暗示のように自分に言い聞かせた。
(やるしかないよな。俺が行くまでエシャには何もしないと約束してくれた。ディーテはそういう約束は守る……と思う。衰弱による強制ログアウトはネイに頼んだから大丈夫だろう。とはいえ、少しでも体を動かせるようにしないと)
ハヤトはそう考えて、三階の多目的ホールへ向かうのだった。
ハヤトは三日ですべての準備を整えた。
生産スキルで役に立ちそうなアイテムを作り出し、「AI殺し・Hカスタム」も準備した。
「ハヤト、準備はいいか?」
「ああ、それじゃ行こうか」
ネイの言葉にハヤトが返答する。
これからハヤトは元黒龍のメンバーと魔王城に乗り込む。王都にある魔国への転送装置を使って転移後、徒歩で三十分ほどだ。
今日はメイドギルドが開催してくれたイベントの最終日。プレイヤーやNPC達が最後のデーモンホーンを集めていることだろう。
この三日間、魔王城は混乱状態だったと聞いている。しかも魔王が不在。魔王に仕えている者達が抵抗しているとも聞いていた。
(ルナリアさんや、他の皆もどこにもいない。おそらくディーテのところにいるのだろう。エシャだけじゃなくて、皆を助けないとな)
ディーテが皆をどうするつもりなのかは分からない。もしかしたら何もないのかもしれない。だが、それを期待するのはどうかと思うし、このままログアウトして関わらないということはできない。
ハヤトは今まで多くのプレイヤーやNPCに頼ってきた。今だって一人では何もできない。生産スキルで用意した物も、魔王城が混乱しているのもすべて誰かのおかげだ。これからもそれは同じだろう。
(でも、これだけは俺だけにしかできないことだ。必ずディーテを説得しよう)
ハヤトはそう決意して魔王城を目指した。
魔王城では多くのプレイヤーやNPCが悪魔系のモンスターを倒していた。それを横目にネイ達と魔王城の奥へと進んだ。
「ネイ達はここへ来たことがあるんだよな?」
「もちろんだ。とはいえ、落とすアイテムはあまり良くないし、時間になると強力なモンスター……ではないな、強力なNPCが現れて逃げるしかなくなるんだ。だからほとんど来ないな」
「そうなのか。ちなみにその強力なNPCと言うのは?」
「姿形はゴスロリ風の女性だな。大きな鎌を持って襲ってくるんだが、これまた強いんだ。今の私達でも勝てないだろうな」
「ゴスロリ……?」
(黒薔薇十聖のメンバーだったゴスロリさんか?)
ハヤトがそう思った時、前方にある広間から悲鳴が聞こえてきた。そして微かに「ゴスロリが出たぞ!」「逃げろ!」と慌てた声が聞こえてくる。
「逃がすわけねぇだろぅがぁ!」
超高速でNPCやプレイヤーを追いかけて倒していくゴスロリ女性がいた。とても笑顔だが、狂気じみていると言ってもいいだろう。
「まずい! すでに狂戦士モードになってる! 一旦引くぞ!」
ネイの言う狂戦士モードがなんなのかは分からないが、危険であることは理解した。ネイ達に守られながらその場を離れようとする。ここで倒れて拠点に戻ることになったら時間のロスが激しいのだ。
だが、逃げようとしたところで、ゴスロリ女性に見つかった。
「逃がさねぇって言ってんだろうが!」
「皆、ハヤトを守れ!」
ネイはそう言いながら、腰のエクスカリバー・レプリカを抜いた。そして高速で近寄ってきたゴスロリ女性の鎌による攻撃を防ぐ。
金属がぶつかる甲高い音が周囲に響く。
「皆、ここは私に任せて先に行け! 早くハヤトを奥へ!」
「……ハヤト?」
ネイの言葉にゴスロリ女性が反応する。そしてハヤトと目が合った。
一瞬だけ間が空き、ゴスロリ女性はすぐさまハヤトに駆け寄った。
「ああああ、貴方! ルナリア様をどうした! もう、三日も帰ってきてないんだぞ! 家出か! 家出なのか!?」
「待て! 落ち着いてくれ! えっと、そう! これからルナリアさん、いや、皆を助けに行く予定なんだよ! その手掛かりがこの魔王城の一番奥にあるんだ! だから見逃してくれ!」
ゴスロリ女性は疑いの目でハヤトを見ていたが、大きく息をついた。するとゴスロリ女性がまとっていた赤黒いオーラが消えてなくなる。
「信じられないけど、貴方には借りがある……いいでしょう。なら私が案内してあげる。でも、魔王城の奥には神がいるかもしれないってだけよ? 実際に見た人はいないわ」
「……俺は何度も会ったことがあるよ」
「……にわかには信じられないけど、ルナリア様は貴方に一目置いていた。なら本当なのかもね。いいわ、来て。ほら、貴方達も一緒に来なさい」
ゴスロリ女性はそう言うと、こちらを確認もせずに奥へ行ってしまった。ハヤト達も慌てて後を追いかける。
途中、ネイがハヤトに寄ってきた。
「おい、ハヤト、あの女性と知り合いなのか? 借りがあるとか言ってたが」
「前にちょっとね。でも、名前も知らないよ。黒薔薇十聖の一人だとは知ってるけど」
「本当か!? どこにもいないと思っていたら魔王城にいたのか。しかもちゃんと話が通じるなんて……敵として出現するだけだから、話すなんて考えたこともなかった」
それが普通のプレイヤーの行動だろう。そもそもハヤトも以前に会っていたから話ができそうだと思っただけで、初対面だったら戦うしかないと判断したはずだ。
あの騒動のおかげだな、とハヤトは少しだけあの時のことを懐かしんだ。
「なんで笑っているのかは知らないけど着きましたわ」
ゴスロリ女性に言われて、ハヤトはようやく気付く。目の前にはかなり大きな扉があったのだ。
ここは魔王城の玉座の間よりもさらに奥にある通路の袋小路だ。そして両開きの金属でできた扉がある。重厚そうな扉は一切開くつもりがない、そんな雰囲気を醸し出していた。
「ここは開かずの間と言われていて、誰も開けたことがないわ。本当にこの奥に神がいるの?」
「ああ、いる。俺を歓迎してくれるはずだ」
ハヤトはそういいながら、扉に触れた。
すると、全く動きそうになかった扉が音もなく開き始めた。
「本当に開いた……」
驚いているゴスロリ女性を放置して、ハヤトはネイ達の方へ体を向けた。
「ここから先は俺一人で行く。皆はもう戻ってくれ」
「ハヤト、私達も一緒に行ったほうがいいのでは? なにかこう、ラスボスが出てきそうだぞ?」
「いや、俺一人で行く。これは俺がやるべきことなんだ」
ネイはハヤトを見つめる。数秒見つめた後、溜息をついた。
「ハヤトは頑固だからな……分かった。私達はここまでだ。もう帰るけど、いいんだな?」
「ああ、ここまでありがとうな」
「友達なんだから気にしないでくれ……でも、今度オフ会をやるから、そのときはハヤトの全額おごりだぞ?」
「もちろんだ。いくらでもおごってやるから」
ネイは満足そうにうなずくと、右手でハヤトの左腕をバシッと叩く。そして黒龍のメンバーも全員ハヤトを軽く叩いた。激励の意味があるのだろう。
そしてゴスロリ女性は、この先にルナリアがいるなら私も行くと言い出したが、ネイ達がそうはさせないと妨害を始めた。
「そんなことよりも黒薔薇十聖の話を聞かせてくれ!」
「ちょっと! スカートを引っ張らないでくれます!?」
なぜか少しだけ仲良さげになっている二人にちょっと笑ってから、ハヤトは扉をくぐり中へと入った。




