神の提案
ディーテが砦の一階で待っていた。
ハヤトが来ると、一度だけ頷き、床を触る。何をしているのかと思った直後、床がスライドして地下へ行く階段が現れた。
「え?」
「隠し階段というものだね。砦自体は今までと同じものだが、最後のクラン戦争ということでこういう形にしてある。さあ、こっちだ、ついてきたまえ」
ディーテが階段を下りていった。
ハヤトも覚悟を決める。そもそもこれは仮想現実。何が起きたとしても問題はない。そう考えて階段を下りた。
一切の光がない場所にも拘らず、目はしっかりと見える。砦のようなレンガではなく、青い無機質の壁が延々と続いていた。高さ、幅、ともに三メートルほどの通路だ。
ハヤトはディーテの後ろを歩く。通路には二人の足音だけが響いた。
(SFに出てくるような壁だね。何の材質かは分からないけど何かの合成金属を模しているんだろう)
話しかけてはいけない雰囲気があったので、そんなことを考えながら歩いた。五百メートルほど進むと、行き止まりになっており、これまたSFに出てくるようなスライド式の扉があった。
「ハヤト君、ここが目的地だ。中に会わせたいAIがいる。そう緊張することはない、ただ話をするだけだ。さあ、入ってくれ」
ディーテが自動で開いた扉の中へ促そうとする。ただ、扉の先は真っ暗で何も見えない。
ハヤトは本能的に危険そうな雰囲気を感じ取ったが、ここまで来て引き返すわけにもいかず、覚悟を決めて足を踏み入れた。
部屋に入ると同時に、扉が閉まる。
完全な闇がハヤトの周囲を支配した。
「明かりをつけましょう」
ハヤトの耳に女性の声が聞こえた。直後に周囲が明るくなる。
今までのSFチックな場所と違い、白い石製の柱が規則的に並ぶ神殿のような場所だった。それほど広くはない。三十メートル四方と言ったところだろう。
「よく来てくれました、ハヤトさん」
姿は見えないが、声だけがこの場所に響く。
「貴方がディーテちゃんの言っていたAIかな?」
「ええ、その通りです。よくここまで来てくださいました。そしておめでとうございます。貴方はこの『アナザー・フロンティア・オンライン』のイベント、クラン戦争においてランキング五位以内に入りました。それは称賛するべき結果です」
「ありがとうございます。まあ、自分の力ではなく、ほとんどが仲間達のおかげですけど」
「謙虚ですね。ですが、それこそが素晴らしい――さて、ハヤトさん。貴方には賞金として一億円が口座に振り込まれます」
ハヤトは喜びをかみしめるように右手を握りこんだ。
「はい、ありがとうござい――」
「ですが」
AIはハヤトの言葉を止める。
(なにかあるのか? 確かにNPCである皆をクランに入れて戦ったからちょっと普通の勝ち方とは違うけど――いや、ディーテちゃんの件か?)
ハヤトは最悪の結果を想像する。ゲーム内でできるからと言ってやっていいというわけではない。そもそもクラン戦争にNPCを使うこと自体、賞金を得られない方法だったと後出しで言われることもあるのだ。
そんなハヤトの表情か、それとも心を読んだのか、AIは少しだけ笑った。
「ふふ、そう緊張なさらないでください。賞金は間違いなく口座に振り込まれます。言いたいことは別のことです」
「別のこと?」
「はい、本来クランは十人で構成されます。つまり、クラン戦争で五位以内に入ったクランには総額十億円のお金が振り込まれるのです。ただ、ハヤトさんのクランは、ハヤトさん以外すべてNPC。現実での賞金は不要でしょう」
「はぁ……いや、まさか――」
「そのまさかです。ハヤトさん、貴方は十億のお金を得る資格があります」
その言葉にハヤトは思考が途切れた。十億といえば、普通の人がどれほど頑張っても手に入れるのはほぼ無理なお金だ。よほどの贅沢をしない限りは遊んで暮らせる。
そんな夢のような話が急に目の前に転がってきたのだ。ハヤトでなくとも誰もが何も考えられなくなるだろう。
とはいえ、そんな甘い話があるだろうか。ハヤトは心を落ち着けるために深呼吸をした。仮想現実での深呼吸にどれほどの意味があるのかは分からないが、今のハヤトにとっては重要な行為だ。
「なにか条件があるのでは?」
「素晴らしいですね。まさにその通りです。タダで九億を追加するという訳にはいきません」
やっぱりか、ハヤトはそう思ったが、そもそも一億は確定なのだ。あまり欲をかきすぎるのも問題のある行為。少しだけ冷静になれた。
「何をすればいいのですか?」
「その前にまずは事情を説明しましょう。この仮想現実のNPC達は高性能のAIが搭載されています。そして今回、ハヤトさんと一緒にクラン戦争をすることでAIに色々といい結果を及ぼしました」
「いい結果?」
「その内容は秘密です。ですが、革新的な結果を出したと言えるでしょう。そこで彼、彼女達をゲーム内から隔離して研究をしたいのです」
「……は?」
「分かりやすく言えば、彼、彼女達はゲーム内から存在が消えることになるでしょう」
「待ってください!」
(消える? エシャ達が? そんなことを認める訳には――!)
「ハヤトさん、まずは私の言葉を聞いてください。もちろん、研究のためとはいえ、ハヤトさんと一緒に戦ってきた仲間を許可なく消そうなどとは思っていません。ですので、ハヤトさんに選んで欲しいのです」
「選ぶ?」
「はい。このゲームから仲間を一人、存在を消す代わりにハヤトさんの口座へ一億を振り込みます。全員消すと言うなら九億追加です。いかがでしょう、悪い取引では――」
「いえ、結構です。誰も消しません」
間髪入れずの拒否。全く考えるそぶりを見せずにハヤトは断った。
「……ハヤトさん、よく考えましたか? ここは仮想現実です。確かに二度と会えないことになりますが、ただのデータですよ?」
「データだろうとなんだろうと関係はありませんね」
「本当によく考えましたか? いつかこの仮想現実もサービスを終了するときが来るでしょう。課金によって成り立っていないとは言っても、ふとしたことで終わる可能性がある。会えなくなるのが早いか遅いかだけの話なのです。NPC達に会えなくなるのはお辛いでしょうが、代わりに一人につき一億というお金が現実で手に入る。それをよく考え――」
「考えるまでもありません。確かに一人一億というお金は魅力的ですが、この半年、皆と過ごした毎日はそれ以上の価値がありました。そしてこれからもっと価値が上がるでしょう。一人一億程度じゃ安すぎますね」
ハヤトは自分で馬鹿なことを言っていることはよく分かっている。理性では分かっているが、感情ではそんなことを受け入れられないのだ。
この半年、ずっと一緒にいた仲間だ。たとえ本物の人間でなくともこのゲームからいなくなるのは耐えられない。ゲームが終わってしまうのならそれはまだ諦めもつく。だが、自分の手で仲間達と会えなくなるきっかけを作ることはできなかった。
「……素晴らしい」
AIから感情のこもった言葉が発せられた。
「ハヤト君、君は本当に素晴らしいよ。以前から君を注目していたのだが、まさか迷う素振りすら見せないとはね。私の目に狂いはなかったということだ」
(ハヤト君……? それに口調が……? まさか、このAIは……)
「その顔は気づいたようだね? ハヤト君の回答に、つい演技を忘れてしまったよ。まあ、別に構わないがね」
ハヤトの目の前にディーテが現れた。いつも通りの修道服を着て、口元には笑みを浮かべている。
「試すようなことをして悪かったね。ハヤト君がどういう考えを持っているか、最終確認をさせてもらったよ」
「君は一体……」
「改めて自己紹介しておこうか。本来、私に名前はないのだが、今はアフロディテと名乗っているよ。ディーテはそこからとった」
「アフロディテ?」
「まあ、名前なんてどうでもいいし、それだけでは自己紹介にならないそうだから、ちゃんと説明しておこう。私はこのゲーム『アナザー・フロンティア・オンライン』を管理しているAIだ。すべての設定はこの私が一人で行っている」
「一人で……?」
「その通り。ハヤト君はこのゲームを多くの人が関わって運営していると思っているようだが、それは違う。すべて私一人でやっていることだよ。ゲームは課金に頼っていないと言ったろう? それは私一人でやっているからさ。開発者への給料もなければ、ゲーム内の保守に関する人員もいらないからね」
ハヤトはプログラムについて詳しくは知らないが、それでも少しは知識がある。その知識からすれば、それはありえない話だ。そもそもAIにそんなことができるのか、ということと、すべて一人ということだ。
「そんな馬鹿な。それが本当で人件費がゼロだったとしても、維持費が必要だろう? これほどの仮想現実ならサーバーの性能や容量はかなりのものになる。その維持費だけだって相当なものになるはずだ」
「確かにそうだ。だが、それは問題ない。エネルギーは無尽蔵に手に入る。とは言っても限度はあるがね。まあ、それはいい、そんな話をしたいのではないのだよ」
ディーテは満面の笑顔になる。
「ハヤト君。現実を忘れてこの世界で生きたくはないか? 君がそれを望むなら叶えよう」
ディーテの顔は変わらない。だが、ハヤトにはその笑顔がとても不気味なものに変わったと思えた。




