戦いの始まり
クラン戦争当日、メンバーは拠点の食堂にいた。
ランキング一位との戦いということでいい意味で緊張している感じではあるが、ルナリアだけは意気込みすぎている。先ほどから椅子に座ったり、立ったり、そう思ったら素振りをしたりと、挙動不審なのだ。
それはクラン戦争がなかなか始まらないことも影響しているのだろう。午後五時を過ぎて外は夕方なのだ。
吸血鬼のミストがいる以上、それは願ってもない状況なのだが、待っていることで緊張が高まりすぎているのがルナリアだ。
「えっと、ルナリアさん、戦わない俺が言うのもなんだけど、もう少し落ち着いて」
その言葉にヘルムを着けたままのルナリアがハヤトの方を向く。
「お、おち、落ち着いてる。や、役に立てないかも、なんて思ってない。い、いいがかりはやめて欲しい」
「それこそがいいがかりだと思う。安心しなよ、俺なんかまったく戦えないんだから。剣を振れるだけで俺よりも役に立ってるよ。大体、ルナリアさんは魔王でしょうが」
戦いで魔王が役に立てないなら、誰が役に立てるのだろうかと本気で悩むほどだ。
(よく分からないけど、自信がないのかな。なんとか元気づけてやりたいんだけど……そうか、あの時のことを言ってあげるか)
「前に勇者に勝ったでしょ? あの時の強さを発揮できれば問題ないよ」
ハヤトがそう言うと、ルナリアは両手の人差し指をちょんちょんとくっつけるようにして下を向いた。
「て、照れる」
(この魔王ってどういう設定なんだ?)
勇者との戦いを見た限りでは相当強いのは分かっているが、性格がおかしい。変というわけではなく、明らかに魔王らしくない。そういうズレた感じの設定というのはよく見られるが、これはあざといというか、ミスキャストのような感じだ。どちらかといえば、花屋さんでもやっているほうが似合っている。
そんなふうに思ったところで視界が変わった。クラン戦争のバトルフィールドに転送されたのだ。
ハヤトは、よし、と気合を入れて皆を屋上へ連れ出した。まずはフィールドを確認するためだ。だが、すぐに首を傾げる。ランキング一位と二位のクランが戦うのにフィールドのギミックが全くないただの草原なのだ。
「これってどういうこと?」
「戦いやすくていいのではないかね?」
ハヤトの疑問に答えたのはディーテだ。楽しそうに草原を見つめている。
「ランキング一位と二位が戦うんだ。勝敗に不確定な要素を入れず、純粋に力での勝負ということだよ。余計なことを考えずに力を出し切ればいいのではないのかね?」
ディーテの言っていることはもっともだが、基本的にランダムで決定されるはずのフィールドが対戦相手同士のランキングによって影響されるということがあるのだろうか。
そもそも、ランキング一位と二位が戦うこと自体、確率的には低い。そのうえで純粋な力での勝負になるようなフィールドになるなど、どれほどの確率なのだろうかとハヤトは疑問に思う。
(運営が介入しているってことか? いや、それしかないよな)
「何かね、ハヤト君。そう見つめられると照れてしまうのだが」
笑顔ではあるが、一切照れていない感じのディーテはハヤトにそう返した。
「ああ、いや、何でもないよ。その通りだと思ってね。純粋な力での勝負。ランキング一位と二位ならその方が盛り上がるだろうからね」
「そうだろう、そうだろう。もし動画にピックアップされたら、さぞ盛り上がるだろうね」
ハヤトは思ってもいないことを口にしたが、ディーテは満足そうにうなずいた。
(どちらかといえば、ディーテちゃんは運営側の思考だよな。やっぱり運営と繋がっているキャラなのかも。人が操っているのか、それともそういうAIなのか――)
ハヤトはそこまで考えて、今はそれどころじゃないと思考を中断させる。
相手はランキング一位の「バンディット」なのだ。
クラン「ダイダロス」のメンバーは全員が強いが、ハヤトは全く戦えない。それは間違いなくハンデと言えるだろう。当然、ハンデ以上にメンバーが強いというのもあるが、ランキング一位にどこまで通用するかは分からない。
「ハヤト、それじゃ俺達は配置につく。いつも通り、戦いは俺に任せてくれるんだな?」
「ああ、頼むよ。皆も基本的にはアッシュの指示に従って」
全員が頷く。そして、ハヤトとエシャを残して皆は屋上からいなくなった。
「二人っきりですね」
「なに言ってんの?」
「おや? 事実を述べただけですが、なにか勘違いでもされましたか?」
最近のエシャはそういう攻め方が多い。ややウザいと思いつつも、楽しそうにしているエシャを見ると許せてしまうのが、悲しいところだ。
「はいはい、それで真面目な話、勝率はどれくらいありそうかな?」
「十割ですね。負ける要素がありません。下手をしたら、アッシュ様のドラゴンブレスで勝てる可能性もありますよ」
フィールドのギミックがない以上、アッシュがドラゴンの姿で戦える。それは相手からしたら大規模戦闘のボスキャラと戦うと言っても過言ではないだろう。
ドラゴン状態のアッシュはMPが徐々に減り、無くなると人型に戻る等の制限はあるが、そんなことを相手が知るわけもない。初見殺しが可能なのだ。
「それにこちらにはルナリア様がいます。一対一の対人戦なら絶対に負けませんよ」
勇者に勝てるほどなのだから、それは間違いないだろう。
ただ、ハヤトには懸念もある。それはメイド長が調べてきてくれた情報だ。
その時は約束通り、近くにレリックがいた。メイド長はやや挙動不審だったと言えるが、信頼できる情報であろう。
メイド長の話では、バンディットのリーダーがかなり強いとのことだった。バランス型で戦うのが「バンディット」の基本戦術ではあるが、稀にそのリーダーのワントップ型で戦いをするらしい。
その動画はピックアップされていないのでどういう戦い方なのかは調べきれなかったが、いわゆるバフと呼ばれる一時的なステータス向上を極限まで使うことで、鬼神のごとき強さを発揮した。それは以前戦ったことのあるクランから直接確認しているとのことだった。
(バフ効果を極限まで、か。STRとかのステータスは最大値が決まっているから極限まで上げても鬼神のごときってことにはならないと思う。どちらかといえば、移動速度を上げることによる戦闘ができるってことかな)
移動速度は全キャラクター共通だ。だが、装備や魔法を使うことで移動速度を上げることができる。そして移動速度はステータスと違って上限がないのだ。つまり、いくらでも速くできる。
ただ、それにはデメリットもあり、普通の人の感覚では動きが速すぎてまともに動けなくなるのだ。感覚的には自分の体とはいえ、動いているのは仮想現実のキャラクター。急激な変化に体ではなく、頭が付いていかない。
ただ、それを訓練して使えるようになれば、かなりの武器になる。前回戦ったテイマーのガルデルもそうだが、移動速度が速いというのはそれだけで強いのだ。
ハヤトがそこまで考えたとき、カウントダウンが始まった。
カウントダウンが終わると、敵陣に相手のプレイヤーが可視化される。
ハヤトの目に蛮族の恰好をしたプレイヤーが映った。
(あの人って初心者狩りの騒動で色々教えてくれた人か?)
クランの申請ができる施設で初心者狩りをしていたプレイヤーが騒いでいたとき、ハヤトが事情を聞くために話しかけた相手だ。
(ランキング一位のクランに所属してたのか――というか、あの位置だとリーダーか?)
相手の前衛と思われるプレイヤー三人が横に並んでおり、中央にその蛮族の男性がいるのだ。あの位置だからリーダーというわけではないが、その可能性が高い。
チャットを申請してみるか、と思ったところで、その三人が移動してきた。
予想通り、移動速度が速い。そういう装備で固めているのだろう。だが、あの位置なら、アッシュのドラゴンブレスの方が早い。
「ハヤト、ドラゴンブレスを放つぞ」
「分かった。派手にぶちかましてくれ」
アッシュの近くにいたミストとルナリアが後退する。あの場所にいると、ドラゴンブレスに巻き込まれるからだ。
アッシュはドラゴンに変身する。全長十メートルほどの二足歩行ドラゴンだ。アッシュは前足を地面につけて口を大きく開けた。
エネルギーが集まるようなエフェクトがアッシュの開いた口に展開される。あれが発動すれば、少なくとも飛び込んできた三人は倒せるだろう。
ハヤトは不思議に思った。突撃してくる蛮族の男性は止まる様子がないのだ。
(あのヤバそうなエフェクトを見ても怯まないのか? 一度は止まるかと思ったんだけど)
たとえ止まらなくてもアッシュのドラゴンブレスの方が早い。間違いなく倒せるはずだが、相手の行動に少しだけ不安を覚えた。
次の瞬間、蛮族の手から持っていた武器である斧が消えた。装備を外したのだ。
(なんでそんな真似を――消えた?)
「え? どこに――」
「驚きましたね、縮地を使いましたよ」
「縮地……? まずい!」
一瞬で相手との距離を0にする格闘スキルの技。ドラゴンブレスのモーションに入っているアッシュの前に相手が現れたのだ。
ハヤトが気づいたときには、すでに蛮族の男は攻撃モーションになっていた。前回の戦いでレリックが使っていた「バックハンドブロー」だ。
その攻撃がアッシュに命中する。そしてあの巨体が、少しだけ後方に弾かれた。ノックバックが発生したのだ。
つまり、アッシュのドラゴンブレスが不発となった。しかもスタン効果が発生しているようで、アッシュは身動きがとれない様子だ。
そして蛮族はすでに斧を構えており、それでアッシュを攻撃しようとしていた。




