バンディット
クラン戦争一週間前、ハヤトのクラン「ダイダロス」の対戦相手が決まった。
「嘘だろ……」
ハヤトが対戦相手を見て驚くのも無理はない。それは現在ランキング一位のクランだったのだ。
クラン名は「バンディット」。山賊という意味を持つクランだが、その戦い方に関しては山賊とはかけ離れており、かなり洗練されている騎士団のようなクランだとハヤトは聞いている。
いわゆるバランス型のクランで、尖った編成ではない。それゆえに弱点らしい弱点もなく、あらゆる対処が可能なオールラウンドの万能クランなのだ。
ハヤトが以前所属していたクラン「黒龍」もこのタイプだ。そして今のクランがどういうタイプかと言えば、これもバランス型と言えるだろう。どちらかと言うと、エシャのワントップ型のようにも思えるが、それはこれまでの戦い方によるもので、全体的に見ればバランス型だ。
(バランス型は一人崩れると脆いと言われているんだけど、このクランはそんなことはないらしい。メンバーもそれぞれ万能型のスキル構成をしているから半分くらい倒されても平気だとか聞いたことがあるし……そして一番の問題は俺か)
ハヤトは生産職のエキスパートと言えるが、クラン戦争ではお荷物だ。まったく役に立たないかと言えばそうではないのだが、純粋な戦力としては役に立たない。役に立てるといえば、一度だけの壁。誰かの代わりに一度だけ倒されるというくらいだ。
(自爆用のアイテムも意味がないだろうな。相手には潜入系のプレイヤーはいないみたいだし……なら事前準備だけはしっかりやっておこう)
ハヤトはそう考えて、クラン戦争の準備を始めるのだった。
クラン戦争前日、ハヤトは拠点で最終チェックを行っていた。
相手クランのことについてはメイドギルドからの情報をメンバー全員と共有してある。各々の装備に関するチェックも終わっているし、料理や薬品なども可能な限り用意した。
アッシュ達は皆との連携は確認済みだと言っていた。ただ、ルナリアが参加することが最近だったこともあり、相手に通じるかどうかが微妙とも聞いている。
拠点の隅っこで両膝を抱えながら座っていたルナリアに対して少しだけ同情したが、アッシュ曰く、そもそも魔王だから一人でも強いはずだ、ということだった。最悪、連携はなしで、一人で特攻させるらしい。それを聞いたルナリアはさらに落ち込んでいたが、エシャとレンが慰めていた。
ハヤトはそんなことを思い出しながら、最終チェックを続け、ようやく確認が終わった。
(あとは運を天に任せるしかない。ランキング一位に勝てば、ポイントで確実にトップに立てる。そうすれば、その次の戦いに負けてもランキング五位に残れるはずだ)
ポイントは加算制で減ることはない。負けたときにポイントが0なだけだ。そして相手のランキングが高いほど、加算されるポイントが増える。
ランキング一位を倒してポイントが加算されれば、三位以下にかなりの差をつけられる。その次のクラン戦争で「ダイダロス」が二位か三位に負けたところで、ポイントの換算上、ハヤトのクランが五位よりも下にいくことはない計算だ。
ジャイアントキリングという特殊なポイントルールもあるが、あれはポイントを入れ替えるだけ。そもそも最後のクラン戦争でジャイアントキリングが発生するようなランキングが低いクランと戦うつもりはない。
これらのことから、次がハヤトにとっての最終決戦と言ってもいいだろう。
それを思うとハヤトは身震いする。負けてもチャンスはある。だが、勝てば賞金を手に入れられる。それがハヤトを高揚させていたのだ。
ハヤトは心を落ち着かせるためにコーヒーを飲んだ。
「どうやら準備が整ったみたいですね」
食堂でコーヒーを飲んでいたハヤトの前にエシャがやってきた。
今日はいつもより店じまいが早い。NPCに疲労というものがあるのかは分からないが、なんとなく疲れさせてはいけないと、閉店の時間を早めることにしたのだ。
明日がクラン戦争なので今日は休みでも良かったのだが、エシャがそれだとチョコパフェが食べられないと言い出したので、好きにさせている。
「お疲れ様。コーヒーでも飲む?」
「メロンジュースをお願いします」
「……一本くらいならいいけどね」
ハヤトはそう言って倉庫から瓶に入ったメロンジュースを持ってきた。それをエシャに渡す。
「いつも飲んでるけど、メロンが好きなの?」
「昔から味は好きです。メロンそのものを食べたことはないですけどね。大昔にはこれにアイスを乗せたクリームソーダという飲み物があったらしいですよ?」
「その期待した目は何? アイスも出せってこと?」
「察しの良いご主人様でエシャは幸せ者ですね」
「出すって言ってないんだけど? はぁ、ちょっと待って」
嫌そうにしながらも、アイスを用意するハヤト。そして普通のアイスクリームをエシャの前に出した。
エシャは笑顔でそれを食べる。クリームソーダというアイテムはないが、交互に食べていれば似たようなものなのだろう。
ハヤトはそんなエシャを見ながら口を開いた。
「あれから体の調子は大丈夫?」
あれ以来、エシャが痛みを訴えるようなことはない。だが、エシャのことだ。もしかしたら、自分に迷惑をかけないように何も言っていないだけかもしれない。
ハヤトはそう思って尋ねた。
「もちろん平気ですよ。相変わらず過保護ですね」
「あれを見たら誰だって心配するよ。そもそも、あの時のことを覚えてないの? かなり痛がっていたよ?」
「そうでしたっけ? でも、よく覚えてますよ。お姫様抱っこされたこととか――重かったとか言ったら、ベルゼーブが黙っていないとだけ言っておきます」
「自分から振っておいてそれはないんじゃない? あと、お姫様抱っこのことは忘れて。大体、あれは緊急事態だったからだよ――セクハラとか言わないでくれる?」
「そこまで恩知らずじゃありませんよ。心配してくれていることは感謝してますから」
感謝している、エシャからそう言われて、ハヤトは少しだけ驚いた。でも、それを茶化すと余計なことになると思ったので、普通に返すことにした。
「仲間なら当然でしょ」
「そういう時は、エシャが好きだからね、とか言うものですよ?」
現実だったら飲んでいたコーヒーでむせていただろう。仮想現実でもむせそうになったほどだ。
「はぁ、そういうからかいはもっと頻度を落としてほしいよ。心臓に悪い」
「心臓を鍛えたほうがいいですね」
「鍛える前に止まりそうだけどね」
そんな雑談をしながら穏やかな時間を過ごし、ハヤトはコーヒーを飲み干す。エシャも食べ終わっていた。
「さて、それじゃお開きにしようか。明日はよろしく頼むね」
「お任せください。今回は色々とご迷惑をおかけしましたから、いつもより張り切りますよ」
「期待しているよ」
エシャを見送ってから、ハヤトも今日は早めに寝ておこうと、すぐにログアウトするのだった。




