棺桶と対戦相手の情報
ハヤトがミストへ連絡を入れると、ほんの数分で拠点まで飛んできた。比喩ではなく本当に飛んできた。
モンスターの吸血鬼はコウモリや狼に変身できるのだが、魔法で吸血鬼になった場合も同じことができる。このゲームで空を飛ぶというのは一部のプレイヤーにのみ許されている行為であるため、そのためだけに吸血鬼になることも珍しくはない。
ミストはコウモリに変身して拠点まで飛んできたのだ。
「棺桶が出来たって本当ですか!?」
「まずは落ち着いて。あと、コウモリの姿から人型に戻ってください。はっきり言って不気味です」
コウモリの状態はかなり大きい。人と同じ大きさのコウモリが二足歩行するなど軽くホラーだ。それが拠点の入口から入ってきたら驚くを通り越す。
「おっと、これは失礼しました――エシャさん、銃を向けないでくれますか? いま人型に戻りますから」
そう言った直後、ミストは霧に包まれる。そして霧が晴れると普通の人型に戻っていた。それに伴いエシャも銃を下ろす。少々不満そうな顔をしているが、ハヤトは見なかったことにした。
「いや、申し訳ない。すぐに見たかったので全力で飛んできました」
「そこまで喜ばれるとこちらも嬉しいですね。それではお受け取りください」
ハヤトはミストへ棺桶のトレードを行う。
棺桶はかなり大きなものなので、現実なら受け渡しなどできないが、これはゲーム。どんなに大きい物でも重量制限の問題がなければアイテムバッグに入れることができるのでトレードも行えるのだ。
ミストは棺桶を受け取ると満面の笑みになった。
「素晴らしい! 私の要求に応えてくれた見事な棺桶! 今日から愛用させていただきます!」
「試してはいませんが、良く寝れるといいですね」
「はい、今日から眠るのが楽しみです。クラン戦争はお任せください。必ずやお役に立ちましょう!」
「期待しています。日焼け止めもかなりの量を用意しました。準備は万端ですよ」
「ありがとうございます。クラン戦争の開始が夜なら日焼け止めもいらないんですけどね……あの、来たばかりで申し訳ないのですが、早く棺桶を試したいので、一度家に戻って寝てみたいのですが……」
「あ、はい、どうぞ。えっと、おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
ミストは最後にハヤトへ頭を下げてから、またコウモリに変身して拠点の外へ出た。おそらく飛んで行ったのだろう。
それを見ていたハヤトは少しだけ笑顔になる。
「自分が作った物であれほど喜ばれると嬉しいね」
「なるほど。私もご主人様のチョコレートパフェに喜んでおります。ご主人様が嬉しくなるように、もっと食べようと思いますので倉庫に作り置きをお願いします」
「さて、それじゃクラン戦のために今度は薬品を用意しようかな。レリックさんに大量の薬草を買ってきてもらったからね。クラン戦争までにポーションを作っておかないと」
「無視は良くないと思いますが、ご主人様はどう思いますか?」
そんなことを言っているエシャに店番を任せてハヤトは自室に戻った。
クラン戦争が始まる一週間前となった。
ハヤトはどこのクランと戦うのだろうと情報を確認する。
クランの詳細情報から対戦相手を確認すると「悪魔召喚研究会」と情報には表示されていた。
(あのクランってAランクなのか。今回は同ランクのランダムマッチだったんだけど、まさか知ってるところと当たるとはね……よく考えたらランキング一位と当たる可能性もあったのか。危ない、危ない。もっと上位クランとは仲間を増やしてから戦いたいからな)
今回ミストを仲間にすることができたが、それ以降、誰も仲間にできなかったのだ。クラン戦争の準備が忙しかったというのもあるが、強いNPCに縁がなかったとも言える。
一度、ハヤトがメイドギルドのメイド長はどうかとエシャに相談したところ、エシャに全力で止められた。「自分、頑張りますから!」と、涙ながらに訴えるので諦めた経緯がある。
アッシュやレンにも穏健派のドラゴンでクランに入ってくれそうな人がいないか聞いてみたが、アッシュ曰く「アイツらは気まぐれだから止めた方がいい」と言われて諦めた。
レリックも同様のようで、バトラーギルドに戦力になりそうな執事はいないし、以前のクランメンバーも「力を貸してくれるとは思いません」と言いだした。レリックの話では、全員がそれぞれやることがあってクラン戦争に参加するのは無理だろうとのことだ。
ハヤトはミストにも仲間になってくれそうな人を聞いたが、そちらもダメだった。ミストがいたクランの仲間たちはそれぞれどこかのダンジョンに籠っていてアンデッドの研究をしている。その研究が終わるまではダンジョンから出てこないだろうとのことだ。
これらの事情から前回のクラン戦争から変化があるのはミストだけだった。
「クラン管理委員会を辞めてまで入ったクランですから死ぬ気で頑張りますよ! すでにアンデッドですけどね!」
最高品質の棺桶で寝ているおかげなのか、ミストのテンションが高い。良く寝れるようになったというミストの報告でハヤトも喜んだが、このテンションが続くのかとちょっとだけ後悔している。
「ええと、ミストさんにはとりあえず日焼け止めとトマトジュースを大量に作っておきましたから。でも、トマトジュースってMPの回復しかしませんけどいいのですか?」
「問題ありません。そもそもポーションとか飲むと逆にダメージを受けるので、主な回復手段はそれしかないんですよね。吸血鬼版エリクサーと言われるドラゴンブラッドでもいいのですが、それはお高いのでトマトジュースで十分です」
「そうですか。一応、ドラゴンブラッドも用意しておいたので、必要であれば使ってください」
「驚きましたね。そんなものを用意してくれたのですか。いざとなったら使わせていただきます。ああ、そうだ。棺桶をクラン戦争に持ち込みたいのですがいいですか?」
ハヤトは首を傾げる。
クラン戦争には色々なアイテムを持ちこめる。それは家具も例外ではない。だが、家具には一切の効果がないのだ。そんなものを持ち込んでどうするのかハヤトには想像ができなかった。
「ええと、どうしてでしょうか? もしかして棺桶には吸血鬼を強くする効果があるとかですか?」
「いえ、そんなものは無いのですが、いざという時のためですね。簡単に言うと、クラン戦争中、夜なら吸血鬼はやられても棺桶で復活できるのです。棺桶を砦のどこかに置いておくことが前提ですけどね」
「クラン戦争で復活できる?」
「ええ、そうなんですよ。でも、どうして他の人は誰もやらないんですかね? せっかく吸血鬼なのに」
(棺桶にそんな効果があるのを知らないからだよなぁ。というか、そもそも棺桶を作れるプレイヤーが少ない――いや、今のところ俺だけか?)
棺桶はミストからの依頼で作れるようになった家具だ。吸血鬼のNPCと仲良くなれば教えてもらえる可能性は高いが、そもそも棺桶のアイテム情報にクラン戦争で復活が可能とは全く書かれていない。よほどのことがない限り情報を得ることは難しいだろうと考える。
「初めて知りましたけど、そういうことならいくらでもどうぞ。えっと、でも、それは普段使っている物を利用してくださいね」
「それはもちろん。当日持ってきます。あ、そうだ! 一緒に私の健康グッズも持ってきますので一緒に語り合いましょう! 足つぼマットが最近のお気に入りなんですよ! 血行が良くなる感じが最高でして!」
吸血鬼なのに血行が良くなるのかというツッコミを抑えつつ、クラン戦争中は忙しいのでまたの機会に、という形で逃れた。
(なんというか、NPCはみんな自分の趣味というか好きなことを語りたがるよな。そういうクエストの発生条件になってるのか……健康グッズから始まるクエストってなんだよ。とはいえ、みんなには世話になっているから、クラン戦争が終わったら話を聞いてクエストを発生させてみるかな……)
ハヤトはそんなことを考えながら、クラン戦争の準備を始めることにした。
翌日、メイドギルドからメイド長がやってきた。
なぜか拠点の入口で銃を構えるエシャをなだめてからメイド長を中に入れる。約束通り、クラン戦争の相手チームについて調べたので、その情報を持って来てくれたのだった。
「相手クランの悪魔召喚研究会ですが、その戦い方について説明させていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
「メイド長。その紙の資料だけ渡して帰ってくださっても大丈夫です。早く帰りましょう、ね?」
「エシャ、ちょっと黙ってて。せっかくここまで来てくれたんだから。あ、でも、帰りに表彰状を持って帰ってもらってもいいですか? 忌憚なく言うと、ものすごく邪魔でして」
「まず、悪魔召喚研究会はその名の通り、悪魔を召喚するサマナーで構成されているクランです」
ハヤトの言葉を無視しつつ、メイド長は涼しい顔で相手クランの説明を始めた。
「全員がサマナーという尖った編成ですが、その実力はAランク。動画で確認したところ、ワラ戦法と呼ばれる戦い方のようですね」
「ワラ? 溺れる者は藁をもつかむ、の藁ですか?」
「いえ、ワラワラという意味のワラです。いわゆる群れですね。簡単に言えばコントロールポイントの少ない悪魔を大量に召喚して襲ってくる戦法です」
コントロールポイントとは召喚したものを操れるポイントのことだ。
召喚したものが弱いほどポイントが低い。プレイヤーがコントロールできるポイントは通常で三。スキルなどで上限が増え、最終的には八が限界とされている。
つまり、上限が八ならば、ポイントが一のものを八体召喚、もしくはポイントが八のものを一体召喚できるのだ。
「クラン戦争での動画を確認したメイドの話ではポイントが二の悪魔を四体召喚しているようですね。つまり十人が四体召喚で四十体の悪魔と戦うことになります」
「なるほど。ですが、ポイントが二の悪魔って弱いのでは?」
「そうですね。戦闘スキルがあるプレイヤーなら負けることはないでしょう。ですが、量が多いというのはそれだけで脅威です。それに戦いはクラン戦争。プレイヤーを倒さずとも勝つ方法はあります」
「大量の悪魔をけしかけてクランストーンを破壊するってことですか?」
「はい。ほとんどその勝ち方のようです。一度だけ殲滅による勝ち方がありましたが、それ以外はすべてクランストーンを破壊する勝ち方ですね」
殲滅による勝ちとは自クランが誰も負けない完全試合とは異なり、双方被害がありつつも相手を全滅させる勝ち方になる。大体の勝利はこれが多い。
「殲滅の勝ち方もワラだったんですか?」
「いえ、それは分かりません。勝敗については分かるのですが、動画に関してはピックアップされなかったので確認ができませんでした。ただ――」
「ただ?」
「その試合をしたときの相手チームがクラン管理委員会に不正を申し出たようですね。調査の結果、不正ではないことが証明されたようです。残念ながらどういった理由で不正と言われたのかは分かりませんでした」
(相手チームが不正だと言った? 他人事じゃないね。うちも似たようなことばかりだし……つまり、普通ではあり得ないことがあったということか? もしかして悪魔召喚研究会にもNPCが?)
ハヤトは相手チームにNPCがいるのか確認しようとしたが、AI保護があるのを思い出し、その情報についてメイド長に聞くのを諦めた。だが、ハヤトにはどうしてもその殲滅の勝ち方が気になった。
「あの、その殲滅の戦いに関してもう少し詳しく調べてもらってもいいですか?」
「ハヤト様がそれを望むなら調べてまいりましょう。ただし、調べても分からない可能性が高いです。よろしいですか?」
「ええ、それは構いません。ああ、そうだ、実はその悪魔召喚研究会が一度この拠点にきまして、散光草と光吸草を大量に欲しがっていました。関係ないかもしれませんが、それも一緒に調べてもらってもいいでしょうか?」
「散光草と光吸草ですね? 畏まりました。それも含めて調べてまいります。さて、情報提供については終わりましたので、次は私事の対応をさせていただきます」
メイド長はエシャのほうへ視線を移す。
エシャは顔を背け視線が合わないようにした。
「エシャ、こちらを見なさい。拠点の家具が少しくすんでおりますが掃除をしていないのですか?」
「掃除は執事のレリックがやっておりますので私はノータッチです」
(そんな分担にしてないけど? レリックさんは買い物がメインなんだけどな?)
「バトラーギルドに任せきりでどうするのですか。少しの時間ですが、掃除を教えますのでホウキを持ちなさい」
「ホウキは武器なので持ちません。私の武器はベルゼーブだけと心に決めてます」
(ホウキって武器だっけ?)
ハヤトは色々なことに疑問を持ちながらも、話が長くなりそうな二人を食堂に残して自室に戻った。




