日焼け止め
メイドギルドの騒動から一週間、ハヤトはその間ずっと自室で棺桶を作っていた。
正直なところまったく楽しくはないが、吸血鬼ミストの要望なので、素材のある限り毎日のように作っている。
だが、運が悪いのか、いくら作っても星五で作成できていなかった。
確率的には5%で最高品質になる。単純な計算で言えば二十回ほど作れば一回くらい作れてもいいはずなのだが、いまだに最高品質では作れなかったのだ。
(木工スキルに関しては神装備を持っていないからな。そもそも最高品質で作る理由が単なるこだわりでしかないから料理とかに比べたら手を抜いたとも言える。でも、他に優先するスキルが多いから仕方ないよな)
棺桶を作るための必要な材料は木材だが、ミストの要望で魔樹を使っている。
魔樹とはかなりレアな素材で魔族の住む土地か、極寒の地にある木を伐採するとたまに手に入る程度の木材だ。伐採スキルが100でもその確率は2%ほどで、オークションなどで買うにもかなりのお金がかかるのだ。
ハヤトはその魔樹で拠点内の家具を揃えてみたいと思っているが、そんな貴重な木材を使用することなどできない。ハヤトは伐採のスキルは持っていないし、余計なことにお金を使うことは今の時点ではできないからだ。
(よく考えたらミストさんはなんでこんなに材料を持っているんだろう? なにか効率的に集められる方法があるのだろうか)
ハヤトはそんなことを考えながら、ノコギリを持って棺桶を作るのだった。
作成から一時間後、エシャがハヤトの自室にノックもせず入って来た。
「ご主人様、部屋の中が猟奇的な感じになっていますが大丈夫ですか? 部屋中にある棺桶の中心にノコギリを持った男性、どんな言い訳をしても衛兵に捕まりそうです。一応、裁判になったら有利な証言をしてあげますけど」
「一応なんだ? それにしても客観的に見るとそんな感じか。でも、なかなか棺桶が作れなくてね。それじゃ棺桶を壊してリサイクルするかな。木材に戻せば後三回くらい作れそうだし」
生産系のスキルで作り出した一部のアイテムは色々な方法で素材に戻すことができる。基本的には作った時の道具を使うことで可能だ。つまり棺桶はノコギリで作ったのでノコギリで木材に戻せるのだ。
すぐに取り掛かろうとしたところでハヤトはエシャを見た。
「そういえば、何か用かな? 今日のチョコパフェはあげたよね?」
「朝昼晩の食事に三時のおやつもいただけて嬉しく思います。あと昼寝があれば完璧ですので、ぜひご検討ください」
「エシャを感謝状と一緒にメイドギルドへ送り返したいね。ところで、称号に救世主が選べるようになったんだけど、これどうにかならない?」
このゲームには称号というシステムがある。色々な条件で称号を手に入れることができ、プロフィールの称号に設定が可能なのだ。ただし、その称号自体には何の効果もなく、プロフィールを彩る要素の一つでしかない。また、複数の称号を組み合わせて設定することも可能なので、称号マニアと呼ばれるプレイヤーもいることはいる。
ハヤトはメイドギルドの一件で救世主という称号を設定できるようになったが付けたくなかった。職人とかの称号だったら付けただろうが、今のところそういう称号はない。
「いいじゃないですか。勇者だってそんな称号は持ってませんよ。私なんて駄メイドの称号持ちですよ? それに比べたらまだマシです」
「この上なく的確な称号を持ってるね。殲滅の女神じゃなくて、殲滅の駄メイドに変えたら――うん、冗談だから銃をしまってくれる?」
「最近のご主人様は私に対して容赦ないですね。ちょっぴり寂しいです。出会った頃はあんなに優しかったのに」
「そうかな? 俺はエシャと出会った頃からダメな子だと思ったよ。それに知れば知るほど評価が落ちてる。信用できるのは強さだけかな?」
「実は強さに全振りなので他はすべて捨てました。良心とか。強くなるには犠牲が必要なんです――とまあ、冗談は終わらせて本題に入りますね」
(冗談じゃなくてものすごく納得できる説明だったんだけど)
「ミスト様がいらしてます。状況の確認と材料の補充だとは思いますが、どうしますか? 撃ちますか?」
「なんでそういう選択肢がでるの……まだ棺桶は出来てないけど、せっかくだし会うよ。というか、待たせたままか。急いで行こう」
ハヤトとエシャは自室を出て、食堂へ移動した。
食堂ではミストが優雅な格好で赤い液体――トマトジュースを飲んでいた。
「お待たせしました」
「いえいえ、こちらが急に来ただけですので。それに待っている間、最高品質のトマトジュースを飲めるなんてそれだけでも来た甲斐がありますよ」
「ウチで採れたトマトですから美味しいと思いますよ」
「私が用意したから美味しいのだと思います」
「エシャは店番してて」
トマトジュースは当然ハヤトが作った物だ。また材料となるトマトを拠点の中にある菜園で作っている。料理の材料として利用されることが多い物はその菜園で栽培しているのだ。
ハヤトは栽培スキルが100だ。栽培も生産スキルの一つなのでハヤトは当然スキルを鍛えた。このスキルを上げることで収穫量や品質が高い物が増える効果がある。また稀に育てている物とは全く関係のない物が収穫できる確率も上がるのだ。収穫にはリアルの時間で一週間ほどかかるが、ハヤトは収穫するときをいつも楽しみにしている。
「さて、ミストさん、せっかく来てくれたのに申し訳ないのですが、まだ棺桶は出来ていません。もう少し時間がかかりそうです」
「それは問題ありません。星四の棺桶をサンプルとしてもらいましたが、かなりいい感じですから。星五になったらどれほどの効果になるか……完成が待ち遠しいですけど、急ぎではないのでゆっくり対応してください」
「はい。でも、良かったのですか? 星五が出来ていないうちからクランに入ってくださいましたよね?」
ミストはすでにハヤトのクランに所属している。星四の棺桶をサンプルとして渡した翌日にはクラン管理委員会を辞めてきたのだ。
「こういうのは早い方がいいですからね。それにアッシュさん達との戦闘における連携の確認もしないといけませんので」
ミストはここ最近、アッシュ達と狩場へ行き、ともに戦っていた。ハヤトは棺桶作りがあるため同行していないが、アッシュ達の話によるとずいぶんと連携が良くなったという話を聞いている。
「それでですね、今日はハヤトさんに別件でお願いがありまして」
「お願いですか。なんでしょう?」
「日焼け止めを作っていただきたいのです」
「日焼け止め?」
「吸血鬼なので日が出ている間は弱体化するのですよ。夜は強いんですけどね。日焼け止めを使うとある程度は弱体化を防げるので、クラン戦争前にハヤトさんに作っておいてもらいたいなと思いまして」
(日焼け止めで済むのか。吸血鬼の定義とは一体……?)
本来の吸血鬼であれば、日を浴びた時点で灰になるのが有名だ。純粋な魔物としての吸血鬼も同じだが、死霊魔法により吸血鬼と化した場合は日に当たっても弱体化で済む。ハヤトは知らなかったが、日焼け止めを使うことで吸血鬼は弱体化を少しだけ緩和できるのだ。
そして日焼け止めは通常のアイテムで存在している。砂漠などを冒険するときに日焼け止めがないと、火傷のステータス異常を引き起こすので、砂漠エリアでゲーム内イベントがあるときはかなり売れ行きが良くなるのだ。ハヤトもそれで稼いだことがあった。
ゲーム内の日焼け止めは現実の成分とは異なりファンタジー色が濃い。作るためには、光を分散させる「散光草のエキス」、光を吸収する「光吸草のエキス」、そして水や油が材料になる。
拠点の菜園では散光草と光吸草を作っていないため、買うか直接採りに行くしかないな、とハヤトは考えた。
「分かりました。そういうことでしたら作っておきます」
「いやあ、棺桶も頼んでいるのに申し訳ないですね。夜であれば結構強いのですが、日中だと人よりもちょっと強いくらいなので。クラン戦争でも必ず夜に戦えるわけじゃないですから、できるだけ対策しておきたいなと思いまして」
「ああ、なるほど。開始時間によっては全部昼ってこともあり得ますからね」
クラン戦争の開始時間はクランごとによってまちまちだ。朝っぱらから戦うこともあれば、夕方や夜になってから戦うこともある。それはバトルフィールドのギミックでもあるのだが、ランキングが上位となった今ではそう言った状況も想定しておかないといけない。
(棺桶ばかり作っててそういうのを忘れてた。ランキングが上がったんだし、バトルフィールドのことも考えないとな。大雨で火の魔法が使えないとかいう状況になることもある。色々な状況を想定しておかないとこれからは危険だ。強いだけじゃなくて相応の適応力も求められるから色々揃えておかないと)
ハヤトはそう考えて色々な準備を進めておこうと決めたのだった。
翌日、ハヤトはアッシュ、レンの三人で「エルドムルの森」へやってきた。
散光草と光吸草を採りにきたのだ。
昨日、ミストと別れた後、ハヤトはすぐにオークションで散光草と光吸草を購入しようとした。ところが、散光草も光吸草も一切売られていなかったのだ。販売履歴を見ると誰かが買い占めていたようで、一切残ってはいなかった。
入手が難しい訳でもなく砂漠エリアでのイベントもないので投げ売りされていたのだが、全部買い占めるというのは異常な事ではある。
吸血鬼対策とも考えられるが、そこまでするだろうかとハヤトは不思議に思ったが、それはそれとして材料を揃えなくてはいけないと、アッシュ達と共に草が生えている「エルドムルの森」までやってきたのだ。
王都の近くにあるエルドムルの森は出現するモンスターが弱く、ゲームの初心者が良く来る場所だ。ここで薬草などを採取して冒険者ギルドに売るというのが最初の金策と言えるだろう。
そんなモンスターが弱い場所でもハヤトには護衛が必要だ。一番弱いとされるモンスター「森ウサギ」ですら、ハヤトの場合は勝つのに死闘となる。
そんな状況を知っているためか、アッシュは少しだけ心配そうな顔をしている。
「必要な草の採取くらいは俺達だけでも可能だぞ? ここは危険じゃないが、ハヤトが来るまでもなかったんじゃないか?」
「まあ、たまには外に出るのも悪くないと思ってね。あと棺桶が出来ないからそのリフレッシュみたいなものだよ。それに言ったろ? 俺には『薬草知識』のスキルがあるから採取時の量とかレア度が上がるんだよ」
薬草知識のスキルは解体知識と同じように、製薬スキルの補助を行うスキルだ。薬を作成するときの補助ではなく、草からエキスを取り出すときの成功率に影響するのだ。当然ハヤトは「薬草知識」を100にしている。ただ、それとは別にフィールド上での採取時に品質が高くなったり、レアな草を見つけたりする効果もあるのだ。
ハヤトはそのスキルの効果を当てにして自分で採りに来ていた。
「その辺にいくらでも生えてるんだから、薬草知識のスキルは必要ないと思うのだが。まあ、一緒に行くのは悪いことじゃないけどな」
「一緒に行く方が楽しいですよね! 兄さんと一緒にハヤトさんを守りますからガンガン採取してくださいね!」
「アッシュにもレンちゃんにも期待してるよ」
それほど脅威がない森ということで、傭兵団の団員は来ていない。団員たちは別の場所で狩りをしている。なのでハヤトの護衛としてはアッシュとレンだけだ。
(さて、それじゃ採取を始めようか)
ハヤトは森の中を見渡しながら、草の生えていそうな場所を探し出した。
一時間ほどの時が経ち、ハヤトのアイテムバッグは散光草と光吸草で溢れかえっていた。
これだけあれば日焼け止めが大量に作れる。ハヤトはそう思いながらそろそろ帰ろうとアッシュ達のほうを見た。
「素材は十分集まったから、そろそろ帰ろうか――どうかしたの?」
ハヤトがアッシュとレンのほうを見ると、二人は森の奥の方を見つめて微動だにしなかった。護衛を頼んでいる間、アッシュ達はかなりの森ウサギを狩っていたようだが敵ではない。遊んでいても倒せるモンスターだ。
だが、今は緊張感と言うか、かなり警戒しているようだった。
「奥にレアモンスターが湧いた。たぶん、『幸運ウサギ』だと思う」
「そりゃまたレアなモンスターだね。再出現するまで相当かかるモンスターじゃないの?」
モンスターは倒されると、次に出現するまでの時間が設定されている。普通のモンスターの場合は大体五分だが、モンスターによっては何日も出現しないものがいるのだ。幸運ウサギは再出現に七十二時間、つまり三日かかる。
そういうモンスターは倒すと希少なアイテムや素材を落とすので見つけられたらすぐに狩るのが鉄則だ。
「やっちゃいましょう!」
「まあ、そうだね。近くにプレイヤーはいないみたいだし、取り合いになることもないと思うからすぐに倒して――」
「あー! 待って待って! その子を譲って!」
ハヤトが倒してしまおうと言おうとしたときに、いきなり草むらから茶色いショートカットの女性が出てきた。活動的で少々露出のある白を基調とした服全体に葉っぱがくっついており、今の今まで草むらに潜んでいたのだろうとハヤトは予測する。
「いきなりごめんなさい! でも、この子をテイムしたいの! だから譲って!」
テイム。つまりモンスターを調教してペットにするスキルだ。
それ自体は問題ないのだが、いきなり現れた女性をモンスターかなにかだと思い、ハヤトは女性の情報を調べた。本人から名前を聞いていないので「不明」となっているが、その「不明」の文字が青色ではなく黄色なのだ。
黄色の名前はNPCの証。
(別にいいんだけど、NPCがモンスターを調教するのか)
ハヤトは目の前に現れたNPCを見ながら、そんなことを考えていた。




