名のない神
ハヤトはいまだにメイドギルドの地下にいた。
メイド長がなんとかしてお詫びしたいといっているからだ。むしろ、すぐに解放することがお詫びになるのだが、それには全く気付かないようなのでハヤトは困っていた。
「あの、もう、本当に結構ですので」
「このままハヤト様を帰してしまってはメイドギルドの名折れ。どうにかして償いをしたいのです……分かりました。救世主様宛でメイドギルドから感謝状を――」
「その感謝状を破棄してくれることを一番お願いしたいです。あと、救世主もやめてください」
「ならもう少しお時間をくださいますか? 必ずいい案をひねり出しますので。よろしければ、一階の喫茶店でおくつろぎください。どの料理も無料で提供させていただきますので」
ハヤトは聞き捨てならない言葉を耳にした。
メイドギルドには喫茶店がある。それは一度確認しておかないといけない。
「そこまで言うなら喫茶店で待ちます」
「なら私がご主人様の案内をいたしましょう。あと私の朝食にオムライスをお願いします。ケチャップでエシャ様最高と書いてくだされば結構ですので」
「エシャ、貴方には話があります。ハヤト様から毎日チョコレートパフェを貰っていたそうですね?」
「いえ、そんなことはございません。何かの間違いかと」
「貴方は先ほど、チョコレートパフェで体重が増えたといいましたね? あと私のプリンを食べたとも言いました。万死に値します」
「……裁判中の質問は誘導尋問でしたか。さすがメイド長と言わざるを得ません」
「申し訳ありません、ハヤト様。エシャとは少し長めのお話をしないといけませんので、お時間をいただくことになりそうです」
「どうぞ。自分は喫茶店にいますのでお気遣いなく」
エシャはまた他のメイド達に両脇を抱えられてこの場所から連れ出された。ハヤトはエシャの助けて欲しい感じの目を見たが、見なかったことにする。
ハヤトはメイドの案内でメイドギルドの一階にある喫茶店へと移動した。
喫茶店は外からの明るい日差しが入り込んでおり、広い空間がとても明るい。周囲の壁やテーブルや椅子もすべて木製で、質素ながらも統一感があり、オシャレな雰囲気を醸し出していた。
客層としては男性と女性が半々。プレイヤーもいればNPCもいた。半分以上席は空いているが、全部で二十人くらいの客が食事を楽しんでいる。案内したメイドの話ではモーニングと呼ばれる朝限定のメニューが好評とのことだった。
(椅子やテーブルの品質は良くないけど、全体的な雰囲気はいいな。でも、木製の壁か。現実でやるのは無理だな)
ハヤトはそんなことを考えながら案内されたテーブルにつき周囲を見渡す。
そして他の客と同じようにモーニングメニューから朝食を頼んだ。パンケーキとサラダ、そしてコーヒーだ。また、注文ではないがメイドに頼んで、モーニング以外のメニューも見せてもらった。
(時間ごとに食べられるメニューを変えるのか。面白い仕組みだね。でも、飲み物はどの時間も出せるのか。俺がやるならコーヒーだけかな)
実際に喫茶店をやれるかどうかは分からないが、そういうのを妄想するのは楽しい。ハヤトは自分ならこうするなどの案を適当に考えながら楽しんでいた。
数分後、ハヤトは運ばれてきた料理を見つめた。
最高品質ではないが少なくとも星三以上の品質だ。味も悪くないだろうとすぐに食べ始める。実際に栄養を摂取できるわけではないが、味を楽しむことはできる。ハヤトはすぐにパンケーキとサラダを食べてしまった。
そして他の人が作ったコーヒーをゆっくりと飲む。
自分で作った星五のコーヒーのほうが美味しいのは間違いないが、誰かが自分のために作ってくれたという事実だけでも美味しく感じるんだなと、ハヤトはしみじみしながら味わった。
周囲を見ながらゆっくりしていると、店の入り口にアッシュとレンが現れた。ハヤトはそれに驚く。
アッシュ達は店の中をキョロキョロと見渡していて、明らかに誰かを探している。ハヤトは自分を探しに来たのだろうと考えた。
ハヤトは右手を上げて自分がいることをアピールする。
アッシュとレンは周囲を見ながらメイドと話をしていたが、ハヤトに気づくと大きく息を吐いてから近づいてきた。
「ハヤト、無事だったんだな」
「メイドギルドに連行されたと聞いたので心配してたんですよ」
「すまない。とりあえず、俺への疑いはなくなったみたいだからもう大丈夫だよ。今はメイドギルドがお詫びをしたいって話になっててね、その待ち状態なんだ」
「そうなのか? ちなみにどんな疑いだったんだ?」
「詳しくは言えないけど、エシャ絡みかな」
エシャの体重の話とは言えないので、言葉を濁したが、その言葉だけでなぜか二人は納得顔になり、とくに追及はしてこなかった。
「俺がおごるから二人とも何か頼んでいいよ。心配してくれたお礼。あ、レリックさんにもお土産が必要だな。なにか持ち帰り用の料理を頼んでおこうか」
その言葉に二人は喜び、アッシュはパンケーキとコーヒー、レンはハチミツたっぷりのトーストとオレンジジュースを頼んだ。
ハヤトはおごると言ったのだが、メイドがお金はいただけませんと言い、アッシュ達の料理も無料で提供してくれた。それとレリックへのお土産としてサンドイッチまで作ってくれることになった。
(なんだか逆に申し訳ない感じになってきたな。疑いは晴れたんだからそこまでしなくてもいいんだけど。そういえば、エシャってメイドギルドでどんな扱いなんだろう?)
メイドギルドのメイド長はエシャをハヤトに押し付けようとしていた。嫌われているというよりはエシャが問題児なので遠ざけたいという感じだ。
(よく分からないな。問題児ならクビにしてしまえばいいと思うのだが、それが出来ない理由でもあるのか? そもそもなんでエシャはメイドをやっているのだろう?)
ハヤトはそこまで考えて、アッシュが言っていた言葉を思い出した。
(そういえば、アッシュはエシャのことを知ってたよな? 三年前のクラン戦争ってことだけど、確かその頃はメイドをやってなかったようなことを言っていた)
「アッシュ、ちょっといいか?」
「ああ、構わないぞ。ちょうどパンケーキを食べ終わったところだ」
「エシャって三年前はメイドをしてなかったのか?」
「ああ、あの頃は違ったな。しっかりと見たわけじゃないが、もっと魔法使いのような恰好だった気がする。武器も禍々しい感じの杖だった」
「そうなのか? それがなんでメイドになった上に銃を持ってるんだ?」
「そこまでは知らないな。ただ、前回のクラン戦争で成績の良かったチームは神から願いを叶えてもらえたからな。エシャがメイドになりたいって願ったんじゃないか?」
「カミ? 神様のことか?」
「それ以外に神があるのか?」
このゲームで神という存在はいる。教会などで信仰されてはいるが、ハヤトは神の名前を聞いたことがなかった。漠然とした感じで神がいる、という程度の認識だ。
メインストーリーを詳しく知らないハヤトは、神がこのゲームにどう絡んでくるのかも良く知らない。あとでネイに聞いてみようと思いつつ、まずはアッシュの知っている情報を聞き出そうとした。
「神様の名前は?」
「神は神だ。名前なんてないぞ」
「そうなのか。それじゃエシャはメイドになることを名のない神に願ったってことか? なんでまた?」
「それを俺に聞かれても分からないな。本人に聞いてみたらどうだ?」
「そうだな。でも、答えてくれそうにないから聞くだけ無駄のような気もする――レンちゃん? さっきから考え込んでるけどどうかした?」
レンは食べかけのトーストをそのままに、腕を組んで首をひねっていた。
「いえ、私もエシャさんのことを以前から知ってるんですけど、なんで知ってたんだっけと思いまして」
「エシャは有名だって聞いたよ。クラン戦争で勇者と魔王を倒したって聞いたし」
「それは知ってます。でも、それは名前だけで……そもそも兄さんはエシャさんが魔法使いの恰好をしていたってどこで知ったの?」
「うん? それは……どこだ?」
アッシュはレンの質問に首を傾げたが、質問したレンも首を傾げてしまった。
「私もエシャさんが魔法使いみたいな姿だったって知ってるんだけど、どこで見たのか思い出せないんだよね」
「クラン管理委員会の施設で動画を見たんじゃないの?」
そもそも三年前のクラン戦争がどのように行われていた設定なのかハヤトは知らないが、今のシステムと同じような設定だとしたら、動画を見たというのが一番あり得ることだと考えた。
「ああ、うん。そんな気がするな。あの試合は俺も見てたからその時に知ったんだと思う」
「よく考えたらそれしかないね。たぶん、ハヤトさんの言った通りです。どうして動画を見たかは覚えてませんけど」
アッシュとレンは微妙な顔をしているが、それしかないということで納得したようだった。
だが、ハヤトは別のことを気にしていた。
(NPCに細かいことを突っ込むのは良くないのだろう。そういう設定でNPCは存在しているのだから、余計なことは聞いちゃいけないのかもしれない。それはそれでゲームの設定が微妙に甘いような気がするけど)
ハヤトは少し気になったものの、エシャについての話をこれ以上突っ込むのはやめようと違う話題を提案した。だが、アッシュはドラゴンの話、レンは呪いの話をそれぞれが始めたので、どっちの話もよく分からないというカオスな状態になる。
そんな状態がしばらく続いた後、ハヤト達のいるテーブルにエシャとメイド長が近づいてきた。
「アッシュ様とレン様もいらっしゃったのですか。私が心配で迎えに来てくれたのですか?」
「いや、ハヤトが心配だったからだ。エシャの心配はしてなかったな」
「真面目な顔で言われると傷つきますね」
「わ、私はエシャさんのことも心配してましたよ! でも、お二人とも思ったより平気で安心しました! なにかこう口には出せないようなひどい目に遭っているかと思ってましたので!」
「ご安心ください。このエシャがいる限り、ご主人様が酷い目に遭うことなどありません」
「エシャのせいで酷い目に遭いそうだったんだけどね?」
そこまで言ったところで、メイド長はハヤトのほうへ一歩踏み出した。
「ハヤト様、この度は大変申し訳ありませんでした」
「ああ、いえ、誤解が解けたようで何よりです。気にしてませんからお詫びとか結構ですよ。自分だけではなくアッシュ達にもここの料理を無料にしてもらいましたし、それだけで十分です」
「私はまだ食べておりません。メニューをお願いします」
「エシャ、貴方は少し黙りなさい。それでハヤト様、先ほどまでエシャと話をしていたのですが、お詫びの内容が決まりました」
「それはいいのですが、二人そろってHPが半分ほど減っていますよね? 本当に話し合いだったんですか?」
プレイヤーやNPCを普通に見てもHPは分からないが、キャラクターを詳しく見るとHPだけは確認できる仕様だ。ハヤトが見た限り、明らかにエシャとメイド長のHPを示す赤いバーは半分ほどなくなっている。ややメイド長のHPのほうが多く残っているだろう。
「お詫びの件は話し合いで決まりました。HPが減っているのはプリンの件です」
「あ、そういう。では、お詫びの内容を聞かせてもらってもいいですか?」
ハヤトはメイド長に答えを促す。変なことを言ったらすぐにでも却下するつもりだからだ。これまでの予想からすると、またエシャを押し付けてくるだろうとハヤトは警戒している。
「エシャから聞きましたが、ハヤト様はクラン戦争でランキング一位になりたいとか」
「ええと、ランキング一位じゃなくても、五位以内に入れたら嬉しいですね」
警戒していたお詫びではなくてハヤトは拍子抜けしたが、賞金の貰える順位について言うことはできないので五位以内と説明した。
だが、そう言ってからハヤトはふと思った。以前から疑問には思っていたが、その賞金はどうやって捻出しているのだろうと改めて思ったのだ。
ランキング五位までに賞金が出る。クランが五チームとなると人数は五十人。一人一億払うということは全部で五十億だ。
このゲームのプレイ人口は不明だが五百万人はいるだろうとハヤトは見ている。であれば、毎月一人千円の課金で月五十億円の売り上げだ。このゲームには課金アイテムなどは全く存在せず、他のメディア展開などもしていないので、ほぼこの金額であることは間違いない。
ゲーム自体は二年半近く続いているということもあるので、これまでの合計で考えるなら支払える額ではあるのだろうが、開発や運営スタッフへの給料、サーバーの維持費はともかく、税金やプレイヤーに支払われる毎月の賞金でむしろマイナスではないのかとハヤトは思った。
そのうえで五十億のお金が用意できるとはどういうことなのかと、ハヤトは今更ながらに考える。
だが、それを考えたところで答えが出る訳でもないので考えないことにした。
これだけ人気のあるゲームで詐欺まがいの人気取りをする必要はない。おそらく自分には想像できない形でお金を捻出しているのだろうと結論付けた。
ハヤトがそこまで考えたところで、エシャが真面目な顔で口を開く。
「いえ、狙うなら一位です。それしかありません」
そしてエシャの言葉にアッシュやレンも首を縦に振る。クランリーダーは自分なんだけど、とハヤトは思ったが、特に否定する必要もないのでそのままにした。
メイド長は右手でメガネの位置を少しだけ直してから頷いた。
「なるほど、間違いないようですね。では、今後メイドギルドはハヤト様に敵クランの情報を提供いたします」
「はい?」
「ハヤト様には言うまでもありませんが、クラン戦争では一週間前に対戦相手が決まる仕組みです。対戦相手が決まりましたら、メイドギルドの総力を持って対戦相手の情報を探ってまいります。これをお詫びとしたいのですがいかがでしょうか?」
それはいいのだろうか、とハヤトは考える。だが、すぐに問題ないとの結論に至った。
(対戦相手のことを調べるのは前から俺もやってる。ゲーム内で違法な行為という訳じゃないはずだ。メイドギルドのやり方は知らないけど過激な方法じゃないと思うから大丈夫だろう。たぶん)
「ええと、そういうことでしたらお願いします。自分は生産特化ですので、色々と準備がありますから助けてもらえるのはありがたいです」
「承知いたしました。メイドギルドの名に懸けて必ず対戦相手の情報をお持ちします」
「私としては対戦相手を闇討ちしろって言ったんですけどね、それは却下されてしまいました。力が及ばず申し訳ありません。次は必ずメイド長を叩きのめして要望を通しますので」
「そんなことしたら管理委員会からクランを解散させられるから絶対にやめてくれる? あと、俺の要望みたいに言わないで」
その後、ハヤトはレリックへのお土産と救世主様へと書かれた感謝状を貰って帰ることになった。ちなみに感謝状は捨てられない属性のアイテムだった。




