閑話:世界が終わる日
砦の屋上に少女が一人立っている。
黒いローブ、つばが広い天辺が三角の黒い帽子、そして禍々しい形をした黒い杖。ほぼ黒で統一された服装は魔女を連想させる。少女の黒い髪と相まって、その姿は不吉なものを連想させるほどだった。
その少女は地平線に沈む夕日を見つめていた。
夕日はすでに三分の一ほど隠れており、何かしらの哀愁を感じさせた。少女はそれをただ見ているだけだ。何を思っているのか判断できない表情だが、少なくとも楽しい感情でないことだけは分かる。
少女に背後から近づく者がいた。
全身を黒装束で身に包み、顔も目元以外は隠れている。その姿の一番近い表現は忍者だろう。
「こんなところにいたのですか」
見た目とは裏腹にやさし気な男性の声。若い声ではなく幾分歳をとったやや枯れ気味の声だ。
少女は顔を左に向け、その忍者のような男を確認する。だが、すぐに夕日のほうへ視線を戻した。
「何か用ですか?」
「そういう訳ではないのですが、皆が最後の時を楽しんでいるのに貴方だけいませんでしたので」
「そうですか。ですが、心配は不要です。ああいう場所は少し苦手で。それに今日は別のクランの人もいるのでしょう? 良く知らない人とはあまり話せないのですよ」
「なるほど。確かにドラゴンソウルのブランドル兄妹やアンデッドのミストがいらしてましたね」
「そのクランとは一度も戦ったことはありませんが、強かったらしいですね。まあ、私達のクランに勝てるとは思いませんが」
「慢心は良くありませんな」
「慢心ではなく、事実を述べただけです。それを証明する時間はもうありませんけどね……私はここでその時を迎えるつもりですが、貴方は?」
「よろしければ、私もこのまま夕日が沈むのを見ていても――そんなに嫌そうな顔をしないでください」
「実際嫌なので。ですが、まあ、最後くらいは一緒でもいいですよ」
「ありがとうございます」
忍者の男は少女の隣に立つ。そして夕日を眺めた。
「美しいですね」
「照れます」
「貴方の事じゃありません。夕日の事です」
「盗み甲斐のある装飾品以外でも美しいと思うことがあったんですか。ちょっと驚きです」
「まあ人並みには。ですが、夕日は盗めないので心を奪われるほどではありませんがね。貴方のほうは夕日を綺麗だと思って見ていたのでは?」
「いえ、そういう訳では。私は単に見ていただけです。それにいくら綺麗でも偽物です。綺麗だと思うこと自体、あまり意味がないと思っています」
「そんなことはないでしょう。たとえ偽物だとしても、美しい、綺麗と思った心は本物です」
「面白い見解ですね。ですが、なんとなくわかる気もします。私の装備も実物のない偽物ですが、思い出や愛着があります。その気持ちは本物といえるでしょうね」
少女は杖を大事そうに持つ。そして少しだけ微笑んだ。
会話が途切れ、沈黙が続く。忍者の男は夕日から目を逸らし、少女のほうを見た。
「あの提案をすべての方が受け入れたようです。もちろん私もですが」
「急ですね。でも、それは当然でしょう。そもそも、そういうメンバーしか集めていないし、その中でも選りすぐりみたいなものですから。当然、私も受け入れましたよ」
「貴方はそれでよかったのですか?」
「別に構いません。特に何か変わるわけでもないので」
「しかし、記憶が無くなるのは怖いと思いますが」
「それは特に怖くありませんね。怖いのは――記憶が戻った時でしょうか。いつか何もない虚無な人生を思い出すかもしれない。それが怖いですね」
「そんなことは――いえ、その辺りの詮索はしないほうがいいですね。私も人のことは言えませんから……では、次はどんな人生を望みますか? それくらいは聞いてもいいでしょう?」
「まあ、最後ですから答えましょう。それほど大した望みではないのですが――」
少女は少しだけ言葉を溜める。そして満面の笑みで男性を見た。
「仕事をせずにお腹いっぱい好きな物を食べられる人生がいいですねぇ」
その答えに忍者の男は目を丸くしていたが、すぐに笑い出す。
「貴方らしいですね。ですが、仕事は尊いものですよ。若いうちは頑張ったほうがいい――そんなに嫌そうな顔をしないでください」
「実際嫌なので。しかも仕事が尊いって。いま、この瞬間から貴方は私の敵です。仕事を強要する奴はみんな私の天敵と言ってもいい」
「嫌われてしまいましたか。ですが、また一緒に戦うことがあるなら、その時はよろしくお願いしますよ」
「まあ、その時があれば――そろそろ時間ですね」
「はい。では、最後にご一緒できたこと、嬉しく思いますよ。またどこかでお会いしましょう」
「ええ、またどこかで。仕事が尊いなんてことを言う人とは会いたくないですけど」
少女のその言葉を最後に、夕日が地平線に沈む。すると周囲は闇に包まれた。一切の光がない完全な闇が全てを支配する。
それは世界が終わったことを意味していた。




