信頼
フィールドでアッシュの部隊とレオンの部隊の戦いが始まった。
レオン率いるクランはたとえメテオスウォームによる攻撃がなくても強い。あの戦術だけでAランクになれるほど簡単ではないのだ。だが、戦闘に関しては素人のハヤトから見てもレオン達は明らかに動きが悪かった。
ハヤトは横でメロンジュースを飲んでいるエシャをちらりと見る。
(相手からしたらエシャの攻撃がいつ飛んでくるか分からないからな。それにかなりのインパクトだったはず。冷静になれない分、普段の半分の力も出せていないんじゃないか? メテオスウォームと同じで派手なエフェクトは人をすくませる。一度あれを見たら、こっちが気になって戦いどころじゃないよな)
見た目はアッシュのドラゴンブレスに劣るが、その威力と音に関してはほぼ互角。当たったらやられる、そう思わせる見た目で、まさにその通りの威力なのだ。気にするなと言うのが無理だろう。
本来なら射程範囲外に逃げるのが得策だが、それすら頭が回っていないのか、レオン達はいまだにハヤト達の陣内で戦っていた。
そんな状態でアッシュ達に勝てるわけがない。
「アッシュ様達はお強いですな。六対八、それに相手の一人は倒すことはできず、さらに防御力無視の剣を持っているというのに、かなり押しているようです」
レリックが感心したようにそう言うと、レンがちょっとだけ得意げな顔になった。ハヤトはそれを見てちょっと和む。
ハヤトはアッシュのほうへ視線を送る。どうやらレオンと一騎打ちをしているようだった。
「アッシュは物理無効の効果がある鎧を着ているからね。任意発動の一時的な効果だけど、あれならレオンの攻撃を防げる。効果が切れた後は再使用まで時間があるから厳しいだろうけど」
エクスカリバー・レプリカは相手の防御力を無視するが、その攻撃属性は単純な物理攻撃だ。防御力が無視された状態だったとしても、物理無効の効果でダメージはない。一分という短い時間しか使えないが、それでも効果的だろう。
「物理無効もありますが、あれほど大量の最高品質ポーションを持っているのです。飲みながら戦えば負けることはないでしょうな。あれほどの量を用意するハヤト様にはかなり驚きましたが」
「そう言うのが好きなんだよね」
ハヤトは圧倒的な物量差で戦うのが好きだ。というよりも生産職のスキル構成で戦おうとすればそれしかない。良い物を惜しげもなく使うのがハヤトのプレイスタイルだと言える。アイテムは使ってこそなのだ。
そして前回に引き続き今回も大量に用意した最高品質のポーションは自ら作ったエクスカリバー・レプリカの対策ともいえる。
防御力無視の効果と武器の攻撃力により、大体十回かそこらの攻撃を受けるとプレイヤーは倒れる計算になっている。料理により攻撃力を上げていても、ほぼ同じ程度だろう。
アッシュは人型だと普通のプレイヤーと同じだけのHPしかないので受けられる攻撃の回数は同じだ。ポーションなどでHPを回復させようにも、普通、連続での使用が出来ないのでいつかは負ける。
だが、最高品質のポーションはクールタイムがない。つまり飲み続けられるのだ。ポーションの回復量はHPの三割程度だが、三回攻撃される間には飲める。また、今回アッシュはスイーツ系の食べ物を食べているので徐々にHPが回復している。ポーションが無くなることがない限り負けることはないだろう。
「さて、それでは私も援護射撃をしましょうか――ご主人様はなんでそんな目で私を見るのでしょうか? ちょっとだけゾクゾクします」
「なんか変な技を隠してない? また俺を驚かせようとしてる気がする」
「変な技とは心外な。ご安心ください。私の使える技はクリティカルショットとデストロイの二つだけです。それにもう驚かそうとは思ってません。先ほどご主人様のいい顔が見れましたので。私のベストメモリーの中でも上位とだけ言っておきます」
(強いんだけど解雇したい。今度メイドギルドにクレームを入れようかな)
ハヤトがそんなことを考えている間に、エシャは遠距離攻撃による支援を始めた。
アッシュ達は人数的には負けていたものの、相手の混乱やエシャの援護射撃により、かなり優位な状態で戦えている。
数分後、一人、また一人と相手プレイヤーが光の粒子となって消えていった。
「さて、そろそろ出番ですな。今から向かえばちょうど良い塩梅でしょう。レン様、準備はよろしいですか?」
「大丈夫です! ばっちり呪いますよ! うひひひ……」
「頼もしいですな。では、行ってまいります、ハヤト様」
「行ってきます! 上手くいったらバケツプリンをお願いします!」
「ああ、用意しておくよ。それじゃ気を付けて」
二人はハヤトに見送られて砦を出て行った。そして砦の屋上にはハヤトとエシャだけが残る。
「あ、レオン以外のプレイヤーがいなくなったね。あとはレンちゃんとレリックさんの仕事だけか。まあ、大丈夫かな――エシャ、もうメロンジュースは飲まなくていいよ。攻撃する必要はないし」
「いえ、これはいざという時のためにです。何かあった時にはご主人様を守らないと。戦いが終わるまではいつだって全力」
「嘘くさい」
そんな会話をしていると、アッシュと戦っているレオンの近くにレンとレリックが近づいた。逃げてももう無理だと思っているのか、レオンは砦のほうへ向かわずにフィールド上で戦っている。
そしてレンがレオンの十メートル前まで移動すると、レオンに黒いモヤのようなものがまとわりつく。これはレンのドラゴンカースが効果を発動している合図だった。
だが、ハヤトは様子がおかしいと思い始める。いまだにレオンは武器を手放さずに戦っているのだ。
「ハヤト様、問題が起きました」
レリックからクラン内のメンバーで共有されるチャット音声が届く。
「ここからでも見えるからなんとなくわかるよ。武器がアイテムバッグに戻らないみたいだね?」
「はい、防具に関しては強制解除できたようですが、武器はそのままです。いかがいたしますか?」
「ちょっと待って、考えてみる」
ハヤトはどうするべきか考え始めた。
(防具が外れている以上、STRが下がっているのは間違いない。だが、武器の解除には至らなかった。あれは俺が作った剣だ。装備条件を間違える訳がない。絶対にSTR60以上が装備条件だ。ならレオンはSTRが半分にされてもSTRが60以上あると言うことか? つまりSTR120以上? 確かに装備の効果でSTRの底上げは出来る。だが、その防具は外れた。剣以外は装備していないのにSTR120以上ってなんだ?)
クラン戦争の終了時刻まではまだかなりある。だが、時間があっても剣の強制解除ができないのなら意味はない。ハヤトは焦った。
(音声チャットでレオンと話すか? 話をすれば理由が分かるかもしれない)
ハヤトがミュートにしていたレオンとのチャット音声を戻そうとしたとき、エシャが近寄ってきた。
「ご主人様、口直しに別の料理を食べてもいいですか? 甘いものを食べ過ぎたので肉料理が食べたいです」
「……あの、エシャ、もうちょっと空気を読んで貰っていいかな?」
「そんな高等スキルは持っておりません」
「高等スキルなんだ? ああ、もう、好きに食べていいよ。肉料理ならクラン倉庫に――あ」
「ではさっそく倉庫へ行ってきますね」
エシャはスタスタと歩き、砦の屋上からいなくなった。
(アドバイスするなら普通に言えばいいのに。照れ隠しみたいなものかね? まあいい、レリックさんに連絡だ)
「レリックさん、たしか格闘スキルに料理効果を一時的に無効化できる技があったよね?」
「ストマックブレイクですな。確かにありますが――ああ、なるほど。料理効果でSTRが上がっているのですね?」
「たぶん。やる価値はあると思う。お願いできるかな?」
「もちろんでございます」
上位クラン御用達のドラゴンステーキにSTRを上げる効果はない。だが、他の肉料理にはマンガ肉のようにSTRを上げる物がある。レオンはそれを食べているとハヤトは判断した。
ハヤトはすぐに屋上からレリックがいる場所を見る。
レリックが左手でレオンの腹部にパンチを繰り出すと、次の瞬間にはレオンの手から武器が消えた。すかさず、レリックは右手の手刀をレオンの胸あたりに突き刺すように放つ。
そして手刀を引き抜いた後で、レリックはニコリと微笑んだ。
「任務完了です。剣を奪い返しました」
「よし!」
ハヤトは右手を強く握りこんでガッツポーズをした。自分の思い描いた状況で勝利を得られたことに喜ぶ。
「ありがとう、レリックさん。それじゃ、アッシュ、レオンにトドメを刺してくれるかい。もう用はないからね」
「おまちください、ハヤト様」
「レリックさん? どうかした?」
「レオン様が身に着けていたのはアダマンタイトの防具のようでかなりの価値があると見ました。いかがいたしますか?」
ハヤトはレリックの言葉の意味を理解できなかった。だが、徐々に何を言っているのかを理解する。
(レオンの防具も盗めると言っているのか)
剣と同じように防具もアイテムバッグの中にある。その状態なら盗めるとレリックは言っているのだ。アダマンタイトの防具は防御力だけで考えれば最強だ。オークションなどでもかなりの高値で取引されている。品質までは分かっていないが、星一だったとしても、百万Gはするだろう。
ハヤトはエシャの「甘ちゃん」という言葉が頭をよぎった。ここで見逃すことはエシャの言う、甘ちゃんである行為なのだろうと考える。
数秒後、ハヤトは答えを決めた。
「ランキングを貰うだけで十分だよ。それにそんな鎧なんかよりも俺のほうが数倍優れたものを作れるからいらないね。それじゃ、とっととレオンを倒しちゃって」
「フフッ、そうですか。ならハヤト様の希望通りに致しましょう。では、アッシュ様、よろしくお願いします」
「心得た」
アッシュが剣を振るうと、それに当たったレオンは光の粒子となって消えた。
次の瞬間に、ファンファーレが鳴り、紙吹雪が舞った。そして花火が上がる。
(よし、ジャイアントキリングのルールでAランクになったわけだ。剣も取り返したし、完璧な状況だな)
ハヤトがそんなことを考えていると、エシャが串焼きを両手に持って屋上へやってきた。
「さすがご主人様です。いつの間にか勝利していたのですね。ところで剣は取り返せたのですか?」
「エシャのアドバイスで取り返せたよ。ありがとう」
「はて? 私はアドバイスなんてしていませんが?」
「さすがにそれはとぼけ過ぎでしょ? レリックさんの時といい、今回も俺が答えを出せるようにアドバイスしてくれたんだろう?」
「何を言っているのか分かりませんね。まあ、そんなことよりも、です」
エシャは真面目な顔になり、ハヤトを見つめた。
「甘ちゃんは治せなかったみたいですね? せっかく極悪非道のご主人様になれるチャンスでしたのに」
「防具を盗まなかったことかい? そんなチャンスはいらないよ。まあ、甘ちゃんだとは思うけど、緩い感じも悪くない。下手に極悪非道なことをして恨みを買っても嫌だしね」
エシャはハヤトの言葉にきょとんとしていたが、数秒後にはかなり長めの溜息をついた。
「そんなことじゃ、いつかひどい目に遭いますよ? クラン戦争をスポーツマンシップに則った正々堂々な戦いのように考えていたら、ランキング上位なんてとても目指せません」
「ああ、なんだ。エシャは俺のことを心配してくれてたんだ? 忠義に熱いメイドさんだったんだね」
「……そろそろデストロイのクールタイムが終わるのですが、最後に撃っていいですか? 安心してください、MPは満タンです」
「一応完全勝利を目指してたから止めてくれるかな?」
まだ文句を言いたそうなエシャとの会話を打ち切り、ハヤトは空を見上げる。
(俺が甘ちゃんでもエシャ達が何とかしてくれるような気がするんだよね。まあ、この考えも甘ちゃんなんだろうけど、不思議と皆を信頼している自分がいる。相手はNPC、高性能なAIだっていうのにな)
ハヤトは空に舞っている紙吹雪と花火を見ながらそんなことを考えていた。




