家族
ドラゴングレイブでの騒動が起きてから一週間が経った。
この一週間で魔王ルナリアの件やらなにやらと色々あったものの「アナザー・フロンティア・オンライン」の世界は普通の状態に戻ったと言える。
ただ、あれからアッシュ達は全くログインしていない。ディーテから聞いた話では、アッシュ達は記憶を消さないことにしたとのことだった。
そしてパット達、創世龍のメンバーも記憶を取り戻して今はログアウト中だ。何がどうしてそうなったのかはハヤトにも分からないが、ディーテ曰く、悪い理由ではないとのことだった。
そしてゲーム上の創世龍達は、簡易AIで普通のモンスターのように動いている。スタンピードもそれで発生させているようだが、以前のような高難易度では無くなったため、プレイヤーは不思議に思っている。
ディーテはゲーム内で、とあるプレイヤーが影龍ヴェル・ブランドルを倒したから弱体化したという噂を流しているようで、それが定着しつつあった。
そのとあるプレイヤーは秘密となっているのだが、一部のプレイヤーはハヤトではないかと勘繰っている。その中でもバンディットのリーダー、ジョルトからの質問が激しく、そこそこ面倒なことになっていた。ハヤト自身は違うと言っているが、ジョルトは何か確信を持っているのか、追及の手を緩めないのだ。
(ドラゴンイーター・レプリカの製造方法は教えてたんだからそれで勘弁してほしいよな……)
ハヤトはそんなことを考えながら、喫茶店の準備を始めるのだった。
午後になり、ランチタイムの時間なのだが、ドアベルは全く鳴らない。店に入ってくるのは人工的な日差しだけだ。
ハヤトは、平日だから、と心が負けないように自分に言い聞かせている。
「客が来ませんね」
「口に出して言わないで」
「言っても言わなくても変わらないと思いますけどね。さて、それじゃ、掃除をしますか……もう掃除する場所がないんですけどね」
エシャはそんなことを言いながらも、結構楽しそうに掃除をしている。
仮想現実では掃除をしたことがないのだが、現実ではそんなことはなかった。ただ、資源枯渇の時代の人間だからか、料理はまったくできない。当時は栄養補給食品を、味覚を騙して食べていたため、エシャは簡単な料理すらしたことがなかったのだ。
今は少しずつハヤトに教わっているが、作っているのはもっぱらチョコパフェだ。自分で最高のチョコパフェを作ることが目的らしい。
ハヤトはそんなエシャを見る。
エシャはメイド服ではなく、男性用の白いシャツに黒のスラックス、そして黒のベストに膝まである黒のハーフエプロンという恰好だ。もともとはハヤトの物なのでサイズが合っておらず、少々大き目だが、ハヤトとしては悪くないと思っている。
ハヤトの意見ではあるが、エシャは美人だ。そのおかげなのか、男性客も増えた気がする。ただ、誰もコーヒーを頼んでくれないのが悲しいところだ。初めてきた客は一度頼むが、二度目がないのだ。
(何が違うのかなぁ。せめてゲームの星四くらいまでにならないと誰も飲まなくなるぞ……)
色々試してはいるが、なかなか理想とする味にはならない。今日もさっそくコーヒーを淹れる練習をしようと準備しようとした。
だが、そこでドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ――あ」
ハヤトとエシャは入って来た客に驚く。そこにはアッシュとレン、そしてヴェルの三人がいたのだ。
「よお、ハヤト。一週間ぶりだな」
「お久しぶりです! ハヤトさん!」
「悪くない店だ」
三人がそれぞれ言葉を発する。ヴェルは少しだけ微笑んでいる感じだが、アッシュとレンは笑顔だ。
「いらっしゃいませ、お客様。こちらの席へどうぞ」
「わあ、エシャさん! 格好いいですね!」
「ありがとうございます。レンさんも今風の服で可愛らしいですよ。アッシュさんとヴェルさんは何となくだらしない着こなしですけど、イケメンのオーラが出てますね。店の前で女性がチラチラと中を覗くほどとは恐れ入りました。ハヤトも見習ってください」
「人にはできることとできないことがあるの――それよりも皆いらっしゃい。まさかここに来るとは思わなかったよ。座って待ってて。今、水とメニューを用意するから」
ハヤトがそう言うと、レンが勢いよく手を上げる。
「プリン! バケツプリンをお願いします! なる早で!」
「頑張れば作れないことはないけど、そういうファンタジー的なスイーツは置いてないから。普通のプリンで我慢して」
「残念です……じゃあ、普通のプリンでお願いします。家を作れるくらいで。そう言ってくれましたよね?」
「それは仮想現実の話でしょ? 現実は一個で我慢して。アッシュ達は――」
「俺と親父にコーヒーを一杯ずつ頼むよ。ディーテから聞いたんだ。最高の一杯を作ろうとしているんだろ? ぜひ飲ませてくれ」
「ああ、俺も飲んでみたいな」
「分かった。ならプリン一つとコーヒー二つね――エシャ、言いたいことは分かるけど、今日の俺はやれそうな気がするんだよ」
「気のせいですよ。それじゃ私はレンさんのためにチョコパフェを作りましょう。プリンとどっちがおいしいか勝負です」
ハヤトとエシャはそれぞれの料理作成に入った。
テーブルにコーヒーが二つ、そしてプリンが一つとチョコパフェが二つ置かれた。
「エシャ? 作っているときから気になってたけどなんでチョコパフェが二つあるの?」
「一つは予備です。失敗したときのために作っておきました。おかげさまでレンさんには美味しい方を渡せそうです。味が微妙そうなのは私が処分します」
「見た目は変わらないけどね。というか、レンちゃんの隣へ流れるように座ったね?」
「今の私は半分客だと言ってもいいでしょう」
「半分は従業員だからな?」
そんなやり取りにアッシュが声を出して笑った。
「ディーテから聞いたときは驚いたが、二人は現実でもそんな感じなのか」
「そうですよ! しかも二人が同棲してたなんて! あ、プリン、美味しいです!」
「レンちゃん、ちょっとテンションが高すぎるから落ち着いて。あとプリンはもっとゆっくり食べて。仮想現実じゃないから胃がびっくりするよ」
幸せそうにプリンを食べるレン、そしてその隣ではエシャが自分で作ったチョコパフェを食べている。二人の服装は違うが仮想現実で何度も見た光景だ。
幸せそうにスイーツを食べている二人は放っておいて、ハヤトはアッシュとヴェルを見た。
「一週間会ってなかったけど、ここに来たってことは――」
「ディーテから聞いているとは思うけど、記憶を消さずに現実で生きることにしたよ。俺達だけじゃなくて、パットさん達も一緒だ」
「そっか」
「でも、仮想現実のキャラクターが消えるってわけじゃないんだぞ? ログインする機会は減るとは思うが」
「分かるよ。俺も午前中と夜くらいしかログインできないし。でも、アッシュ達は現実でどうするんだ?」
宇宙船アフロディテにあるコールドスリープ用ポッド内なら栄養補給されるので死ぬことはない。だが、現実で生きるとなれば食事の必要がある。そのためにはお金が必要だ。働かなくてはいけない。
「それは俺が答えよう」
ヴェルがそう言うと、ハヤトに説明を始めた。
ヴェルは映画を作るとのことだった。パット達の記憶を取り戻させたのも、強制的ではあるがそのためだ。もちろん、また仮想現実で生きたいというなら記憶を消す予定だったが、全員が役者の仕事をしたいと希望した。
当時から百年も過ぎているが、そのおかげで地球にはそれなりの資源がある。今では役者というのも廃れているし、ほとんどがコロニーでの生活にはなるが、あの頃よりもはるかに役者という仕事をできる環境がある。
脚本や演出、監督なども必要だが、全部一から作り上げようと張り切っているようだ。
当面のお金などはディーテから支払われる。スタンピード騒動の迷惑料というのもあるのだが、仮想現実を離れ現実で生きていけるかというテストケースとしての面もあるらしい。
戸籍などもディーテがハッキングしてすでにアッシュ達の情報は追加されているとの話だった。
(そういえば、エシャのときもディーテちゃんが色々やってくれたって言ってたな。地球の軌道上にステルス状態で存在する宇宙船アフロディテ。百年前に作られたものなのに、今はその技術が失われていて、今の技術じゃ見つけることは不可能とか。それくらいの技術があるなら、ハッキングも簡単ということか)
犯罪行為ではあるが、それが露見することがないほどなのだろう。ハヤトは詳しくないが、そう結論付けた。
ハヤトは今までの話を聞いて、気になることがあった。
「アッシュやレンちゃんも俳優業をするのかな? あの動画でキルカさんが望んでいた通りに?」
「俺はそのつもりだ。レンは――」
「私もやるよ。お母さんの子供だからね。色々な男性を魅了する女性になるつもり」
「……プリンの一部が口についた状態で言われても困るが、俺としては嬉しいよ。なら一緒に頑張ろう。でも、その前に――」
アッシュは椅子から立ち上がって、ヴェルの方を見た。ヴェルの方は少し驚いている。
「どうかしたのか?」
ヴェルがそう言うと、アッシュはヴェルに頭を下げた。
「親父、俺に演技指導をしてくれ――いや、してください。俺も親父やおふくろのような一流の俳優になりたい。皆を楽しませる――希望を与えられるような俳優になりたいんだ。だから、お願いします」
レンも、エシャも、そしてハヤトも黙ってヴェルの回答を待つ。
ヴェルは短い時間目をつぶったが、すぐに開いた。
「俺は三流の役者だ。好きな女を安心させるような演技もできないし、お前達の前で良い父親を演じることもできなかった。そして妻を失ったショックからまともに働けてもいない。そんな奴に演技指導をしてほしいのか?」
「あの場面で平気そうに演技をするような奴ならこっちから願い下げだ。それに家にずっといたのは俺達のそばにいるためだろう? 働けなくなったんじゃなくて、仕事を全部断っていたのは知ってる。それに昔部屋で見た親父の演技、小さな世界を作れるほどの技術を親父から学びたい」
アッシュは頭を下げながらそう言った。
すると、レンも立ち上がってアッシュと同じように頭を下げる。
「わ、私も演技指導をお願いします!」
ヴェルはまた目をつぶっていたが、少しだけ深呼吸をした後、口を開いた。
「俺の指導は厳しいぞ? それでも良ければ教えてやる」
その言葉にアッシュとレンが笑顔で頭を上げる。そして二人は両手でハイタッチをした。
ヴェルはその行為に微笑みながら、コーヒーに口を付ける。
「あ」
ハヤトとエシャが同時に声を出す。いい感じの状況でハヤトの入れたコーヒーを飲んでしまったのだ。少々どころかかなり問題があると、ハヤト自身も思ってしまった。
ヴェルは一瞬だけ、顔を引きつらせるが、そのまま一気に全部飲んだ。
「ヴェ、ヴェルさん、その、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。ただ、味は良くないな」
「そ、そうですか……」
「でも、今まで飲んだ中で最高のコーヒーだったよ。たぶん、この味はずっと忘れられないな。もちろん、いい意味でだぞ?」
「えっと、はい。ありがとうございます」
(ここで最高の一杯が出せればもっといい演出になったのにな)
ハヤトは残念に思う。味ではなくシチュエーションで最高の一杯では意味がないのだ。
「それはそれとしてハヤトにお願いがあるのだが」
「なんでしょう? 不出来なコーヒーのお詫びにできることなら聞きますよ」
「しばらくここに泊めて欲しいんだ。あと、アッシュとレンをここで働かせてくれないか?」
ヴェルの言葉に全員が驚く。泊まることはともかく、先ほどアッシュ達には演技指導をすると言ったばかりなのだ。それなのにここで働けとは意味が分からない。
「アッシュ達に演技指導をするのでは? ここで働いている時間はないと思うのですが」
「一日中演技指導をするわけじゃないからな。アッシュ、レン、ここで働きながら客をよく見るんだ。人の行動、しぐさ、表情、会話に聞き耳を立てるのは失礼になるから止めた方がいいだろうが、人の自然な動作を見て学べ。まずはそれからだ」
ハヤトにはよくわからないが、そういう物なのだろうと無理やり納得した。だが、困ることがある。
「あの、ここってこの喫茶店と二階の部屋しかないんですよね。それに今の状態ではアッシュ達にお金も払えないし、客もあまりいないんですけど」
悲しくなることを言っているが事実だ。客がほとんど来ない喫茶店でエシャを含めた三人も雇えるわけがない。
「とはいっても、俺達もすぐに住むところは見つからない。ここを拠点にして色々と活動していくから少しの間だけでも泊めて欲しいんだ。その間はアッシュ達も無料でいいから」
アッシュとレンが頷いている。
「それなら――いや、でも、うーん……」
正直、エシャと二人だけでも狭いのだ。この喫茶店のスペース以外には部屋も一つしかない。エシャとレンをハヤトの部屋に、そして男三人が喫茶店のスペースで寝ればなんとかなるだろうが、色々と不便になりそうな気がしている。
「お願いします、ハヤトさん。ハヤトさんと私達は家族みたいなものじゃないですか。だから助けてください!」
「レンちゃんにそう言われると断るわけにはいかないけど……でも家族? 友達とか親友とかじゃなくて?」
「はい! だって私の生まれたままの姿を見ましたよね? それにすごく強い力で抱きしめられましたし、もう家族と言ってもいいかと!」
沈黙が辺りを支配する。時が止まったと言ってもいいほどだ。
「うぉい! レンちゃん、何言ってんの!? そんなことしてないでしょ!?」
「えー……?」
「いや、俺がえーだよ! なんでそんなことになってるの!?」
ハヤトには全く身に覚えがないことだ。だが、ハヤトよりもレンを信じる二人がいる。
「ハヤト、話がある。ちょっと外へ行こうか。拒否権はないぞ」
「俺もアッシュと同じでハヤトに話がある。状況的に仮想現実での話だろうが、どういうことなのかちゃんと説明してもらおう。答えによっては――どうなるか分からんがな」
「これは冤罪だって! えっと、あれだよ、誰かが罠にはめようとしてるんだ! 俺そっくりのバックアップみたいのがやったんだ!」
ハヤトは、支離滅裂ないいわけや抵抗もむなしく、アッシュとヴェルに外へ連れていかれるのだった。
この場にはエシャとレンが残る。パフェを食べ終えたエシャがレンを見る。
「レンさん、さっきの話は本当ですか?」
「気になります?」
「まあ、ちょっとは。ハヤトが犯罪者として捕まったら困るので」
「それだけですか? こうジェラシー的なあれはないんですか?」
「特にないですね」
「へー……エシャさんもかなりの役者ですよね?」
「そうですかね? で、本当のことなんですか?」
レンはエシャにニヤリと笑う。
「本当ですよ。私のドラゴンの姿を見たのはあの場にいた人達だけですし、ハヤトさんにもバッチリみられました。その前にはハヤトさんに頭を抱えるようにぎゅっと抱きしめられましたよ。母さんの動画を見せないようにしただけですけど。驚きました?」
「ああ、そういう設定がありましたね。ドラゴン状態は裸だとか。でも、ずいぶんと意地が悪いことをしましたね。あの三人、しばらくは戻ってこないかもしれませんよ?」
「それが狙いなので。実はエシャさんと二人きりのときに宣戦布告をしておこうかと思いまして」
「宣戦布告?」
「はい。あと三年したら、私もハヤトさんにアタックをかけようかと思います。それまでに何とかしないと、私にとられちゃいますよ?」
レンは笑顔でそう言った。
エシャは少しだけ顔をしかめる。
「大した自信ですね。でも、それは本気ですか? それとも演技? 演技だとしたら大した役者です。演技指導はいりませんね」
「さあ、どっちでしょうね? 答えは三年後に分かりますよ……でも、言わせてもらえば、ハヤトさんって颯爽と駆けつけるヒーローって感じではないですけど、なんとなく安心できるんですよね。兄さんとは違った形で頼りになるっていうか」
「……まあ、分からなくもないですが」
エシャがそう言ったところで、喫茶店のドアベルが鳴る。
「ちょ、ちょっとレンちゃん! アッシュとヴェルさんにちゃんと説明して! 俺はそんなことしてないでしょ!?」
「仕方ないなー。それじゃちゃんと説明しますから」
レンはそう言ってハヤトの方へ歩く。
残されたエシャは、少しだけ複雑そうな顔をしながら、食器を片付けるのだった。
ここまでで第二部「スタンピード編」が終わりです。
一話だけ閑話を挟み、第三部「トレジャーハンター編」が始まります。引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




