買い物と見覚えのある人
ハヤト、アッシュ、レンの三人は、王都アンヘムダルのメインストリートを歩いている。
平日の午前中と言うこともあって、プレイヤーは少ないが、NPC達は多いので活気に満ちていた。スタンピードという状況でドラゴンが襲ってきているが、思いのほか復興も早く、ドラゴンを二体も撃退したことが影響しているのだろう。
ハヤトはまずどこへ行くかと考える。
買い物に関してはいくつかあるが、まずは製薬をするための材料をそろえようとハーブ店に向かうことにした。
ハーブ店は色々な草を売っている店だ。多くの草を扱っているため、製薬スキルや料理スキルを持っているプレイヤーに人気の店だが、ほかの理由でも人気がある。
仮想現実ではあるが、このゲームでは五感をほぼ完全に再現できるため、アロマテラピーのように香りを楽しむという方法がある。製薬スキルがなくともそういう楽しみ方をするプレイヤーには人気があるのだ。
ハヤトがハーブ店へ向かうと説明すると、アッシュは首を傾げた。
「草系のアイテムなら近くの森で採ってきた方が早いんじゃないか? ハヤトなら薬草知識スキルで結構な量が採れると思うんだが」
薬草知識で草を採取すると、取得量が増えたり、レアな草が採れたりする。店でお金を払うよりもはるかに安上がりと言えるだろう。
「買おうと思っている草が気候条件を満たさないと採取することもできないんだよ。遠出すればいつでも採取できる場所があるんだけど、そこまで行っている時間がないからお金で解決しようかなと思ってる。ドラゴンイーター・レプリカが結構な値段で売れたからね。お金を使うのは問題ないってこと」
「そうか。どこにどんな草が生えているとかまでは知らないからな……了解だ。よし、早速店へ行こう」
すぐに歩き出したアッシュをレンが止める。
「もう、兄さんは慌てすぎだってば。たまにはゆっくり街並みでも見ながら歩きなよ」
「いや、店の商品が売り切れていたら困るだろ? だから早めに行って買おうかと思ったんだが」
「そんな簡単には売り切れたりしないよ。今回買う予定の物は採取が難しいからちょっと値段が高いんだ。たとえ必要だとしても在庫切れになるほどは買えないと思うよ」
このゲームではNPCがやっている店の商品も売り切れる場合がある。独自の流通ルートというものがあり、それによって入荷数も変われば値段も変わる。最悪、店がつぶれるという場合もある。
(NPCとはいっても中身は人間が操っているわけだからな。たまに店の内容が変わることもあるし、皆はこの世界でちゃんと生きているんだろう)
「ハヤトさん、ところでどんな草を買うんですか? 大笑い草とか?」
「なんでそれを買うと思ったの? 買うのは雷光草と風雪草だね。特定の気候にならないと採取できないから結構高いんだよね。他にも買うけど今日はそれがメインかな」
「よくは知らないんですけど、それを何に使うんですか?」
「その二つはスタンピード対策だね。幻龍対策っていえばいいかな」
ハヤトは幻龍のスタンピードをじっくり見たことはないが、ディーテからの情報提供で、ある程度は相手のことが分かっている。
幻龍スイエン・ミカヅキはバッドステータスを誘発する霧を周囲にまき散らすドラゴンで、そこまで強くはないが、戦いにくいドラゴンと認識されている。
主なバッドステータスは毒と麻痺。毒は一定間隔でHPやMPにダメージを与えるもので、麻痺は一瞬だけ動けなくなる状態が数分続く。
毒にはいくつか種類があり、今回の毒はそれほど強力ではないが、地味に面倒くさい。麻痺に関しても数秒に一回、一瞬だけ体が硬直するので、ウェポンスキルなどでも途中で止まるという状況になるため嫌がられている。
どちらも毒消しポーションや麻痺消しポーション、もしくは神聖魔法による回復が可能だが、幻龍は霧の発生を連発してくるため、回復させてもすぐに同じバッドステータスになってしまうのだ。
「毒無効とか麻痺無効の指輪や腕輪も作れるんだけど、どっちもノックバック無効やスタン無効に使っているからね。別の方法で対処しないといけないんだ」
「ということは毒無効とか麻痺無効の薬があるとか?」
「レンちゃん、するどいね。正解だよ」
「やった。それじゃプリンをお願いします!」
「いや、正解したらプリンをあげるなんて言ってないよね? まあ、とにかく一時的ではあるけど、毒や麻痺にならない薬があるからそれを作るための材料を買おうかと思ってね。まあ他の人も同じことを考えるとは思うけど、さすがに売り切れはないでしょ」
ハヤトはそんなことを話しながらハーブ店へ向かった。
ハヤト達が店に足を踏み入れると、他の客が店員と話をしているようだった。
それだけなら特に問題はないのだが、ハヤトはその客に見覚えがある。
客の方もハヤトに気づいたようで、店員との話を止め、近づいてきた。
「ダイダロスのハヤトさん……ですよね?」
「お久しぶりですね……すみません、名前は知らないのですが」
「いえ、当然でしょう。名乗ったことはありませんので。でも、私のことは覚えていてくれたようですね?」
「言い方はあれですけど、忘れる方が難しいですよ。悪魔召喚研究会の方ですよね?」
「ええ、その節はどうも」
頭を下げた男性はクラン戦争で戦った悪魔召喚研究会のメンバーだ。ハヤトが覚えている理由が胡散臭い恰好をしているという理由だったが、さすがにそれは言わない。
アッシュやレンは覚えていなかったようで、最初は警戒していたが、ハヤトの言葉を聞き、警戒を解く。
男性は黒いフード付きローブを深くかぶっていたが、フードをめくる様に脱ぐ。そこには温和な感じの青年がいた。やや茶色がかった黒い髪に十代後半に見える若い顔。
ハヤトは声の感じから、年上だと思っていたが、どうやら低い渋めの声の持ち主だったようだ。
「申し遅れました。悪魔召喚研究会のリーダーをしているアドリアンです」
「ご存知のようですが、ダイダロスのリーダーをしているハヤトです。二人はクランメンバーのアッシュとレンです」
全員で挨拶を交わした後、アドリアンが微笑んだ。
「こうやってお話をするのは初めてですね。ハヤトさん達が公爵級の悪魔を倒したので、一度話をしてみたいと思っていたんですよ。今、お時間は大丈夫ですか?」
「ええと、少しなら」
アドリアンは「なら少しだけ」と笑顔になった。
アドリアンの話では、クラン戦争で負けた後、何度か拠点に足を運ぼうかと思っていたらしいが、クラン戦争中は忙しいと思い遠慮していたらしい。クラン戦争が終わってから一度行ってみたのだが、店員のメイドがいるだけでハヤトは不在だったので諦めた。
ただ、最近、参加していたスタンピードでハヤトらしき姿を見つけて今度会いに行こうとしていた。そんな矢先にここで会えて僥倖とのことだった。
「ハヤトさんのクランは確か四位で終わりましたね。ランキング五位以内に入れたクランに負けたということなら諦めもつきますよ」
「そう言ってもらえると助かりますね。ですが、公爵級の悪魔を使ってくるとは思いませんでした。何か予想できないことをやってくるとは知っていたんですけどね」
ハヤトはメイドギルドから、悪魔召喚研究会について色々話を聞いていた。不正だと訴えられるほどの何かをするという話を聞いていたので、心の準備ができていたとは言えるだろう。何も知らずにあれを見たらもっとパニックになっていたかもしれない。
「こっちも驚いたんですよ? まさかあの悪魔のHPを三分の二も削る攻撃があるとは思っていませんでしたから。それに吸血鬼の方が何度も蘇ってきて、なんだそれって思いましたね」
「いやいや、こっちだって大規模戦闘に出てくるようなボスを召喚できるなんて、なんだそれって思いましたよ」
ハヤトとアドリアンは終始にこやかに話をしている。スポーツマンシップではないが、お互い頑張りましたね、という形だ。
その後もクラン戦争での思い出話をしていたが、アドリアンが申し訳なさそうな顔をした。
「おっと、すみません。少しだけのつもりでしたが、思ったより長くなってしまいました」
「いえ、大丈夫ですよ。ところで先ほど店員さんと何か話をされていたようですが?」
「ああ、実はとある草を買いに来たのですが売り切れだったのでいつ頃入荷するか聞いていたのですよ」
ハヤトは少し不安になる。
簡単に言えばフラグだ。盛大なフラグを立ててしまっている気がしてきた。
「ちなみにその草とは……?」
「雷光草と風雪草ですね。なんでもガンマンっぽい男性と聖職者っぽい女性が大量に買っていったようですよ――ハヤトさん、どうかしましたか? それにアッシュさん達も渋そうな顔をしていますね?」
(よく考えたら帝都や魔都で破壊した施設ってハーブ店か? 分かりやすい対策をとってくるな)
ハヤトの場合、状態異常を無効化する方法は他にもあるのだが、それは色々と面倒なのでできれば頼りたくない。
これは草を取りに行かないとダメかな、とハヤトは思うのだった。




