ドラゴングレイブ
ハヤトは金属の龍――パットにさらわれて精霊の国の西にある海をさらに西へ向かって移動している。
海の中や水の中は酸素がないという設定だが、そこへ落ちても苦しくなるわけではない。HPが徐々に減り、最終的には倒れるというだけだ。つまり、ここで海に放り出されたらハヤトは数秒で倒れる。魔法や装備で水の中でもHPが減らないようにすることも可能だが、今のハヤトにはどちらの手段も使えなかった。
ハヤトが倒れてしまうと意味がないため、落とされるような心配はないだろうが、あまり生きた心地はしない。
以前、ディーテに設定を変更してもらって空を飛んだことはあるが、その設定はもうない上に、今はドラゴンの足で掴まれているだけだ。さらに意外とスピードが速く、月明かりしかない夜の海と言うのはなんとなく不気味である。
ここは話でもして気を紛らわせよう。ハヤトはそう考えた。
「ええと、パットさんですよね? どこに向かっているんですか?」
「この先にドラゴン達が住む島があるんだが、そこにハヤトをご招待するってわけだ――しかし、俺はなんで男なんかを捕まえて空を飛んでんのかね。ロマンスのかけらもないよ……」
「それを俺に言われても。だいたい、さらうべきはノアトの方では?」
そもそも最初はノアトをさらう感じの状況だった。いつの間にかハヤトに狙いが変わっていたのだ。
「魔国でのスタンピードでかけらを奪われちまったからなぁ。もうノアトちゃんの方をさらう必要はないねぇ」
「なぜ?」
「なぜって、すでに意味がないからさ。ノアトちゃんをさらおうとしてたのは、魔王のルナリアちゃんを魔都で戦わせないためだから。ルナリアちゃんはゴースト系のモンスターがいると戦えないっていう情報はボスが知ってたんでね、ノアトちゃんにレクイエムを発動させないようにしてたんだよ。滞在している屋敷を破壊したり、復興を遅らせたりして、ノアトちゃんをスタンピードに参加させないようにしてたんだが――」
パットはそこで言葉を止める。そして海に向かって急降下した。
「おわぁぁぁあああ!」
ハヤトは叫び声を上げる。仮想現実だとは分かっていても絶叫マシンのような動きは重力が掛かって恐怖を感じるのだ。
「ハヤトのせいで全部台無しだよ。しかもさらうために俺のスタンピードを一回使っちまった。困ったもんだ」
「そ、そんなことよりもなんで急降下したんですか!?」
「そりゃ、嫌がらせさ。こっちの作戦を色々とつぶしてくれたお礼だな。それに男二人の夜間飛行なんて黒歴史だから腹いせに。おじさん、泣けてくるよ。ノアトちゃんの方が良かった……」
(本当に泣くなよ。でも、そうか。ノアトをスタンピードに参加させないために色々やってたんだろうな。おそらくだけど、ミストさんの屋敷が壊れているとノアトはスタンピードに参加できないんだろう。そして屋敷の復興に必要なアイテムのヴァイオリンを作らせないように、馬のしっぽを取らせないようにしてたわけだ)
ハヤトの推測は正しく、ノアトは所属国が状況によって変わるNPCとなっており、どこかに滞在することでその国の所属国になるという設定がある。ただし、その滞在場所は施設限定となっており、その施設が破壊されるとスタンピードに参加できないのだ。
「でも、ノアト以外でもレクイエムを使えた人はいるんじゃないですかね? ノアトをスタンピードに参加させなくてもそのうちにルナリアさんが魔都で戦ったと思うんですけど」
「少なくともこの半年はなかったねぇ。それに普通の人は歌の有効範囲が狭いんだよ。魔都の広場全域をカバーするなら十人は必要かな。でも、ノアトちゃんは別。ボスが言うには神との取引で歌の効果範囲を広げているって話だ。代わりに歌っていないときは異様に眠くなるらしいけどね――女の子が眠そうにしているのを見ると、こうグッと来ないか? おじさん、そういうのに弱いんだけど最近の若い子はどうよ?」
「ノーコメントで」
(ペラペラしゃべりすぎだけど、もう秘宝のかけらを奪われたから情報に価値がないんだろうな。しかし、なるほどね、色々あるわけだ。でも、ヴェルさんはなんでそんなことまで知ってるんだ? 人間だったころの記憶があるからってそこまで知っているものなのか? それとも情報を流している奴がいる?)
ハヤトはそう考えたが、もうしかするとディーテ以外の管理者が情報を渡しているのかもしれないとの思いに至る。管理者ならそういった情報を把握するのが簡単だからだ。
だが、それはディーテにも言えること。一瞬だけハヤトはその考えが浮かんだが、首を振って否定した。
(ディーテちゃんがそんなことをするわけがない。ただの願望だけど、そう信じよう)
ハヤトはそう考えて、パットに別の話題を振ることにした。
「ところで、穏健派の皆さんはなんでアッシュやレンちゃんを裏切ったんですか?」
「いきなりそういうことを聞くかねぇ? 物事をストレートに聞く奴は女の子に嫌われるよ?」
「パットさんは男だから問題ないですよね?」
「まあ、そうだけどね。えっと、アッシュ達を裏切った理由か。簡単に言えば、ボスの心意気に応えたくなったってところだなぁ」
「心意気?」
「アッシュ達が秘宝を手に入れると問題があるって聞いてるんじゃないの? それが何なのかは俺も知らないけど、ボスは俺のところに頭を下げて協力してくれてって言ったからね。その行為に心を打たれたってとこかな。あれは演技じゃできないからねぇ」
「そんなことが」
「子を思う親の気持ちっていうのに弱くてね。それにおじさんだから涙腺が脆いのよ。だからアッシュ達を裏切ったわけじゃない。その方がむしろアッシュ達のためになると思っただけさ」
「問題の内容を知らないのにヴェルさんを信じたんですか?」
「ボスを知っている奴なら信じるさ。だからオドもランダちゃんもボスの方についた。ボスはこんなことで嘘をつくような男じゃないのは昔から知ってるからね」
(派閥が分かれていても信用していたんだな。まあ、もともとは同じクランだったわけだし、派閥もただの設定だ。仲間ならそう考えるのが普通なのかもしれないな)
ハヤトもヴェルのことは好ましく思っている。話をしたのは短い時間だけだが、あれは演技ではなく本当にアッシュ達を心配しているが故の態度だったと思っているからだ。
(アッシュ達を勝たせるのが本当にいいことなのか分からないな。でも、暗躍している感じの管理者がいて、そっちはヴェルさんを勝たせようとしている。ならそれを阻止しないともっと大変なことになりそうな気がするんだよな)
ハヤトが悩んでいると、パットがハヤトを見つめた。
「ハヤトもこっちにつかないか?」
「え?」
「ボスの言う大変なことを回避するためにこっちについたらどうだって話。アッシュ達だけだったらボス達も負けてはいなかったんだ。ハヤトがスタンピードに参加するようになってからすでにかけらを二つも奪われているからな。ハヤトがこっちについてくれればそんなことも――」
「アッシュ達を裏切ることはありませんよ」
パットの言葉を遮るようにハヤトは裏切りを否定した。ハヤトはアッシュやレンを裏切ることはない。それだけは確実なことだからだ。
「だから裏切るわけじゃないって。こっちを味方した方がアッシュ達のためになるんだぞ?」
「その確信があればそっちにつきますけど、今のところ皆無ですね」
「ああ、そうかい。まあ、ハヤトはアッシュの親友らしいから、そう簡単にはこっちにつかないか。なら、どんなことがあってもアッシュ達の味方でいてくれよ――見えたな。あそこが強硬派のアジトだ。しばらくはあそこで生活してもらう。色々と不自由はあると思うがそこは勘弁してくれよ」
ハヤトは目を凝らす。
遠くに島が見えた。だが、それは海ではなく空にある。巨大な島が空に浮いているのだ。
「俺達はあの島を楽園と呼んでいるが、正式名称はドラゴングレイブだ。竜の墓って意味だが、お化けは出ないから安心してくれ」
(今回のイベントで解禁されるフィールドってここか? ドラゴンソウルの秘宝がないと入れない場所だったとディーテちゃんから聞いたんだけど――というかデカいな)
ハヤトはその巨大な島をパットに掴まれた状態でずっと眺めていた。




