レクイエム
ハヤト達はミストの屋敷を裏口から出る。
そこには王族が乗りそうな立派な馬車が用意されており、ミストの屋敷にいたメイドや執事達が色々と準備をしていた。
そして御者の席にはマリスが座っている。
「みなさん、早く乗ってください。すぐに魔都を出ますよ!」
「マリスが運転――御者をするのかな?」
「馬車を動かすのに動物調教スキルと騎乗スキルが影響するんですよ。私なら結構なスピードを出せます。乗り心地も最高だと自負してますよ」
(馬を操るって意味で影響するのかね。仕組みはともかくそれならマリスは最高の御者だ)
マリスの動物調教スキルと騎乗スキルはともに100。馬車を動かすのにそのスキルが重要と言うなら、マリス以上の適任はいないだろう。
ハヤト達はさっそく馬車に乗り込む。
中にはすでにレリックとルナリアが座っており、いつでも行ける状態だ。
アッシュ達やネイ達、それにロザリエを置いていくのは忍びないが、今はノアトを安全な場所に連れていくことが最優先。それにエシャ、レリック、マリスは所属国の関係で戦えない。そしてハヤトも生産職で戦えない。つまり、この場に残っても意味がないのだ。
馬車の外から執事がドアを閉める。そして窓越しに「ノアト様をよろしくお願いします」と頭を下げた。それに同時に、周囲の執事やメイド達も頭を下げる。
そしてここから道沿いに東へ行けば森を抜けられると説明される。
ミストの屋敷は魔都にあるとは言っても森の中。そしてその森がミストの領地となっている。森を抜けるということは魔都の範囲外へ逃げられると同じ意味になる。
一応ハヤトがリーダーとして「分かりました」と頭を下げるとマリスに声を掛けた。
マリスは頷くと、馬車が動き出す。
そして一気に動きが速くなった。馬車の窓から見える周囲の木がかなりの速さで流れていく。
(現実じゃあり得ないくらいの速さだな)
仮想現実ということで舗装されていない道でも特に揺れることはない。魔都ザルドギアは王都や帝都よりも遥かに広い領地になっているが、このスピードならすぐに森を抜けられるだろうとハヤトは安堵した。
余裕ができれば心も落ち着く。ハヤトは事情を確認しようとノアトの方を見た。
「ノアト、ドラゴン達はどうして君を捕えようとしているのかな?」
「さあ? それはドラゴンさんに聞かないと分からない。でも、ちょっとだけ想像はできるかも」
「想像?」
「私には歌しかない。歌ってほしい、もしくは歌ってほしくない、のどちらかだと思う。危険人物って言われたから歌って欲しくない可能性が高い気がする」
ハヤトは、なるほど、と思う。
自分自身も危険人物と言われており、ヴェルに手を引けと言われた。ならノアトも同じように何かをしてほしくないと推測できる。だが、歌ってほしくないとはどういう意味なのか。
その理由は分からなくても守ることはできるだろうが、逆に理由が分かればスタンピードで有利に立てる可能性が高い。ハヤトはもう少し詳しく聞くことにした。
「ドラゴンに効くような歌があるってこと? 歌のスキルは味方の能力向上や敵の能力低下がメインだよね? 何か特定のモンスターに効果を発揮する歌がある?」
「うーん? それは確かにあるけど、ドラゴンだけに効くような歌はない。動物系モンスターを引き寄せる『ブレーメン』とか、人間タイプを魅了のバッドステータスにする『セイレーン』はあるけど、ドラゴンに対する歌はない……はず」
「そうか、でも、一応使える歌を全部教えて――」
ハヤトがそう言ったところで、馬車に衝撃があった。大した衝撃ではないが、揺れないはずの馬車が揺れて全員が首を傾げる。
「な、なんか攻撃されました! 後ろに誰か付いてきてませんか!?」
マリスから悲痛ともいえる声が聞こえてきた。
ハヤトはすぐに馬車の窓から首を出して馬車の後方を見る。
そこには馬に乗りながら器用にガンスピンをしているパットがいた。
(おいおい、ウエスタン映画かよ)
「パットって奴が追いかけてきた! マリス、もっとスピードを出してくれ!」
「こ、これが精いっぱいですよ!」
パットの乗っている馬が速いのか、それとも馬車が遅いのか並走されるほどにまで追い付いてきた。
「かわい子ちゃん二人とのデートをすっぽかしてきたんだから、それなりの成果は出させてもらうぜ?」
パットはガンスピンを止め、馬車を狙撃する。
馬車に再度、衝撃が加わる。
「みなさん、馬車を守ってください! 馬車のHPが無くなると壊れちゃいます!」
マリスがそう叫ぶや否や、エシャがベルゼーブを取り出して窓からパットに向けて撃つ。だが、それは全く効果がなかった。
「魔都から出ねぇと俺には効かねぇよ。無駄なことはしない方がいいぜ?」
「ダメージはなくとも攻撃されていたら嫌でしょう?」
たとえ痛みやダメージがなかったとしても目の前で銃を撃たれたら反射的に銃口を避けたくなる。それに今は夜。ベルゼーブを撃つたびに銃口が光るのだ。それがフラッシュとなり多少は相手の攻撃の邪魔になる。
エシャはそれを見越して銃を撃ちまくった。夜会で出されていたジュースを大量に持って来ていたので撃ち放題と言ってもいいだろう。
エシャの言う通りだったのか、パットはエシャの攻撃を嫌がって後ろに下がった。
エシャが馬車の窓から半分だけ身を乗り出し、後方にいるパットに向けて銃を撃つ。
(窓から身を乗り出すってできるのか?)
ハヤトは危険な状況にも拘らず、そんなことを考えていた。このゲームは基本的に窓から外へ出ることはできない。少なくとも半年前はそうだった。そのせいで勇者が暴れたときに大変だったとも言える。いつの間にかそういう制限はなくなっているようだった。
(おっといけね、そんなことを考えている暇はなかった。でも、これなら魔都を抜けられるか?)
ハヤトがそう思った直後、馬車がなぜか移動する方向を少しだけ変えた。
遠回りになるとは言わないが、道沿いに東へ向かえば魔都を出れるはずだったのに、別の道を変えたことに少し違和感がある。
「マリス、道を変えたみたいだけど、どうかした?」
「ドラゴンゾンビやゴースト達が道を塞いでます! ちょっと遠回りになりますけど別の道から森を抜けますから!」
スタンピード中なので、そこらにモンスターがいるのだろう。本来なら倒してしまえばいいのだが、エシャやレリック、それにマリスはスタンピードのモンスターにダメージを与えられない。逃げるしかないのだ。
しかし、もしも全部の道を塞いでいたら逃げることができない。どこかで戦う必要があるだろう。
プレイヤーであるハヤトは攻撃ができるがそもそもハヤトは生産職で戦闘ができない。ただ、唯一、所属国が魔国であるルナリアは違う。
「ルナリアさん。次に道を塞いている奴がいたら倒してもらっていいかな?」
「お化けがいないならやってもいい。いるならやらない。というか、さっき窓からちらっと見えた。正直倒れそう」
「そういうことは早く言って」
よく考えたらルナリアは護衛として意味がないのではと思いつつも、ハヤトはどうするべきか考える。
モンスターがいないことを願うのは賭けだ。それにスタンピードが終わるまで魔都を逃げ回るのも現実的ではない。どうするべきかとハヤトは頭を悩ませる。
「ハヤト様、少々よろしいですか?」
「レリックさん? どうされました?」
「はい、気づいたことがあるのですが、ノアトにはアンデッド系に効果のある歌があります。そして今はミスト様の館に滞在しているので所属国は魔国のはず。ノアトなら攻撃が可能かと」
「そんなものがあるんですか?」
なぜかノアトも首を傾げているが、レリックは微笑んで頷いた。
「ハヤト様に作っていただいたこの手袋ですが、名前はレクイエムです」
「えっと? それが何か? というか、なぜ今その話を?」
「レクイエムとは葬送曲の意味もあります。たしか『レクイエム』という歌があって、アンデッドタイプのモンスターに相当なダメージを与えるとか。そうでしたよね?」
レリックの問いかけにノアトは少しだけ首を傾げてから縦に振る。
「間違ってはいないけど、正確にはアンデッドを浄化する歌。それにしばらくアンデッドの発生を抑える効果もある。神聖魔法のスキルと歌のスキルがないと使えないレア歌。当然、私は歌える」
「なるほど、そういう歌があるなら道を塞がれていても大丈夫――アンデッドの発生を抑える?」
ハヤトは馬車の隅っこで膝を抱えて座っているルナリアを見た。
「ルナリアさん、お化けがいなければ戦えるんだよね?」
「魔王として約束する。嘘ついたら針千本飲んでもいい。できればクッキー千個に変えて欲しいけど」
「それはどうでもいいんだけど、戦えるなら冥龍に勝てる?」
「笑止。たとえドレスでも勝てる」
「やれるわけか……なるほど、ヴェルさん達はこれがまずいからノアトをさらおうとしてたんだろうな。マリス、行先変更。魔都の広場を目指して」
「ええ!? いいんですか!? そろそろ冥龍がでますよ!?」
「いいよ。魔国の施設は全部直っているから、このスタンピードで秘宝のかけらを狙おう。今、一番危険なのはミストさんの屋敷だな。屋敷が壊れないようにアッシュ達に頑張ってもらおう」
ハヤトはそう言いながら、生産系スキルでこれからの戦いに必要になりそうな料理や薬を作り始めた。




