第十五話【大誠の落花狼藉】
なんだか、乱暴さを感じるタイトルだけど、皆さんこんにちは。襟沢綾です。
天咲雪海です。
ユキちゃん、貝塚君が大変みたいだけど、『落花狼藉』ってどういう意味?
貴女が知らないとは……。
え、意外?
かなり。ですが、偶然にも私は知っているので教えます。
言い方がちょっと、白々しいけど……お願い。
物が散乱していることや女性に暴力を振るうという意味です。
貝塚君が……。
まあ、標的は恐らく、剣間さんでしょうし関係ありません。
あるよ?! 貝塚君が暴力を振るうのもそうだけど、それもアリアちゃんに……。
所詮、変人は変態と大差ありませんからね。
信じられないよ!
では、真相は本編で。
あれ、ちゃんと前書きになってる。
ボロ秀第十三話【変態の落花狼藉】をどうぞ。
タイトル間違ってるよ! ユキちゃん!
「なぁ、秀。俺達さ、なんで毎回毎回、こうなんだろうな?」
「……珍しいな。後悔か?」
「別に珍しくはないぜ。俺は昔から、お前に悔やむ仕草をみせてないだけだ。それより、なんでだと思うよ? 俺達は足を洗った、なのに……」
「『また、あいつ等を泣かせる出来事に直面するのか』か?」
やっぱりそうだ。こいつは俺と同じ気持ちだ。でも、違う。
同じ気持ちだとしても、導き出す答えは幾通りもある。
「アアそうだよ!!」
怒り。近頃の大誠からは想像出来ない、荒げた声を俺に向かって投げた。
怒涛の声量が静けさを破り、風を呼んだ。風は俺達二人の僅かな距離を抜けていく。
「アリア、真、翼、茜ちゃん、母ちゃんにやっっと! やっと、笑ってくれるようになった、顔向けできるようになったってのに……なんで俺達ばっかりこうなっちまうだよ! なあ、秀!」
押さえられない激情。昨日から心の中に縛り付けていたものが開放された。
普段から弱みをみせないで明るく無邪気に振舞っているのは、剣間や真に心配をかけない為。
「さっき……アリアと翼が喧嘩したんだ。
なにがきっかけだと思う? 昨日のアレだよ。翼は天咲と言い争っている最中も俺達の会話を聞いてたんだ。
俺とお前が席を外した時があっただろ? あの後、翼はアリアと神乃をとっちめた。したら、だぜ? 神乃のヤロウ……誇らしげに話しちまったんだよ……。
お前が超人になったこと、お前がデブをぶっ飛ばしたこと、お前が怪我したこと」
俺は左腕を右手で握る。痛みもなにもない。なのに、疼く。
「神乃は戸惑って俺に話してくれたよ。翼のカチキレ具合、アリアの秀へのフォロー。翼は学校を早退して、アリアは終礼が終わってすぐ帰った」
「……そうか」
「俺はよぉ、秀。一番嫌いなのは、運命ってやつだ。望まない結果に繋がっていながら、どうしようもできない。抗う事すら無意味。護ってやりたいのに護れない」
体が小刻みに動き、大誠の心情を物語っている。コイツがここまで追い詰められてるとも知らずに、俺は巻き込んだのか……。
「…………すまなかった」
「今更謝んじゃねぇ!!」
怒号と突進から右頬に拳を叩き込まれる。俺は、避ける事無く、甘んじてその憤怒の拳を受けた。
「っ!」
大誠のパンチは俺を吹っ飛ばすほどの威力があった。コンクリの道に頭を庇って落下する。
背中に強い衝撃と精神にまで響く想いの力。
「正直、お前がなんにも悪くないくらい頭ん中じゃ理解できてんだ。でも……」
「構わない……お前を巻き込んでんのはいつも俺だ。昔っからそうだ。お前にはお前の意思がある。俺が勝手にその意思を無視して、辛い思いをさせちまってたんだ」
真は平和主義者だ。その兄である大誠が争いを好んでいないとしてもおかしくない。
頬からくる痛みがより一層、その事を認識させる。
「秀、今回ばっかりはお手上げだぜ……。俺は三人の一人にはなれない」
「嗚呼……お前は剣間を護ってやれ。この問題は、この因果は、俺一人で方をつける……」
「……」
大誠は何か言いたそうだったが、口を噤んだ。
立ち上がって、大誠の脇を無言で抜けた俺は少し、物足りなさを覚えた。
「…………バカヤロウ」
後ろから聞き取れないほどの小さな言葉が俺の耳を刺した。
*
秀と俺の道が違えた。こんなことは今までになかった。
俺はアイツの横に居てアイツと馬鹿やるのが楽しみだったんだ。それなのに……俺はアイツと離れた。
「……秀を殴ったのは初めて会ったとき以来か。痛かったなぁ、殴ったときの手」
思えば、俺は殴られるばかりでアイツに仕返しの一つもしてなかったっけ。
「アイツ、こんな痛ぇの毎回やってたのか……」
レンガ造りの壁によしかかって座り込む。
「ハァ……馬鹿したなぁ」
空を見上げると夕焼けが俺の目を焼いた。手で目元を覆うと汗が頬を伝って、流れ落ちる。一粒の汗が落ちると次々と汗が溢れる。
止まんねぇよ……おかしいな、俺は汗っかきじゃねぇのに。
「……ぐぞっだれ…………が」
声も変になるぜ……鼻水も垂れてよ、見っとも無ぇったらありゃしねぇ。
花粉症か? まったく、身体が壊れちまったのかよ。
「……ズズッ……ハァ……チクショウ……」
鼻を啜って、不意に漏れた『チクショウ』は何時の間にか、そこに居た女子生徒に聞かれていた。
「えっと……なにしてるの? 貝塚君」
「……えり、ざわ?」
困った表情でスカートを折ってしゃがむ襟沢は俺にハンカチをくれる。
「とりあえず、ハイ」
優しさに満ちた行動にまた汗が出てきちまう。
「なんで、まだ……」
「ああ、うん。実は先生とちょっと話してて……それで残ってたんだ」
気まずそうに言うところを見ると、まずいことだったか?
話題を変えようと襟沢は微笑む。
「何があったのか、訊かない方がいいかな?」
「い゛や、訳言っとかねぇと、俺がただ校門で泣いてるだけになっちまうからな。ちゃんと話す」
「ふふ、そうだね。でも、心配しないで良かった。いつもの貝塚君だね」
「そこは、心配してくれよ……」
苦笑しつつ、ハンカチで目元を拭っていつもの笑顔に戻る。情けないとこ観られちまった……。
「あ、ハンカチは洗って返してね」
「当たり前だって。幾ら俺でも、そこまで常識知らずじゃねぇよ」
「貝塚君、結構常識知らずだよ?」
「え!? マジで!」
「うん。主に女性関係で、だけど」
「……軽くショックだぜ」
「全然そんな風に見えないよ?」
襟沢の一言一言はさっきまでの荒れた心を癒してくれるような気がした。
大分、回復してきたから立ってみる。ちょっとクラっときたけど平気だ。
「おっと……へへ、やっぱ慣れないことするもんじゃねぇな?」
「……帰りながら話さない?」
「そうだな。悪い」
片手で謝る。襟沢は笑って歩き出した。後ろから見るとスタイルいいな……前からも分かることだけど。特にヒップが……そそる。
「貝塚君? 今、破廉恥なこと考えてたでしょ?」
「な、なんのことかな?」
「女の子はそういうの感じ取るの。ダメだよ、アリアちゃんがいるんだから」
「ちぇ……」
歩き出して間も無くして、俺は語りだした。
さっきまでの秀とのいざこざを。無論、俺達が昔不良だったことや神乃のことは伏せた。
「そっか。筆無君と喧嘩しちゃったんだ……二人共仲いいのに珍しいこともあるんだね」
「まあな」
「でも、喧嘩しても仲直りすればいいんじゃない?」
「それが、今回ばっかりは簡単にできねぇんだ……」
「さっき言ってた、貝塚君の気持ち?」
「うんまあな」
「ふーん……。筆無君は一人でその大変な仕事をやろうとしてるんだよね?」
「無茶だけどな」
「じゃあさ、筆無君がピンチの時に助けてあげたらどうかな? それまで貝塚君はなにも言わないし、なにもしない。友達ってさ、いつも一緒にいるだけが友達じゃないと思うんだ」
「……襟沢」
まるで体験談だな……すげぇ説得力。おまけに夕日を眺めてるし……雰囲気いいな。
「それに筆無君には、貝塚君だけじゃなくて築谷さんもいるし今は神乃さんも……。多分、いざとなったらユキちゃ――――天咲さんも」
「……天咲が?」
「うん。だから大丈夫。貝塚君は筆無君の心配より自分のその『気持ち』を整理したほうがいいと思うよ」
可愛い笑顔と落ち着いた声は俺の荒んでいた心を完全に整えてくれた。
「…………そうだな。他人より自分だな。俺としたことが……」
「貝塚君、優しいけど自分に無関心だもんね」
「あ、あれ? 俺って優しいのか?」
「え、逆にそれ以外いいとこないよ?」
「襟沢さん手厳しいな!」
いつもの調子が戻ってきた。笑えるようにもなった。冗談も出た。
和やかな笑みをして襟沢にお礼を言っておくか。
「へへっ、サンキューな。襟沢」
「そういうことしちゃダメだよって」
「そうだったな!」
こういう展開も悪くないな。秀の件もなんとかなるって気がしてきた。
……ユキちゃん、嘘ついた?
何のことでしょう?
貝塚君がアリアちゃんに暴力を振るうって話し!
実際に筆無君を殴ったのですから、強ち間違っていないでしょう。
でも、読者の皆様も騙したんだよ?
申し訳御座いません
素直だね!
貴女もです
え? なに、急に?
まあ、いつかわかります
う、うん。