異能持ちの美少女侍女たちと、のんびり極上の菜種油を作ってみた
アルストラーナ帝国東南部に広がる、セレスティア親王領。 その中心都市アクアパレスの周辺には、豊かな水路の恵みを受けた広大な畑が広がっている。蓮根や里芋と並び、この地の命の源泉とも言える特産品――それが、アブラナだった。
秋の深まりとともに、アクアパレス郊外の農場に爽やかな風が吹き抜ける。 この農場を仕切る青年・ルカは、手のひらに乗せた小さな黒い粒をじっと見つめていた。アブラナの種子、いわゆる菜種である。
「よし、今日から始まるな」
次なる実りへ向けた第一の行程、『播種』の日。 畑には水路から引き入れた肥沃な土壌が整然と耕され、美しい畝が並んでいる。
そこへ、ひょっこりと姿を現したのは、親王府から派遣された侍女のロゼッタだ。 十八歳の彼女は、どこか遠くを見通すような透き通った瞳を持つ美少女である。
「ルカ、種まきの準備は整いましたか? セシリア様も、今年搾られる菜種油の出来をとても楽しみにされていますよ」
穏やかに微笑みながら声をかけてくるロゼッタ。 実は彼女、念視や予知の力を秘めた異能の持ち主なのだが、今は一人の手伝いとして地に足をつけ、しっかりと籠を手に提げている。
「ええ、ロゼッタ様。土の温度も水分も完璧です。さっそく始めましょう!」
ルカとロゼッタは、等間隔に作られた筋に沿って、指先で丁寧に種をまいていく。 菜種の種は驚くほど小さく、息を強く吹きかければ飛んでしまいそうなほど軽い。それを浅く土に被せ、手で優しく押さえて定着させる。
芽吹きを待つ、静かで大切な時間の始まりだった。
数日後、小さな双葉が土を割って一斉に顔を出した。 ここからが第二の行程、『育成と管理』だ。
冬の寒さが訪れる前、ルカたちは「間引き」と「中耕・土寄せ」に追われた。 密集して生えた苗から弱いものを引き抜き、残った元気な株の周りの土をほぐして根元に寄せる。こうすることで風で倒れるのを防ぎ、根が大地に深く張り巡らされるのだ。
セレスティアの厳しい冬の間、アブラナは地に伏せるように葉を広げ、じっと寒さに耐えた。 そして春の訪れとともに、茎はぐんぐんと天に向かって伸びていく。
やがて春本番を迎えると、アクアパレス周辺の畑は一斉に鮮やかな黄色へと染め上げられた。 見渡す限りの菜の花畑が創り出す、黄金色の絨毯。風が吹くたび甘い香りが漂い、蜜蜂たちが忙しそうに飛び交う。
「わあ……! なんて美しいのでしょう……!」
花摘みの手伝いに訪れた侍女のエミーナが、思わず感嘆の声を漏らした。 ロゼッタと同じく十八歳の彼女も、念動や念創という凄まじい異能を持つ少女なのだが、咲き誇る黄金の海を前にしては、年相応の可憐な娘として目を輝かせていた。
「綺麗な花ですよね。でも、油を採るためにはこの花が散って、実が熟すのを待たなきゃいけないんです」
ルカの言葉通り、黄金の輝きが去った後には、緑色の細長い莢がびっしりと実った。 初夏の日差しをたっぷり浴びて、莢は次第に緑から茶褐色へと変化し、中で種子が熟していく。
そして――第三の行程、『収穫と乾燥』の時期がやって来た!
「莢が弾けて種がこぼれ落ちる直前! 今が収穫の時です!」
ルカの合図で、農夫たちが一斉に鎌を振るう。 刈り取られたアブラナの株は束ねられ、風通しの良い軒下や作業場に吊るされて天日干しにされた。しっかりと乾燥させることで種子の水分が抜け、油の抽出効率が劇的に高まるのだ。
数日後、カラカラに乾いた株をシートの上に広げ、今度は打穀作業を行う。 竿でパンパンと叩くと、熟した莢が弾け、中から漆黒の丸い粒がこぼれ落ちてくる。 それを「唐箕」と呼ばれる選別器に通し、風の力でゴミや空の莢を吹き飛ばせば、光沢のある純粋な菜種だけが手元に残った。
ここから先が、いよいよ真骨頂となる第四の行程『搾油』である。
工房へと運ばれた、膨大な量の菜種。 ルカはまず、菜種を大きな釜に入れて火にかけた。「炒り(焙煎)」の作業だ。
「直接絞る方法もあるんですが、こうして適度に熱を加えて煎ることで、香ばしい風味が引き立ち、油の離れも良くなるんですよ」
木べらで丹念に混ぜ合わせると、香ばしいナッツのような香りが工房内に立ち込めた。 焦がさぬよう絶妙な火加減で炒り上げた菜種を、次は石臼で細かく粉砕していく。ペースト状に潰された菜種からは、すでにほのかな油分がにじみ出ていた。
続いて、蒸し器に入れて高温の蒸気をあてる。加熱された菜種の細胞が破壊され、油が分離しやすい状態へと変化していく。
「さあ、絞りますよ! 皆さん、力を合わせて!」
蒸し上がった温かい菜種ペーストを頑丈な布袋へと詰め込み、重厚な木製の圧搾機にセットする。 大きなテコと木槌を使い、締め上げの木楔を叩き込んでいく。
ドスン、ドスン! と重い音が工房に響き渡る。
圧搾機が凄まじい圧力を加えると、布袋の網目から、とろりとした濃密な液体が滲み出し、受け皿へと垂れ落ち始めた。
「おおっ、出ました……! 菜種油です!」
搾り立ての油は、まだ濁りを含んだ深い琥珀色をしていた。 これを受け止め、最後の第五の行程『精製とろ過』へと進む。
搾り取ったばかりの原油には、微細な種子のカスや水分、不純物が混ざっている。このまま放置すれば油がすぐに傷んでしまうため、ルカは油を深鍋に移し、少量の水を加えて加熱する「湯洗い(水脱ガム)」を行った。 不純物を水に吸着させて沈殿させ、上澄みの油だけを丁寧にすくい取る。
さらに、その油を何層もの布と和紙を重ねたろ過装置へと、ゆっくりと注ぎ込んだ。
ポタリ、ポタリ……。
時間をかけてろ過された液体は、先ほどの濁りが嘘のように消え去り、澄み切った美しい黄金色へと姿を変えて壺へと溜まっていく。 窓から差し込む太陽の光を受け、油はまるで溶けた金のようにまばゆく輝いていた。
作業を終えたルカは、綺麗に磨かれたガラス瓶に搾り立ての油を満たし、きゅっと栓をした。
「見事な黄金色の油ですね、ルカ」
いつの間にか傍らに立っていたロゼッタが、出来上がった瓶を愛おしそうに見つめている。
「ええ。秋に種をまき、冬の寒さを超え、春に花を咲かせて、初夏に実った……セレスティアの土地と時間が育んだ命の雫です。これなら、イリアード様もセシリア様もきっと満足してくださるはずです」
この菜種油は、アクアパレスの宮殿で料理を美しく彩り、あるいは夜を照らす灯火の燃料として、人々の暮らしを温かく支えていくのだろう。
大地に蒔かれた一粒の小さな黒い種は、農夫たちの汗と長い時を経て、煌めく一滴の黄金へと生まれ変わったのだった。




