第一話 仕掛けられた夜会
第二皇子フェルシアン殿下の生誕を祝う夜会は、皇宮の歴史ある大広間にて、盛大に催されていた。
天井からクリスタルガラスのシャンデリアが魔法の光を浴びて、目も眩むような輝きを放ち、広間全体に惜しみなく降り注ぎ、磨き抜かれた大理石の床に夜空の星のように光が反射していた。その上を、色とりどりの豪華なドレスを纏った貴族令嬢たちが、まるで大輪の華のごとく行き交っていた。
そのきらびやかな熱気、麗しい弦楽の調べ、人々の楽しげな笑い声の中で、ひときわ目を惹くのは、セレニア公爵家の至宝・セレスティアだった。
新緑を思わせる、瑞々しくも上品な薄いグリーンのドレス。裾には、熟練の職人が数ヶ月かけて施したと思われる精巧な金糸の刺繍が施されている。
まだ少し幼さが残るが、完成された圧倒的な美貌と高貴な身分。
公爵家の権力や美貌に媚びているわけではなく、彼女の周りには自然と人の輪ができ、誰もが楽しそうにしていた。
セレスティアの隣には、守護神のように、婚約者であるクラヴィス公爵家の嫡男オルフェウスが佇んでいる。
オルフェウスは、給仕から飲み物を二つ受け取り、一つをセレスティアに渡しながら、周囲の喧騒に紛れ込ませるような低い声で囁いた。
「セレス、また熱烈な視線が刺さっているよ。あの令嬢も懲りないね……」
セレスティアは視線の方角に背を向け、グラスに映る映像で確認した。
きらびやかな輪から離れた壁際にぽつんと佇む一人の令嬢がいた。
ピンク色のドレスをギュッと握りしめ、セレスティアとオルフェウスを射るような視線を送っていた。
「本当に……懲りない方ですわね。わたくしと同じ色を纏うつもりだったのでしょうけれど、思惑が外れたことで随分と不機嫌になっていらっしゃいますわ」
「デザインの盗難も色被りも、何度も通用するわけがないだろう」
「ピンクのドレスは、あの日リオンが熱心に見ておりました事を利用したのですわ。彼の思い人は白と淡いピンクが似合うそうですから、わたくしが同じ色を仕立てると思わせるために、リオンと二人で少々演技をいたしましたの」
ドレスを決めるときに、セレニア公爵家には、留学先から一時帰国していたアルシエール公爵家の令息アルセリオンが遊びに来ていた。
「でも、リオンはピンクを買わなかったんだろ? リオンが何色を選ぶかなんて、見なくてもわかるよ」
「リオンのおかげで、どこからドレスの情報が漏れていたのか、突き止めましたわ。ギリギリまで、ピンクを着るらしいと流してありましたから」
セレスティアはにっこりと笑い、
「リオンは、あちらで婚約手続きを終えてから帰国するそうですわ。これからは思う存分からかうことができますわね」
セレスティアもオルフェウスも、この夜会にはいないアルセリオンのことを、楽しそうに語り合った。
そんな二人の様子を見て、ますます壁際の令嬢の視線はキツくなっていった。
壁際の令嬢は、ロザンヌ・ラゥ・モンテル。
模倣グセのせいで、周囲から腫れ物に触るように扱われているモンテル男爵家の令嬢だ。
「わたくしがどこにいても、あの視線はつきまとってきますわ。わたくしのドレスと同じ色でなかったことが悔しいのかしら? 貴方のエスコートも、気に入らないのでしょうね。あまりにも分かりやすい嫉妬と羨望ですこと。本当に哀れですわね」
セレスティアの微笑みは、向けられた者が虜になるほど艶やかだったが、その瞳は凍りつくほどに冷ややかだった。
(自分のものとしていない真似事など、滑稽なだけですのに)
(彼女には彼女の良さが沢山あるというのに、何故自分を否定するような事をするのかしら)
(わたくしの大切な人達に危害を加えるようなら、もう容赦はできませんのよ)
ロザンヌのことは、前々から噂になっていた。
「彼女は、高位貴族へ憧れ、素敵だと思った令嬢のドレスや髪飾りはもとより、仕草や言葉づかいも真似ておりますの。勉強熱心なのは良いことですが、中身が伴わない模倣なので、令嬢たちからは、気味が悪いツギハギ令嬢と揶揄されておりますわ……本人は気づかず模倣を繰り返しておりますけれどね」
そして、何度もセレスティアとドレスの色を同じにして、セレスティアに可愛がられていると、演じることにも余念がなかった。
つい最近では、デザインまで同じにしてきたのだった。
「何が楽しいんだろな……セレスはセレス、彼女は彼女だろうに」
「いい加減、放置は出来ませんわね。わたくしが可愛がっているのは彼女ではありませんもの……」
セレスティアは、大きなため息とともに呟いた。
その時、第一皇子ゼフィールが足早に二人のもとへ駆け寄ってきた。
周囲からは、ただの親しい者との交流に見せているが、ゼフィールの表情には氷のような冷たい光が宿っていた。
「オルフェウス、セレスティア。例の売国奴ネズミ野郎が、相変わらずセレスティアに執着してエサに食いついたぞ。確実に動く日がわかった。ようやく憂いを取り除けるよ」
「ようやくですか……さっきも僕が一人のとき婚約を解消しろって匂わせてきましたよ」
「すまない。夜会の後一緒に始末に行こうね、オルフェ君。少し話を詰めようよ」
ゼフィールの言葉に、
「少し席を外すね」
と、オルフェウスはセレスティアに告げ、ゼフィールと共に足早に会場を退出していった。
その際、二人は壁際に立つロザンヌのすぐ横を通り過ぎた。
ロザンヌは熱い視線をその背中に送っていたが、彼女の存在など、彼らにとっては路傍の石同然だった。
◇ ◇ ◇ ◇
夜会が終わり、帰路のモンテル男爵家の馬車の中。
夜会の感想をはしゃぎながら話す兄弟を尻目に、ロザンヌは一人窓から景色を眺めていた。
結局、夜会の間ロザンヌが会話したのは、普段面倒を見てくれる従兄弟のお兄さまのみ。同性で仲の良い友人などロザンヌにはいなかった。
(今日は偶然、ゼフィール殿下とオルフェウス様が私の横を通ったわ)
(『オルフェウス様、貴方の運命の相手はここにいますよ』って、去っていくオルフェウス様の背中に思いを送ったのに、見てもくれなかった)
(私もセレスティア様みたいだったら……)
(あの容姿だったら、オルフェウス様の隣にいるのは、間違いなく私よね)
(何か一つでも私が持つことができたなら、あの場所は私のものになるはずよね?)
「あの人みたいだったらな……」
景色を眺めながら、ロザンヌはポツリと呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
夜会の翌日、ロザンヌは子爵家のお茶会に参加した。
男爵家、子爵家の令嬢ばかりのお茶会だったが、思ったより大規模だったため、ロザンヌの知らない令嬢が多かった。
知り合いの令嬢たちも、ロザンヌの他人の模倣が激しくなってからは距離を置いていた。
ロザンヌが少し居心地の悪さを感じていた時、隣のテーブルの会話が耳に入ってきた。
「……セレニア公爵令嬢様が?」
「いえ、すごく似ていたのですって。まったくの別人だったそうですわ」
「驚いたわ。そんな事もあるのね……世の中には三人似た人がいると聞きますものね。でも、似ている人がよりにもよって……」
「ねぇ……嫌ですわ。わたくしだと、それだけで恥ずかしくて生きていけませんわ。自分も同じ目で見られているかと思ってしまいます」
「でも男性は、こぞって出かけているみたいですわよ」
ロザンヌは、会話に加わろうと思ったが、声高に話せる内容ではなかったため、彼女の視線を感じ取った令嬢達は、会話をやめてしまった。
(よく似ていた? 別人?)
その時、ロザンヌはふと思い出した。
少し前に耳にした、皇都の裏通りに、なりたい顔や姿になれる店があるという噂。
たしか、店名はルヴォワールという。
怪しさこの上ない話であり、耳にしたときは、自分には関係ないと気にもしなかった。
他所の国から来た魔術師や呪術師の店だと噂されていた。
リスクもあると聞かされていれば、なおさら関わる気はなかった。
なりたい顔になれる……
今のロザンヌには、とても魅力的なフレーズだった。
リスクが何かわからなくても、かなり心が惹かれてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
数日後。
ロザンヌは皇都の裏通りを彷徨っていた。
目立たない町娘の服装で来ているが、どこか落ち着かない。
昼間でも、光の届かない路地裏。
貴族は誰も近づかない通り。
その奥に、ようやく噂の店を見つけた。
噂で聞いた場所、外観。
看板もない扉の前で、本当にこの場所で合っているのかロザンヌが不安を覚えていると、扉がひとりでに開いた。
「ようこそ」
中から声がした。
静かで、淡々とした声に、ロザンヌは絡め取られ、ふらふらと店内に入っていった。




