コウ兄ちゃんじゃ、なくなる時
奈良奥山ドライブウェイを、コウタの車に乗り、二人きりになれて上機嫌のチヨ。
酔わないようにと、コウタは手を繋いでくれた。
◯登場人物
千代
22歳 エステティシャン
奈良県橿原市に住む。祖母、母親と三人暮らし。ある日の合コンで、三つ上の幼馴染、コウタと再会する。
康太
25歳 家電量販店のメーカー販売員
瑛人とはバンドを組んでいた。10歳の頃、両親と大阪に引っ越したが、現在は奈良市内に住んでいるようだ。
長いこと会ってなかったから、忘れていたけど。
小さかった頃も、コウ兄ちゃんはこうやって手を繋いでくれたんだ。
そうやって、私のことを安心させてくれたんだ。
「コウ兄ちゃん、ありがと……」
と、言った私の目に、凄い光景が飛び込んできた。
「わっ! わっ! め………っちゃ、綺麗!!」
まるで光の絨毯みたいな、所々に光の刺繍が施された、そんな絨毯が、暗闇のなかに拡げられていた。
「すごい、すご〜〜い! コウ兄ちゃん、見てみて凄いよ〜!!」
「あはは、俺は運転しながらやからあまり見過ぎたら危ないからな。でも、ちょいちょい見えてるで〜、たまには星空でなくて、人工の景色っていうんもええかもやなぁ」
私は幸せだった。
コウ兄ちゃんと二人でドライブしながら、私の手を気遣って握ってくれるコウ兄ちゃんの手の温もりを感じながら。
「あ、星空と言えば、天川のみたらい渓谷の方も、めちゃくちゃ星空が綺麗らしいよ。私、見に行ってみたいな〜」
「そんなところがあるんやなぁ〜。俺、十歳で大阪行ったやん? やから、奈良のこともそんなわからんし、今住んどるとこも、北っかわの奈良市の端っこみたいなとこやからなぁ」
コウ兄ちゃんの言うように、小さな頃って、自分が住んでいる近く。その周りだけが自分の世界だったよね。
遠くには何があって。こんなところがあって。そういうのって、電車に乗るようになってからとか、中学生くらいからようやく分かるようになったような。あ、もちろん人によると思うんだけどね。私はそうだった。
私は大きくなって、少しは奈良のこと知ってる。それをコウ兄ちゃんに教えていってあげたいな。
そして、コウ兄ちゃんに、大阪でのことを教えてもらいたいな。
なんだか、色々考えていたら、手を繋いでる手から少し汗をかいてきてしまった。
私はその湿った手のひらが恥ずかしくなってきて、自分から離そうとする。
「ん、どうしたん? 暑なってきたんかいな」
「あ、ううん、暑くとかじゃないんだけど、手に汗かいちゃったから……」
すると、コウ兄ちゃんは、いったん手を離して……
また、ぎゅっと握ってくれた。
「手汗なんか気にせんでええで。それより車酔いのが大変やろ。あ、山の上の駐車場にいったん停まろっか? しんどいんやったら」
「ううん、大丈夫。ゆっくり、このままゆっくり行こ〜」
きっとコウ兄ちゃんの優しさは、天然の優しさなんだろう。私のことを好きだからとか、女の子だからとか、そういうんじゃなくて。
でも、でも。
天然の優しさでも、今はいい。
今はコウ兄ちゃんにとっての私は、小さい時の幼馴染の妹みたいな存在だとしても。
今は、一緒にいれるだけで、幸せだよ。
「コウ……タ……ちゃん」
私は呼び慣れない呼び方で、舌を縺れさせながら、呼んでみた。
「ぷっ! なんなん、その呼び方。しかもくすぐったいわ」
「もぉ、笑わんといてよ〜! じゃあ……コウちゃん。みんなコウタくんって呼んだりしてるから、私はコウちゃんって呼ぶ」
コウ兄ちゃん……コウちゃんは一瞬だけ、寂し気な目をした気がした。運転して前を見てるからはっきりとはわからなかったけど。
でも、次の瞬間には、笑っていた。
「みんなと違う呼び方したいとかやったら、今までのがよっぽど変わってたと思うけどな〜。まぁええんちゃう?」
コウちゃんは分かってないな〜。ん〜、わかってないフリをしてるだけなのかな。
そのあとも、奈良の今度行きたいところとか、食べたいものとか、そんな他愛もない話をした。
途中にユカリ達には連絡して、もう合流はせず、それぞれに帰ることにしたんだ。だってアツシくん達のイジワルなんて、もう聞きたくないんだもん。
それに、コウちゃんと二人でいる方がいいから。
奈良奥山ドライブウェイを出て、今回はあまり遅くならないように、家の方まで送ってくれた。帰りがだいぶ遠いのに申し訳なかったな。
家の前で車を降りて、お別れの挨拶をする。
「コウ……ちゃん、今日はありがとぉ、めちゃくちゃ綺麗やったし、楽しかった。帰り気をつけてね」
「うんうん、俺も楽しかったで。あ、そうそう」
コウちゃんは何か言いかけた。
「ん?」
「今日のチヨみたいな服装、まぁまぁ俺好きやで。ちょっと照れたけど。じゃあ」
捨て台詞を残して、さっとコウちゃんは車を発車させた。
お、お、服装……?
お母さんナイスーーー!!
何故なら、今日の服装を選んだのは母親だからだ。私のこと、少しは女性として見てるってことなのかな?
私は、心の中でグッとガッツポーズをした。




