毒舌家は血のペイントに土下座する?
失踪現場と言われるガレージの扉の前に来たわけだが、正直、俺は自分の部屋に引きこもりたい気持ちで胸が一杯だ。精神的にな。
「なぁ、マジで入るの?ここ探す理由が分かんないんだけど?」
だって、血ィぶちまけられてる部屋なんて誰が好きこのんで入るかっての。少なくとも俺は、自分から能動的に行こうなんて言い出しはしない。
さっきは、ちょいと面白そうとか思ったけど、そりゃ、あくまでモブキャラみたいな立場で、事件の被害者になり得ない蚊帳の外にいればこその面白さなのに。
「何をいまさら。もう僕達の目の前にガレージがあるんですよ?口だけ番長ですか、嘆かわしい」
アッレ?朔馬さん?なんか毒舌ですね。
「フム、探偵の血が騒ぐのか?見事な推理で解決してほしいな。事件を」
おどけたような雄司さんがドアノブに手を掛けた所で一緒にくっついて来た拓也が口を挟んだ。
「探偵?誰がです?」
ああ、そう言えば拓也は知らなかったんだな。探偵っつうのは、朔馬の事で、なんでも代々続く由緒ある探偵一家なんだとか。
どこの少年漫画だよ。
決め台詞は、“じっ○ゃんの名に懸けて”ってか?
「僕は、ただ純粋に気になった事を確認しに来ただけですよ。それに、現実の探偵なんて刑事事件に首を突っ込んだりしませんよ。お爺様が特別なだけです」
そう、朔馬の祖父、碓氷 朔月さんという人物は、アメリカで活躍した探偵で、その筋の人達には、伝説的名探偵なんだとか。にわかには信じられない設定だ。
「えっ?朔馬君って探偵だったの?」
簡っ単に受け入れたな、拓也。その方が気楽に生きていけるのかもしれないが。
「うん。って言ってもただのアルバイトみたいなものだよ。本業は学生だから」
「いやいや、それでもスゴいよ。ってことは、鋭い観察眼と推理力で難解失踪事件を一発解決とか!」
「だから、ちょっと気になった事があったから来ただけだよ。失踪事件は、警察に任せればいいと思うよ。今の科学捜索ってすごいらしいから僕の出番は無いだろうし」
それでも、並みの人間よりも自分は、推理力とやらがある、とも受け取れる発言。いや、そんなふうに考えてしまうのは俺がひねくれているからかもしれないな。
「よし、では開けるぞ」
と言って開かれた扉。その先は、数メートル先までしか見えない真っ暗な空間だが、明らかに異質な臭気が閉じ込められていた。
「うっわ。聞いてはいたけどひどい臭いだね」
「蛍光灯、点けてください」
「ああ、点けるぞ。今な」
雄司さんの言葉の後に光が天井から降り注いだ。
「これは……」
思わず口を手のひらで被ってしまうほど大量の血飛沫が扉を中心に塗りつけられていた。これほどの血を抜かれたら、人間は、生きてはいられないんじゃないか?
「……フム、なぜこんな無駄に目を引く犯行現場を残したんだ?犯人は」
「え?拉致しようとした時に抵抗されてつい刺してしまった、とかじゃないんですか?だいたい、俺が犯人ならどこで人を拐ったか、なんて隠しますよ」
拓也の言うように、犯行現場を残す誘拐犯がいるか?
それがこんなに派手な誘拐現場になっているとすれば犯人の予想できなかったイレギュラーによって残すしかなかった、としか言い様がないんじゃないか?
「いや、考えてもみたまえ。人が刺されたとしよう、例えば、腹部を刺されたとして、ここまで派手に血が外に飛び出たりすることはない、これでは、まるで赤いペンキを壁にぶちまけたようだ。しかも、壁を埋め尽くすほど大量にだ。血が一気に出血したにせよ、オーバー過ぎる。いくらなんでもな」
たしかにな。ここまで血を抜くとすれば身体中から絞り出すといっても過言ではないだろう。たとえ頸動脈をかっ切ったとしても横10メートル、高さ3メートルの壁のほぼ全面に血のペイントを施そうってんならいったいどのくらいの血が必要なんだ?
「朔馬。お前が気になっていた事ってこれのことか?」
と後ろにいるはずの朔馬に向き直ると、彼女は、地面に這いつくばっていた。
「何やってんだ?」
思わず思考で処理することなく思いのまま言葉にしてしまった。
「何って、見て分からないんですか?」
いやいやいや、知らねぇよ。
「……土下座、とか?」
「眼科行った方がいいですよ。もしくは脳内科」
えええええっ?あれ?あれ?アッレ?やっぱり、この子、毒舌家ですね!?
山道で素性バレたからってんで素の性格出してきたな?
「この血のペイントが彩登美さんの血液だとすれば、引きずられて拉致、もしくは、殺害されたはず、なんですが……」
「……ああ、そうか、地面に引きずった血痕は無い。彩登美義姉さんのものじゃない可能性が高い、というこだな。つまりは」
殺害、ってマジかよ。
じゃあ、これは、失踪事件じゃなくて殺人事件?
「ちょ、ちょっと待て。これが殺人事件だとしてだ。さっき雄司さんが言ったように、犯人、って言わせてもらうが、その犯人は、どうしてこんな目を引く現場を作ったんだ?理由があるのか?」
理由の無い仕掛けは、そもそも仕掛けにすらなり得ない。仕掛けを作るなら何かしらの意図があるはずなんだ。
だが、俺には、その意図がまったく分からない。
「予測で話すならいくらか挙げられます。例えば、この仕掛けにより浮き足立つ居残り組を外に出してこの屋敷の中に新しい仕掛けを作る、とか」
「もしくは、ばらけた居残り組、もしくは合流した捜索組も含めて個別で拉致、または、殺害する。どちらにせよ、この目立つ血のペイントを起点に非日常を演出して判断力を鈍らせるつもりだろうな。犯人は」
聞いてるだけでどちらも背中が寒くなる話だ。
「最終的な目的は、何なんだ?彩登美さんは、無事なのか?」
「さぁ、そのどちらの疑問も答えは、分かりません。今の時点では、という話ですが」
まあ、何を調べるにしても判断材料が少なすぎる。
けど、分からない、では、納得出来ない人達が居るのは確かだ。しかも、こんな派手な仕掛けを施す犯人の目的が単なる拉致、営利誘拐で収まるとは考えずらい。
つうか、これまで起こった出来事、彩葉さん達の事故や彩登美さんの失踪がまったくの無関係だと考えるのは、楽観的過ぎるかもしれない。
だとすれば、すでにこの状況が犯人の描いた図式通りなのか?
犯人の目的が何であれ、一回の犯行で終わらす気がないなら、今一番拉致、もしくは、殺害しやすい人物は誰だ?
「……おい、今、ご当主の近くには、誰かいるのか?」
「寿美子さんは、彩登美さんを探しに行ってます。他の人達も、同様に外、ですね。少なくとも、本館の中には僕達四人とご当主様だけだと……」
俺の言わんとすることを悟った朔馬は、行ってみよう、と無言で頷いた。
「拓也、ここを雄司さんと一緒に、もう一度探しといてくれ。俺と朔馬は、宗継さんを見てくる」
「えっ?そりゃ、構わないけど。ご当主の居場所分かるの?」
たぶん、皆が集合場所としていた大広間か自分の部屋だろう。
そこにも居ないとすれば、俺と朔馬で本館を探し回ればいい。
「とにかく頼む!何かあったら後で教えてくれ!」
「真人さん!早く!」
急かす朔馬の後を追ってガレージを飛び出した。