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街のひととき

 翌朝、街はすでに喧噪に包まれていた。

 石畳の通りには露店が立ち並び、焼き菓子の甘い香り、燻した肉の匂い、香辛料の刺激が入り混じる。

 軋む荷馬車の車輪、値段を叫ぶ商人の声、子どもたちの笑い声。

 色とりどりの布地が風にはためき、人いきれがむっと肌を押す。


「……やっぱり、全然違うな」


 クロワンを押して歩けば、通りの人々がちらりと視線を寄越す。

 昨日までの「何だあれは」という警戒心よりも、今日は「噂の鉄の獣だ」という好奇の色が濃い。

 耳の端に「昨日の灰狼を退けた奴だ」と囁く声が届き、胸の奥がわずかに熱を帯びた。



 冒険者ギルドに顔を出すと、受付のエリナが明るく迎えてくれた。


「おはようございます、遼様。今日は依頼を受けに?」


「いや、今日は休む。灰狼で疲れが残ってる」


「それが正解です。無理をしてもいいことありませんからね。……もしお時間があるなら、市場で補給を整えるといいですよ。保存食や薬草も揃いますから」


「助かる。行ってみる」


 彼女の気遣いに軽く頭を下げ、市場へ向かった。



 広場の市場は人でごった返していた。

 干し肉の束、丸ごとのチーズ、香辛料を詰めた小瓶、色鮮やかな果実。

 旅人や冒険者に欠かせない品が、威勢の良い声と共に並んでいる。


 広場の中央には、剣と盾を掲げた冒険者の石像。

 その足元を子どもたちがよじ登り、笑い声を響かせていた。

 街がどれだけ冒険者に支えられてきたのか――その象徴のように見えた。


「おお……これが噂の鉄の獣か」


 露店の商人が目を丸くし、クロワンを覗き込んだ。


「昨日、灰狼を追い払ったって聞いたぞ。街じゃちょっとした話題だ」


「……もう広まってるのか」


「この街は広いようで狭いからな。だが心配するな、悪い噂じゃない。むしろ“頼りになる”って声のほうが大きいさ」


 商人は笑いながら干し肉を包み、少し割引してくれた。

 銅貨を払いながら、胸の奥に溜まっていた緊張が少しずつ解けていく。


「それと、火蜥蜴の脂もある。灯火用や保存にも使えるよ」

 商人が瓶に入った赤みがかった液体を差し出す。


「……一本もらおう」

 銅貨を数枚渡し、瓶を受け取った瞬間、視界にウィンドウが浮かんだ。


【新素材検出】

・火蜥蜴の脂

→ 潤滑用素材として使用可能

推奨処理:クロワン内部潤滑に利用しますか?[はい/いいえ]


「……潤滑に? こっちじゃ灯火用だって聞いたのに」

 小さくつぶやき、クロワンのタンクに視線を落とす。

 エンジンが低く「ブルル……」と唸り、まるで「任せろ」と告げているようだった。


「……わかった。はい」


【潤滑更新:完了/回転効率+5%】


 通知と同時に、クロワンのアイドリングが一段軽くなる。

 商人はそんな変化に気づく様子もなく、次の客に声を張っていた。

 ――街の人々にはただの灯火資材。だが、俺と相棒にとっては走る力の糧になる。


 宿に戻り、馬小屋を覗く。

 クロワンは静かに鎮座していた。

 隣の馬たちは最初こそ鼻を鳴らして怯えていたが、今では桶の水を分け合うようにして飲んでいる。

 鉄の塊のような存在と並んでいても、不思議と違和感は薄れていた。


「お前も……少しずつ馴染んできたな」


 タンクを撫でると、「ブルル」と低い唸りが返る。

 それはエンジン音にしては妙に柔らかく――まるで満足げに息をついているかのようだった。


「よし。今日は休んで、次に備えよう」


 夕暮れの鐘が鳴り響き、街全体が橙色に染まる。

 屋台の煙と人々の笑い声、そしてクロワンの静かな存在感。

 冒険と日常――その境目を確かに歩いている実感に、胸がじんと熱くなった。

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