街のひととき
翌朝、街はすでに喧噪に包まれていた。
石畳の通りには露店が立ち並び、焼き菓子の甘い香り、燻した肉の匂い、香辛料の刺激が入り混じる。
軋む荷馬車の車輪、値段を叫ぶ商人の声、子どもたちの笑い声。
色とりどりの布地が風にはためき、人いきれがむっと肌を押す。
「……やっぱり、全然違うな」
クロワンを押して歩けば、通りの人々がちらりと視線を寄越す。
昨日までの「何だあれは」という警戒心よりも、今日は「噂の鉄の獣だ」という好奇の色が濃い。
耳の端に「昨日の灰狼を退けた奴だ」と囁く声が届き、胸の奥がわずかに熱を帯びた。
◆
冒険者ギルドに顔を出すと、受付のエリナが明るく迎えてくれた。
「おはようございます、遼様。今日は依頼を受けに?」
「いや、今日は休む。灰狼で疲れが残ってる」
「それが正解です。無理をしてもいいことありませんからね。……もしお時間があるなら、市場で補給を整えるといいですよ。保存食や薬草も揃いますから」
「助かる。行ってみる」
彼女の気遣いに軽く頭を下げ、市場へ向かった。
◆
広場の市場は人でごった返していた。
干し肉の束、丸ごとのチーズ、香辛料を詰めた小瓶、色鮮やかな果実。
旅人や冒険者に欠かせない品が、威勢の良い声と共に並んでいる。
広場の中央には、剣と盾を掲げた冒険者の石像。
その足元を子どもたちがよじ登り、笑い声を響かせていた。
街がどれだけ冒険者に支えられてきたのか――その象徴のように見えた。
「おお……これが噂の鉄の獣か」
露店の商人が目を丸くし、クロワンを覗き込んだ。
「昨日、灰狼を追い払ったって聞いたぞ。街じゃちょっとした話題だ」
「……もう広まってるのか」
「この街は広いようで狭いからな。だが心配するな、悪い噂じゃない。むしろ“頼りになる”って声のほうが大きいさ」
商人は笑いながら干し肉を包み、少し割引してくれた。
銅貨を払いながら、胸の奥に溜まっていた緊張が少しずつ解けていく。
「それと、火蜥蜴の脂もある。灯火用や保存にも使えるよ」
商人が瓶に入った赤みがかった液体を差し出す。
「……一本もらおう」
銅貨を数枚渡し、瓶を受け取った瞬間、視界にウィンドウが浮かんだ。
【新素材検出】
・火蜥蜴の脂
→ 潤滑用素材として使用可能
推奨処理:クロワン内部潤滑に利用しますか?[はい/いいえ]
「……潤滑に? こっちじゃ灯火用だって聞いたのに」
小さくつぶやき、クロワンのタンクに視線を落とす。
エンジンが低く「ブルル……」と唸り、まるで「任せろ」と告げているようだった。
「……わかった。はい」
【潤滑更新:完了/回転効率+5%】
通知と同時に、クロワンのアイドリングが一段軽くなる。
商人はそんな変化に気づく様子もなく、次の客に声を張っていた。
――街の人々にはただの灯火資材。だが、俺と相棒にとっては走る力の糧になる。
宿に戻り、馬小屋を覗く。
クロワンは静かに鎮座していた。
隣の馬たちは最初こそ鼻を鳴らして怯えていたが、今では桶の水を分け合うようにして飲んでいる。
鉄の塊のような存在と並んでいても、不思議と違和感は薄れていた。
「お前も……少しずつ馴染んできたな」
タンクを撫でると、「ブルル」と低い唸りが返る。
それはエンジン音にしては妙に柔らかく――まるで満足げに息をついているかのようだった。
「よし。今日は休んで、次に備えよう」
夕暮れの鐘が鳴り響き、街全体が橙色に染まる。
屋台の煙と人々の笑い声、そしてクロワンの静かな存在感。
冒険と日常――その境目を確かに歩いている実感に、胸がじんと熱くなった。




