木剣の限界
森沿いの街道は昼でも薄暗く、風が木々を揺らすたびに影がざわめいた。
クロワンを押して歩く俺の耳に、低く湿った唸りが混じる。
「……来たな」
灰色の影が木立からにじみ出る。
――灰狼。鋭い牙と爛々と光る目。
一体、二体……やがて五体が弧を描くように俺を取り囲んだ。
腰の剣に手をかけかけて、深呼吸する。
カイルの言葉と、自分の誓いが胸に重なる。
(今日はまだ木剣でいく。刃を抜くのは、決めた時だけだ)
俺は鞘ではなく、背に差した樫の木剣を引き抜いた。
【危険度:高/包囲率:62%】
→推奨行動:離脱
一体目が飛びかかる。
クロワンの横に身を寄せ、木剣を斜めに振り抜く。
鋭い衝撃が腕に走り、灰狼が呻き声をあげて退く。
「……効く。だが浅い!」
二体目が突っ込んできた。
クロワンのエンジンを吹かすと「ブルルルッ!」と轟音が森を震わせ、狼が怯んで足を止める。
その隙に脚を狙って叩きつけ、横に弾き飛ばした。
だが残りが包囲を狭め、牙を剥いて迫る。
木剣の一撃では押し切れない。
恐怖に背筋が凍り、思わず腰の片手剣に手が伸びる。
(……抜けば、確実に斬れる。だが――)
震える指を抑え込み、手を離した。
クロワンの後輪が土を滑り、石を派手に弾き飛ばす。
飛び散った砂利が灰狼の顔をかすめ、群れが一瞬怯む。
「今だ、退くぞ!」
スロットルを開き、クロワンと共に群れを振り切った。
縄張りの境界を越えると、狼たちは追ってこなかった。
胸が上下し、手は汗に濡れていた。
木剣では倒しきれない――その事実が骨身に沁みた。
◆
街へ戻り、ギルドで報告を済ませた帰り。
ちょうど荷を下ろしていた鍛冶屋の親父が俺に目を留めた。
「おい、その木剣……叩き痕がひどいな」
「ああ。灰狼を何体か退けたが、仕留めきれなかった」
俺の答えに、親父は鼻を鳴らした。
「そりゃそうだ。木剣はあくまで段階を踏むためのものだ。……今度工房に来い。刃を落とした短剣で、次の稽古をつけてやる」
その声音は無骨だが、職人の責任感がにじんでいた。
“使い手を見届ける”覚悟のように。
「わかった。世話になる、ガルド」
クロワンのタンクを叩くと、「ブルル」と低い唸りが返る。
木剣の限界を知り、次の段階を示された。
少しずつ、この異世界での俺の戦い方が形になり始めていた。




