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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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42.孫次郎(長慶)の杞憂。

京に上洛してきた孫次郎(長慶)は将軍義晴よりの台命を伊勢守(伊勢 貞孝(いせ さだたか))から申し授かると(武田)義統に面会する。


「お初にお目に掛かります。三好孫次郎利長と申します」

「所司代を拝命した武田義統だ。若輩者ゆえに色々と手伝って貰いたい」


孫次郎は義統(数え14歳)の幼い容姿に少し前の自分を思い出した。

その後ろに立つ男が前守護の信豊であることはすぐに察しがついた。


まだ若々しい容姿と猪の首も一撃で切り落とせそうな逞しさを持つ者はそう多くない。

また、入室した時に頭を下げようとしない態度は家臣のそれではなかった。


義統と(数え)4歳の稚児がこの男に勝ったのか?


この(武田)信豊を見て、将軍家の嫡男にも興味が湧いた。


幕府の中で何かと噂が絶えない。

様々なめずらしい物を欲しがり、物の怪が取り付いたとも囁かれている。

神童、あるいは、仏童と褒め称えられ、肉を食する生活をしていると聞く。

普通の童でないのは間違いない。


菊童丸は切れ者なのか?


孫次郎(長慶)も数え12歳の仙熊の幼名を名乗っていた頃、父を失って当主となった。仙熊の名で叔父が指揮して、一向一揆と晴元の和睦を斡旋したことがある。


(数え)4歳であっても将軍嫡男という権威があれば、操ることは十分に可能だ。


それが朽木の者か、それとも伊勢の小倅か?


将又、伊勢守本人か?


判っているのは菊童丸と伊勢守が密に連絡を取り合っていることのみであった。


伊勢守本人も菊童丸を麒麟児と褒め称えている。


一度会ってみたいものだ。


さて、所司代の義統は簡明に京の半分を東西に分けて、東を武田家が、西を三好家が取り締まることを提案した。


「それでよろしいので?」

「三好殿にとって都合がよろしいでしょう。伊賀守殿も金乗寺におられるようですし」

「なるほど」


閏6月13日に孫次郎(長慶)が摂津国上郡に出陣すると、与同の伊丹次郎、池田筑後守、柳本孫七郎、三宅国村、芥川豊後守、木沢長政も出陣の用意をしたが、将軍よりの御内書が発給されて出陣を待っている状態であった。


同月18日に(細川)晴元は高雄(山城国)に引き退くと、和泉上半国守護(細川)元常や摂津中嶋郡の分郡守護(細川)晴賢ら一族を呼び集めた。

丹波に隠居していたハズの(三好)政長もひっそりと高雄(山城国)に入った。


三好軍がいなくなった京では、孫次郎(長慶)軍を名乗って無法者が現れて寺々に戦費を出すように暴れ回った。


彼らが三好軍でないことは誰の目にも明らかで、奪った物はどこに運ばれてゆく、孫次郎(長慶)は直ちに禁令を発して乱暴狼藉を止めたが一向に減らない。

京の町を守護する法華宗との対立は明らかになり、京の町は一触触発の雰囲気が漂い始めた。


将軍は7月6日に高雄(山城国)滞在中の管領晴元のもとに伊勢守を送って、乱暴狼藉を止めるようにお願いに言った。


管領晴元は将軍から頭を下げたことで面目躍如(めんもくやくじょ)した。

直ちに(三好)政長が乱暴狼藉を止めるように命じたと言う。


しかし、その命を聞く無法者らではなく、命令など聞かないから無法者なのだ。


暴れているのは管領晴元派で間違いないが、暴れているのは孫次郎(長慶)軍であって、某らは関係ございませんと白を切る。


奪い取る旨みを知った彼らが簡単に止めるとは思えない。


その一部を高雄(山城国)に運び入れているのも、自らの行為を正当化する為である。


(三好)政長の静止を無視して乱暴狼藉が続いた。


7月11日に(武田)義統が上洛を開始したという報が入った。


慌てたのは(三好)政長である。


武田軍が彼らを取り締まり、京を騒がしているのは(三好)政長だということにされることを恐れた。


人身御供にされるのは(三好)政長以外に存在しないことを悟ったのだ。


直ちに(三好)政長は高雄(山城国)より兵を動かしたが孫次郎(長慶)も反応が早く、山崎より伊賀守の兵を孫四郎(三好 長逸(みよし ながやす))が率いて出陣し、、(三好)政長は西京の妙心寺に入り、伊賀守は少し南の金乗寺に入って対峙していた。


京の民は(三好)政長が妙心寺を攻め取ったと噂している。


義統はすべて承知していると言っていると言ったのだ。


「あまり長く滞在できませんのでよろしくお願い致します」

「畏まりました。よろしければ、妙心寺から兵を引き上げるように言って貰えると助かるのですがいかがでしょう」

「判りました。我が父も一度、管領様にご挨拶せねばならないと申しておりました」

「よろしく、お願い致します」


義統は聡明のようだ。

武田家が敵に回らなかったことを幸運と思うべきか。


「管領様との和議をお願いして参ります」

「こちらは越水城の所領をお認め下されば、それ以上望みません」

「今はですね?」

「ふふふ、何のことでしょう。我らは始めからそれ以上は望んでおりません」

「判りました。協力致しましょう」

「よろしく、お願い致します」


確かに『今は』だ。

三好の分家でありながら、我が父を嵌めた罪は大きい。

けじめは付けなければならない。

だが、まだその時ではない。


まだ、(管領)晴元の力が大き過ぎる。


虎の威を着る狐であったとしても、(三好)政長は腹心だ。


狐の言うことを虎が聞くのではどうしょうもない。


ならば、虎ごと喰うしかない。


虎を喰うには力が足りない。


「ところで木沢長政殿は信用できる方ですか?」


今、なんと言った?


義統はどこまで気づいておる。


心の鼓動が跳ね上がる。


「申し訳ない。余計なことをお聞きしました。お忘れ下さい」

「いいえ」

「細かいことは守護代を使わせます。そこで取り決めるということでよろしいでしょうか」

「結構でございます」

「それでは、そういうことで」


そう言うと、義統は出ていった。


 ◇◇◇


義統が出てゆくと静寂が訪れる。

まだ14歳だか油断できない。

また、厄介な奴が現れた。


孫次郎(長慶)の後には弾正忠(松永 久秀(まつなが ひさひで))のみが立っている。


「殿、お顔に出ておりましたぞ」

「未熟であった」


木沢長政こそ、孫次郎(長慶)の弱点である。


木沢長政は河内守護代を申し付けられており、領地を運営する上で本願寺との関係は切っても切れない。


本願寺を頼んで味方して貰っている。


(管領)晴元は元高国派であった木沢長政を信用しておらず、今回の裏切りもその一環と見ている。


孫次郎(長慶)は本願寺の後ろ盾のお蔭で(管領)晴元と対等に渡り合っていた。


『マッチ1本、火事の元』


河内の豪族を焚きつけて、本願寺と木沢長政の間を割く策を講じられたとき、孫次郎(長慶)にはそれに対抗する手段がなかった。


すべては木沢長政の器量次第である。


そこで木沢長政が(管領)晴元に寝返る可能性が出てくるのだ。


(管領)晴元・木沢長政・本願寺に囲まれれば、孫次郎(長慶)は一溜りもない。


孫次郎(長慶)の父、元長もその手で潰されたのだ。


簡単な策だ。


(三好)政長の居城である榎並城から木沢長政の兵を装って、本願寺の所領を襲うだけである。


偽物が炊き付けるだけで、本物同士が争い始めてくれる。


所領を言い争って豪族同士が睨んでいる。


火種はそこにある。


油を投下するだけでいい。


京で自分がやっている策を河内でやり返された場合、木沢長政がそれを止められる?


そうなると静止できるのは火遊びを行う(管領)晴元だけである。


一歩間違えれば、天文一向一揆の再来を招く。


畿内は大荒れだ。


(管領)晴元自身の身も危なくなる。


そんな火遊びを(管領)晴元ができるだろうか?


しかし、(管領)晴元が火遊びに手を掛けた瞬間、木沢長政は裏切る。


義統がそう聞いてきたような気がして、顔に出てしまったのだ。


「所司代様(武田義統)は木沢長政が裏切れば、(管領)晴元方に付くことになるかもしれないと言われたに過ぎません」

「なにゆえに…………あぁ、そうであったな」

「はい、武田家は朝倉と揉めております。昨年も朝倉が侵攻しようとした所を本願寺に縋って加賀の兵を上げて、朝倉をけん制いたしました。武田家にとって本願寺は生命線に他なりません」

「儂としたことが見誤っておった」

「伊勢守が京で色々と探りを入れておりました。こちらは伊賀者を使っておりますれば、素姓が知れる心配はございませんが、こちらの仕掛けを伊勢守が知り、伊勢守から菊童丸様、菊童丸様から所司代様に伝わったと考えれば、納得も行きます」


やはり、一枚噛んでおるのは伊勢守か!


木沢長政が裏切れば、幕府も寝返る。


綱渡りだな!


「弾正忠」

「ご安心を! 河内には伊賀者を多く雇入れて放っております。火遊びなどさせませぬ」

「(管領)晴元に火遊びをする度胸などあるものか!」

「その通りでございます」


火遊びは火遊びだから木沢長政の心を揺さぶるが、火が付いてしまえば一向一揆という業火は(管領)晴元自身も焼き尽くす。


そんな度胸は奴にない。


些細な残り火ですら恐れる男だ。


だから、一度でも裏切った儂や木沢長政を信じられない。


「弾正忠、仕込みはどうなった」

「ほぼ完了しました」

「どうやらきな臭くなってきた。そろそろ幕を降ろそうか」

「それがよろしいようで」


孫次郎(長慶)の瞳が怪しく燃えるのを誰も気づく者はいない。


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