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第三十三章 堕天

※15禁扱いとします。



 家に帰ると。

 居間に通じる扉から、何か開けてはいけないオーラのようなものが漂っていた。

 新婚生活三ヶ月目。

 特にこれといった波風もなく、浮気などもちろんしていないし、過去に付き合っていた女などいないし、仕事も順調。

 だが。

(この空気はマズイ……)

 長年の付き合いから、彼女が扉越しからも怒りのオーラを発しているのがわかる。

 今日は実家に避難しよう。

 そう思って玄関に引き返すと。

「瑚太朗君?」

 背筋が凍るような声が掛けられた。

「どこ行くの? 君の家はここでしょ?」

「…………。小鳥さん。何かあったのなら謝ります。謝りますので、どうかその怒りを静めて下さい」

 土下座する。

 何だかよくわからないが、先に謝っておいたほうがいい。

 見栄とかプライドとかこの際無視した。

 頭を下げている瑚太朗の目の前に、バサバサと箱とか服とかが落ちてきた。

 それを見た瑚太朗は真っ青になった。

 実家から持ってきてしまったもの。

 エロゲとかメイド服とか大人の玩具の類だった。

(なんで処分しなかったんだ……?)

 きっと、まるで、考えていなかった。考えようともしなかった。それほど自分の一部になっていた。

「ふしだらNG」

「すいません、すいません、すいません!!」

「どこでこんなの買ったの?」

「それはその……。いろんなルートで」

「なんで?」

「すいません、すいません、すいません!!」

「なんで、って聞いてるの」

「えっと、その……。小鳥に使ってみたくて」

 口から出任せだった。

 実はエロゲ用玩具。メイド服はコレクション。フィギュアは難易度高くて無理だった。

 本当のことなどとても言えない。

 そう思っておそるおそる顔を上げると。

「…………」

 小鳥は顔を真っ赤にして口を噤んでしまった。

 思わず呆然となる。

 これはどう見ても……。

(使い方、知ってる……?)

 としか思えなかった。

「……小鳥っ!」

 抱きしめる。

 棚からぼた餅とはこのことか。

 まさか小鳥に使える日が来ようとは思ってもみなかった。

「早速試そう。まだ後ろの穴、試してなかったよな?」

「ちょおおっっ?!!」

「バイブは最大にはしないから。あとこの勝負下着もつけて。ガーターもあるし」

「離してぇぇぇっっ!!!!」

 小鳥を小脇に抱え上げ、寝室へと向かった。

 その晩は、小鳥のひっきりなしの喘ぎ声が途切れることがなかった。






「遅くなってごめん。……篝?」

 魔法瓶にコーヒーを入れて戻ってみると。

 いつもの定位置にいるはずの篝の姿がなかった。

 珍しいこともあるものだと辺りを見回す。

 すると。

 ひらひらと瑚太朗の目の前に手紙のようなものが落ちてきた。

「……なんだ?」

 封蝋の押印がしてある。

 四隅に金箔の飾り。見るからに立派な封書。

 表書きに、自分の名前が。……キリル文字、だろうか。

「いや……これ……ラテン語?」

 かろうじて『てんのうじこたろう』と読める。

 どこから届いた手紙なのか。

 明らかに篝の仕業のようだが……。

 とりあえず開けてみることにした。

「…………。読めません」

 すべてラテン語だった。

 おそらく人間にも読めるように書いてくれたのかもしれないけど。

 せめて日本語にして欲しかった。

 仕方ない。

 ほんの少しだけ知力を上げてみる。

 ……出来た。

 出来たと同時に、少しわかった。篝は古代文字が好きらしい。おそらくは言語学修辞法の分野にあらゆる可能性が含まれるから。

 ラテン語はほぼすべての言語に通じる部分がある。日本語や一部の未開地言語ではそれ独自で到達したある種の完成度がある。

 まあ、それはどうでもいいとして。

 手紙を読むと、それは招待状のようだった。

 ちはやの家でお待ちしております、とある。

 最上のおもてなしをご用意致しますと書いてあるが……。

「どういうことだ?」

 篝が自分をもてなす。

 想像がつかなかった。

 今まで尽くしたお礼でもしてくれるということなのか。

 いや、それはない。

 そんな人間らしいこと、篝がするはずがない。

 ではこれは一体……。

「……行ってみるしかないか」

 たとえ罠でも、篝なら。

 騙されてみるのも一興かもしれない。

 何となく心が躍った。






 まず出迎えてくれたのは。

 ちはやの家の周りをとりまく薔薇の花。

 それは見事に咲いていた。……あの草ぼーぼーの荒れ果てた庭が。

 一面、薔薇の花で埋めつくされていた。

 そしてそれがまた、洋館に見事に合っている。

 見るからに――。

「殺人事件でも起きそうだ……」

 なんかそういうゲームをやった気がする。うみねこがなんとか。縁起でもない。

 そしてこういう庭には、確か薔薇の世話をする美少年がいて……。

 いや。

 美少女がいた。

「篝……?」

 一瞬、誰なのかわからなかった。

 本当にあのゲームにいた美少女メイドかと思った。

 つまり。

 メイド服を着た篝がいた。

「篝、……なのか?」

 篝は薔薇の手入れをしていた。

 おごそかなメイドの衣装。それほど露出度は高くないが、高貴な雰囲気を醸し出している。

 まるで切り取った一枚の絵のような立ち姿。

 その姿に思わず見とれた。

 そして瑚太朗を見ると。

 ドレスの裾をつまみ。

 軽く会釈をして。

 片足をつま先立ちにして。

 お辞儀をした。

「…………」

 言葉も出なかった。

 まさかこういう趣向だとは思いもよらず。

 メイド服を着た篝の姿に。

 ただただ――見とれていた。

「……」

 篝はまるでエスコートするかのように、館のほうへどうぞ、と手招きをした。

 ふらふらと吸い寄せられるように導かれる。

 足が地に着いてないかのような浮遊感。

 彼女は微笑みながら、瑚太朗を玄関へと案内した。

(なんなんだ、一体……?)

 わけがわからない。

 篝は静々と歩いていた。

 その後姿はどう見ても、お屋敷に勤める熟練されたメイドそのもの。

 おそらくは枝世界のどこかからその知識を得たものだろうけど。

 何がしたいのか、何が目的なのか、さっぱりわからなかった。

 だが――。

(こういうの……なんか……興奮する)

 つまりはそういうことだった。

 こういうシチュエーションに弱い。

 しかもそれが好きな女が演出してくれているのだから、余計に。

 メイド服の篝。

 それだけで眼福の思いだった。

(いかん……)

 顔がにやける。

 そんな場合かと思うが。

 この篝をベッドに押し倒して恥ずかしい格好をさせて喘がせて……。

 煩悩が消えない。

 どうすればいいのかわからない。

 瑚太朗は複雑なのか幸せなのかわからない顔をしていた。






 ちはやの家にこんな広いホールがあっただろうか。

 長いテーブルにたくさんの椅子が置かれ、シャンデリアのある食堂。そのテーブルに用意された銀の食器とナプキン。

 篝の手で椅子を引かれ、そこに腰掛ける。一人しかいないディナーではあるが。

 彼女は手ずからスープを注ぎ、そして次々と食事を運んだ。

 その洗練された仕草に、味などわかるわけもなく、ひたすら見とれていた。

 篝はずっと微笑んで瑚太朗を見ていた。

 もう食事などどうでもいいから彼女を抱きしめたかった。

 だがこの厳かで静かな時間を壊すのももったいない。

 せっかく篝が作ってくれた初めて過ごす奉仕されている時間を。

 心ゆくまで味わっていたかった。

(それにしても……)

 どこからデザインした衣装なのだろう。黒い丈の長いドレスにあしらったレースの縁が金色に輝き、カチューシャはリボンとレースを見事に組み合わせた豪華なもの。そして篝の腕のリボンがメイド衣装によく合っていて、どこから見ても素晴らしいとしか言えなかった。

 メイド衣装など、エロゲ知識しかなかったからよく知らなかったけど。

 本来はこういうものであり、主人のために尽くす職業が本分である。

 それをこうして思い知ることになるとは。

 昔の自分に言ってやりたい。

 おまえは本当にそれを望むのかと。

(今さらだが……)

 篝がコーヒーのお代わりを持ってきた。

「いや、もう十分だよ。ありがとう」

 手でさえぎると、篝はにっこりと会釈をして、茶器をカートに下げた。

 お辞儀をしてそのまま立ち去ろうとする篝の手を引っ張る。

 もう我慢することなど出来なかった。

「……!」

 そのまま自分の胸の中に抱きしめる。

 篝の身体から、微かに薔薇の香りがした。さっきまで手入れしていたからだろうか。

 それがさらに興奮を呼び覚ます。

 彼女を背後から抱きしめ、服の上から胸に手を伸ばした。

 身じろぎする。

 うなじが微かに色づいていた。

「篝……」

 彼女の感じる肌の部分を吸い上げる。どこを口づければ反応するかすべて知っていた。

 微かな吐息。

 衝動に突き動かされるまま、顔をこちらに向けさせた。

 篝が望んでいた。

 伝わる――。

 口づけは。

 優しく触れ、そして、次第に嵐のように荒々しく、貪り合うほどに激しく。

 互いに互いを求めあった。

「……っ、……ぁ……」

「篝……」

 微かな吐息の中で。

 初めは耳の錯覚かと思った。だが。

 次第にその音は、確かな意味を持って、瑚太朗へと届いた。


「……瑚太朗……」


 最初。

 何を言っているのか、わからなかった。

 それが自分の名前だと。

 やっと理解した途端――。

 瑚太朗は、……瞬きすらできずに、篝を凝視した。

(うそ……だ……)

 手が、震える。……心が、凍りつく。

 赤く色づいた篝の顔を、瑚太朗は、一瞬で醒めた興奮など置き去りにして。

 ひたすら信じられない思いで見つめていた。






to be continued……


某少女漫画のタイトルではありません。念のため。

この話の場合ですと、篝が地に堕ちたという意味です。

どういう意味なのかは次回に。ちょっとそこまで話を持っていけませんでした。

ちなみに次回は18禁になります。

今までの比ではない激しさです。文章自体は長くありませんが。あらかじめ断っておきます。

うみねこのなんとかは、ご存知の方も多いでしょう。有名なノベルゲーです。アニメにもなりましたね。

好きなキャラはベアトです。といってもいろんなベアトがいますが、そのどれもみんな可愛いです。

では、次回もよろしくお願いします。

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