第三十六章 収束
思い出は十分もらった。
数え切れないほどの。
数多の世界で巡りあった人々。愛し合った人。――そして。
生きる意味を与えてくれた人。
二人の――篝。
どちらも同じくらい大切な存在だった。
彼女達のおかげで。
自分の中に欠けていたものを取り戻せた。
感謝という言葉ではあらわせないほど……なくてはならない存在になった。
だから。
(守りたい……)
後悔はしない。
たとえ永劫の孤独の中に閉じ込められても。
この想いを、彼女を、守れるのなら。
何があろうと怖くない。
勇気はもう十分もらったのだから。
あとは……。
突き進むだけ。
未来は、――白紙が待っている。
「……ようやく目が覚めましたか」
自宅のベッド。
そこに両手両足を縛りつけられた朱音が、意識を取り戻すと同時に瑚太朗を見上げて目を見開いた。
ちなみに簡単には外せないようアウロラを使って補強してある。
朱音の命を使った人間ではあるが。
彼女の自我はカオスの領域に属している。こうして見下ろして観察するとつくづく思い知る。……これは人間ではない。
自分と同じ存在だ。
肉体は生命でも、精神は別の思念体とでも呼ぶべきもの。生命ではない精神体。おそらく自分以外にこの存在を理解することは不可能だ。
ゾッとする。
これと同じ存在かと思うと。
だがある種の共感もあった。
自分と同じ存在だからこそ決断できたともいえるが。
躊躇いなど微塵もなかった。
ブレードを喉元にあてた。
「知ってることを全部話してもらう」
「……どうやって意識を?」
「簡単なことだよ。あなたは俺ほどの事象素子がないから必ず反復行動をする。つまり一定の周期軌道内行動をすることにより事象密度を高める。俺がやったことをあなたも繰り返すだろうから、先手を打ったまでだ」
「此処が……収束地点だと」
「そういうことだ。罠を仕掛けておいた。可能性世界に跳躍しようとしたら此処に事象移動するように」
朱音は顔を歪めた。
同じ手段を取ろうとするからだ。迂闊としか言いようがない。
朱音が行動を起こすのはわかっていた。
篝の崩壊を阻止した今のタイミングなら――。
必ず移動しようとする。
だからただ待っているだけで良かった。
「……さて。もう訊かなくてもだいたいわかるが、ぜひあなたの口から聞かせてもらいたいね」
「……なんのことかわからないわ」
「同じ口調を真似るのはやめろ。そうやって煽っても無駄だ。聞かせてもらおう。篝の回復手段。――あれは誘導だったんだな?」
「…………」
「確かに嘘はついちゃいないが、本当の目的は別のところにあった。篝と快楽を共有することで俺の虚数波動が励起される。それを篝の深層意識――集合的無意識に流入させるのが目的か」
「……勘違いしてるようだけど、それはおまえの本来の目的でもあるのよ」
「高エネルギー粒子体に埋め込んだ崩壊因子が展開・現象化した存在――が俺だろ?」
朱音の表情が固まった。
そこまで気づいているとは思っていなかったらしい。
ブレードを頬に近づけ、皮膚を少しだけ切り裂く。
「なあ、朱音さん。……やり方が回りくどいんだよ。時間なんてかけて手間かけてるから、俺に自我なんて芽生える。事象密度なんて高めないでさっさと篝のもとに送りこんでおけばこんなことにはならなかった。――ああ、そうか。篝の編み出す可能性世界。そのエネルギーポテンシャルが最大になるタイミングを待ってたわけか」
それとも。
と、彼女の顔を覗きこみながら冷酷な表情で告げる。
「生命の持つ性質――変化に対する反応が早く、反撥が起こりやすい――これを恐れてのことか。篝の攻撃に耐えられるほどの現象収束。いわば俺の変性意識を高めるためもあったと」
今ならわかる。
あれほど何度も篝に殺され、疲労も精神崩壊も起こらなかったのは、数々の可能性世界を渡り歩いたことによる高密度の事象素子が意識と現象を分断していたから。
いわばサブリミナル効果が発生していた。これしか篝に接近する方法がない。
それほど彼女の生命としての変化に対応する反応は早かった。
まして崩壊因子を抱えこんだ自分が、正体を隠しているとはいえ接触することは困難を極める。
つまり。
生命を攻撃しようとすると防御作用が働くため、慎重の上に慎重を重ねて、篝に自己崩壊因子を組み込む必要があった。
すべてそのための布石。
篝への性行為も。……だが。
「残念だが、慎重すぎた。俺が人間だってことを、どうやら忘れたようだな。人間は一人じゃ生きていけない弱い存在なんだよ」
だから篝に惹かれた。
彼女に会うのが必然なら、惹かれるのもまた必然だった。
「篝に埋め込んでしまった崩壊因子は、もはや完全に消去することは出来ない。遅かれ早かれ、彼女は生命としての機能を完全に失う。それも俺がここにいればの話だ。つまり」
朱音の喉元にあてたブレードを変形させた。
自らの喉元にも突き刺さるように刃を二つにした。
これで同時に命を絶てる。
「この世界から俺とあなたが消えれば、崩壊因子はエネルギー供給源を失ってやがて消滅する」
「……っ!」
「信じられないって顔だな?」
「そんなこと出来るわけが……っ!」
「此処がどこか、忘れたか?」
「…………。まさか……」
「そう、因果の収束地点だ。俺とあなたの二つのエネルギー密度があれば因果律の基点に到達することも不可能じゃない」
むしろ。
朱音がいなければそれは不可能だった。
自分一人だけではあの渦に行けるだけの事象ポテンシャルが不足するが、自分と同じ存在の朱音がいてくれたおかげでそれも出来る。
感謝したいほどだった。
この生命発生の原点を守れるチャンスを与えてくれたことを。
「そんなことをすれば、……おまえは永遠に因果律に閉じ込められるのよ?」
「それがどうした」
「……っ」
「安心しろ。あなたは俺が責任もって存在ごと消滅させて持っていってやる。意識の欠片も残さないから何も心配する必要はない」
「おまえは……っ!」
「まだわかってないようだな、朱音さん。人を好きになるってのは……理屈じゃないんだ」
魂から。
彼女という存在に出会えたことを感謝する。
永遠に――愛している。
「別れは言わない。あなたの存在は俺そのものだ。……これで、終わりにしよう」
二人が同時に刃で命を絶った瞬間。
世界は――。
収束した。
to be continued……
次回「階の果て」。
BGMはまらしぃさんの「蠍火」をリフレイン状態で書きました。
テンションあがりますね、この曲。すまらしい。
では、ご期待下さい。




