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第二十七章 永訣

※15禁扱いとします。



 ちはやの家を借りた。

 本当は自分の家でも良かったのだが。

 出来るだけ篝の身体の負担をなくそうと考えていたら、いつの間にかちはやの家の前に来てしまっていた。

 数多の世界で。

 彼女の家で過ごした日々が一番安らいでいたのを思い出す。

 ちはやの部屋の柔らかなベッドが、夢見心地のような暖かさを齎してくれていたことを。

 ……さすがにそこを使うわけにもいかず。

 自分が使っていた客用寝室でも十分なような気がした。自分の部屋のベッドより数十倍気持ちいい。

「篝……」

 彼女に包まれながら、まるでぬるま湯に浸かっているかのような安らぎを感じていた。

 肉欲はとうに失われている。

 身体的には枯れているわけではないけれど、あまり性欲はなかった。

 だから篝を高めることだけを考えることが出来た。

 中を掻き混ぜながら、少しずつ身体に触れ、敏感なところを探っていく。

 篝が熱い吐息を漏らすたびに。

 彼女に光のような生命力が瑞々しく蘇っていくのを見つめていた。

 それを見て不思議に思う。

 生命として彼女は自分に比べて遥かに高い次元の存在だ。

 進化の最も高度化・最適化された状態ともいっていい。

 それなのに。

 こうして身体を繋げる性的行為が、なぜこうも彼女を美しくさせるのか。

 ただの繁殖行為にすぎないはずなのに……。

(それだけじゃ……ないんだろうか)

 篝の一番奥を突くと、痙攣したように何度も達した。達した部分をさらに抉るように掻き回す。

 立て続けの絶頂に身悶えしつつも、さらに貪欲に求めるように脚を絡めて縋りついてくる。

 求めるだけ与えていた。

 いくらでも与えたかった。彼女が生きていられるのなら。

 性的興奮はなかったが、あえて体液循環機能を高め、精液に命の欠片を込めて彼女に注いだ。

 それ以外にも、発汗や唾液、体液のすべてに自分の持てる限りのオーロラを変換して彼女を満たしていく。

 それは愛し合うというより、ただの医療行為のようなものだった。

 残念なのは……。

 生理的な射精感があっても、心理的な絶頂にはなかなか至れないことだった。

 本当なら篝と繋がるだけで時をとめてしまいたいほど幸福な瞬間なはずなのに。

 高められた知力と人間性を失った自身の行いが、今さらながら悔やまれる。

(今さらそんなこと言っても、どうしようもないしな……)

 そうでもしなければ彼女には届かなかった。

 だから。

 彼女が素直に快楽に身を委ねているのを見て、羨ましく思った。

 遥かな尊い存在。

 それが生命の営みで命の輝きを取り戻して、彼女を美しく染め上げている。

 自分には遠く及ばない、何か秘められた世界の謎のようなものが、篝という存在から感じられた。

「篝……。少し、休むか?」

 十数回程交わりを続けて。

 そろそろ疲れているのではないかと思い、声を掛けてみた。

 我ながらよくスタミナが続くものだと思う。

 彼女も相当なものだったが。

「……」

 篝は瑚太朗を見つめ、まだやれるとでも言うかのように口づけを求めた。

 それに応じつつ、瑚太朗は内心困ったように苦笑を漏らす。

(嬉しいけど……)

 少し休憩を挟んだほうが、もっと続けられそうな気もする。

 篝は一度始めたことは、最後まで貫き通す意地のようなところがあった。

 そうでもなければ、命の理論など紡ぐことは出来ないのかもしれないが。

「喉……渇いてないか? 何か持ってきてやるよ。何がいい?」

「……」

「いや、やめるわけじゃないから。ちゃんと続けるって。ほら、篝だって喉が少し枯れてきてるだろ?」

 言われて気づいたのか。

 篝は身を起こして、自分の喉に手を当てた。

 少し咳をしていた。

「あれだけ喘がせたから……まあ、その、俺のせいだけど。だから何か持ってきてあげるから、欲しいものがあれば」

 篝は、なんでもいい、とでも言うように目配せをして瑚太朗を見つめた。

 言葉はなくても言いたいことはだいたい伝わるようになっていた。

「わかった。適当に見繕って作ってくる。少し待ってろ」

 ベッドの下に投げ捨ててある服を拾って着替え、篝には寒くないように毛布をあてがった。

 もっともこの世界に気温などないなら、裸でいても風邪などひく心配はないけれど。

 篝を見る。

 肌のあちこちに瑚太朗が残した痕が色濃く見え、精液と体液で汚れていた。

 これは……少し可哀想だった。

 ついでにタオルとお湯でも持ってきてあげよう。

 なぜかここは水道や電気が使え、インフラが通っている。どういう原理なのかよくわからないが。

「少し寝てていいからな」

 一言かけ、部屋を出た。

 疲れているようには見えなかったが、身体には相当の負担がかかっている。なぜ疲れないのか不思議だった。

 生命力が戻ってきているからなのか。

 しかしそれでも度重なる絶頂で生命力にも影響を及ぼしそうな気も……。

(わからん……)

 生命の神秘か、篝ゆえの特質か。

 いずれにしろ普通の人間とは違うわけだから、何があろうと不思議ではない。

 そういう存在に惹かれているのもまた事実で。

 少しだけ笑みを浮かべながらキッチンへと向かった。

「……え?」

 ダイニングテーブルの上に。

 淹れたばかりの暖かい紅茶が置かれていた。

 本当にたった今作られたかのように湯気が立ち昇っている。

 ガスレンジを見たが、使われた形跡はない。

 ならばこれはどこから出現した?

「…………」

 途端に警戒する。

 神経を研ぎ澄ませて集中する。

 この家にはちはやの気配しかないはずだ。

 確かそれはリビングに置いてある、彼女が大切に持っていたネックレスに込められていた。

 そしてもちろん自分は彼女を蘇らせたりなどしていない。

 ならば……。

「またかよ……」

 今度は誰だ。

 これ以上呼び寄せたりなどしたら、今度こそ本当に篝が危険になる。

 気配はリビングからしていた。

 わかる。自分にしか感じられない気配。虚数領域の波動。それがリビングにいる。

 いつ……呼んだ?

 瑚太朗は篝と共にこの家に来る前に、大脳辺縁系の一部を無覚醒状態にしておいた。無意識を一時的にシャットダウンさせようとしたのだが、もしかするとそれが心理的な負荷となり、絶頂感が得られなかった原因かもしれない。

 だから現れるはずがない。

 もし来るとするなら……。

(俺の無意識ではない、何か)

 この世界には未知のエネルギーが拡散している。それが寄せ集められたのかもしれない。

 なぜそこまでして自分の前に現れる?

 何か伝えたいことでもあるというのか。

「……話を聞いてやろうじゃねえか」

 こっちにも言いたいことがある。

 すでに今宮には言ったが、それくらいでは収まりがつかない。

 篝を危機に曝した。その報いは受けてもらう。

 瑚太朗はいつでも殺れるよう、研ぎ澄ませたオーロラを右腕内部に引き寄せた。

 もし……あいつなら。

 とても太刀打ちできない。

 だが殺るしかない。

 覚悟を決めてリビングの扉を開けた。

 そこにいたのは――。

「瑚太朗」

 優しく微笑みかけてくる懐かしい顔。

 鳳ちはやだった。

「なんで……おまえが」

「なんでって、ここ、私の家ですよ?」

 ちはやの命の欠片であるネックレスは、やはりリビングの机の上に……なかった。

 つまり。

「おまえ……ちはやの命を」

「ええ、使いました」

 こともなげに言った。

 前の朱音のときもそういうことだったのか。

 彼女たち……正確には瑚太朗のもう一人の自我ともいうべき存在は。

 この世界に僅かに存在していた瑚太朗の縁を持つ人たちの命を使い、実体化した。

 つまり朱音も、目の前にいるこのちはやも。

 もうすでにこの世界からは消滅したということになる。

 二度と蘇らせることも出来ない。

 悔しさで思わず涙が出た。

「何を泣くんです?」

 ちはやの声で、不思議そうに問いかける。

 それは瑚太朗の心を抉るには十分すぎる残酷さだった。

 ブレードを出す。

 もはや躊躇はなかった。

「それで私を斬るんですか?」

「ああ」

「せめて現れた理由くらい、聞いてくれたっていいじゃないですか」

「聞く必要などない」

「いいんですか? 上で寝てるお姫様を助ける手段を、聞き逃すことになっても」

「なに……?」

 その言葉に目を見開くと、ちはやの姿をした者は、くすっと意を得たかのように笑った。

「やっぱり。瑚太朗は優しいから。好きな人のためにちゃんと動いてくれるんですね」

 この女……。

 明らかに瑚太朗の思考を読んでいる。

 前の朱音のときも、今宮のときも。

 それは瑚太朗自身であるが故の意識の簒奪にも等しい行為だった。

「少し好き勝手しすぎなんじゃないのか」

「何がです?」

「やっていいことと悪いことがあるだろう。俺の心は俺だけのものだ。思考を奪うような真似はやめろ」

「あなたは、私なのに」

「ちはやの声でそれを言うな!」

「だって仕方ないです。こうでもしないとあなたに会えないから。……瑚太朗。あなたは私たちを敵だと言った。でも私たちにとってあなたは大切な存在。とても大切な存在なんです」

「知ったことか」

「あなたはわからないかもしれないけれど、ここにあなたがいるのは、奇跡が積み重なった結果なんです。その奇跡を大事にしたい。だからあなたの意志を尊重します」

「どういう……意味だ」

 瑚太朗は警戒感を露にした。

 言ってることがまるで信用できない。

 彼女たち……いや、正確にはもう一人の自分は。

 この世界にいるだけで生命を危機に陥れている。

 そもそもこの世界に存在など出来るはずもない。事象干渉でも起こさない限り。

 事象……干渉。

 まさか。

「俺に……因果を集約させたのか」

 数多の世界で、鍵と関わりを持たせるよう仕向け。

 鍵に対する反存在の役割を因果的に背負わせた。

 そしてこの世界でよみがえったことで、それが篝への攻撃手段となった。

 生命に干渉するには、回りくどいが、そうすれば最も効果的に生命を滅ぼすことが出来る。

 篝はすべての生命の意思そのもの。

 彼女を殺すことが、すなわち――生命という存在の抹消。

 それがもう一人の自分の目的だった。

「なぜ……そこまでして……」

「そんなの決まってるじゃないですか。この宇宙をこれ以上拡散させないためです」

 ちはやの言葉とも思えない。

 いや、彼女はちはやではないけれど。

 当然のように言うそれは、あまりにも冷徹な、事務的ですら感じられる言葉だった。

「拡散することのどこが悪い!」

「……はあ。何もわかってないんですね。生命は異分子なんです。もともと宇宙は冷えて均一された状態だった。きっかけはわかりませんが、何らかの原因でそれが爆発、拡散。そして不確定要素による生命の発生。放置なんて出来ますか?」

「その先どうなるかなんて、誰にもわかるわけないだろ!」

「計算してみてください。熱的拡散は、相乗効果で累積していきます。それがどうなるかなんて、考えるまでもないでしょう。再び宇宙が爆発しても構わないと?」

「それが自然発生的な流れなら仕方ないだろう!」

「瑚太朗。あなたは生命であるけれど、あなたの本質はそれを仕方ないでは済ますことが出来ない定義があるんです。それはあなたの本質そのもの。わかって欲しいのは、それを自覚して下さいということです」

「自覚なんてするかよっ!!」

 もうわかってる。

 ちはやの言葉はすべて自分の思考そのものだった。

 だけど反発せずにはいられない。

 それを選べば篝を見殺しにすることに繋がるのだから。

 篝だけでいい。

 すべての命が滅びても、篝さえいればいいと思う自分。

 それは。

 自己に内在する本質とも通じるものがあった。

「……篝を助ける方法があると言ったな」

「ええ、言いました。ちゃんと覚えててくれたんですね」

「ふざけるな。おまえが言った通りならそれは矛盾している。助けるといって本当は見殺しにする手段なんじゃないのか」

「さすが瑚太朗。簡単には信用してもらえませんか。……そうですね。本当に助ける手段ですけど、果たしてあなたにそれが出来るのかどうか、ちょっと疑問になりまして。あえて矛盾させてもらいました」

「……いいだろう。聞いてやる」

「話がはやくて助かります♪」

 ちはやの姿を借りた者は、制服のスカートを翻して嬉しそうに背中に手を組んで微笑んだ。

 彼女が本当に嬉しいとよくこういう仕草をしていた。……いちいち再現される記憶に腹が立つ。

「簡単に言うと、今あなたがやってる行為です。彼女に生命力を分け与え続けていれば、たとえこの世界の生命エネルギーが分散・減少しても、彼女がすべて集約出来ます。それほどの力を持っている存在ですから」

「それのどこが不可能だと……」

「ふふ。瑚太朗、あなた、上行性網様体賦活系を切断しましたね? 無意識媒体を引き寄せないようシャットダウンした。それによって生じた負担、すなわち快楽系パルスの欠如。これがある限り、あなたは彼女と共に達することが出来ない」

「JKが言う台詞じゃねえな」

「ほっといてください。あなたは私なんですから。で、ここからが問題です。生命発現現象ともいうべきあなたの能力。これは何によって喚起される力ですか?」

「……意志の統合だ」

「ぴんぽーん。それ、彼女にも当てはまります。物理的な生命力授受だけでは不完全なんですよ。精神的な意志統合がないと本来の意味での回復には繋がりません。つまり」

「快楽系神経を開放しろと?」

「そういうことです。あなたのお姫様はあなたと共に快楽を感じたいと思っています。まあ、擬似精神愛とでも呼ぶべきものですけど。肉体的な繋がりによる」

「それ以上言うな、篝を冒涜している」

「あらら、そうですか。どうも失礼致しました。……で、どうですか。あなたの無意識領域を開放することになりますけど」

「…………」

「言っておきますが、そこから私たちが現れているわけではありませんよ。あなたは一度放出している。その余剰エネルギーを使っているに過ぎません。開放したからといって、再び流出するかどうかといえば、それはあなた次第です」

「俺の……感情次第ってことかよ」

「まあぶっちゃけるとそうです。下手に感情なんて揺り動かすとどうなるかは身に染みて理解したはずですが」

 痛いところを突く。

 だが、実際そうだった。何もわかっていなかったとはいえ、因果の収束ごときで動揺して絶望した。

 本当の問題はもっと別のところにあったのに。

「仮に開放したとして。それはおまえらの得に繋がることになるのかよ」

「ですから、あなた次第だと。私達はあなたの意志を尊重します。最初にそう言ったはずです。あなたは私。あなた自身で決めて下さい」

「……じゃあ、もう遠慮することはないな」

 瑚太朗は。

 ちはやに向かってブレードを出し、一瞬で袈裟斬りにした。

 頭蓋から胴に向けて真っ二つに割れて血飛沫をあげる彼女を。

 ただ黙って見つめていた。

「おまえは俺だ。……いつか報いをするのなら今みたいに一瞬で息の根をとめろ」

 そうやって殺されてしまいたかった。

 ちはやの肉体は、半分に割れ、内臓も骨も剥き出しになったまま床に転がり。

 そして、やがて消滅した。

 これはちはやではないが。

 肉体はちはやそのものだった。

 知らず、涙が零れた。

「こんな結末……見たかったわけじゃない」

 ちはやとは、生涯穏やかに暮らしていた。

 その思い出だけで十分だった。それなのに。

「篝……」

 彼女に会いに行こう。

 そして。

 本当の意味で助けてあげないと。

「そういえば、……紅茶、冷えちまったかな」

 ぐすっ、と涙を袖で拭いて、キッチンへと向かう。

 涙はなかなか拭いきれなかったが、足取りはもう迷いがなかった。






to be continued……


ちはやとの永遠の別れです。(あと朱音さん。いまみーは別の命扱いなのでノーカンで)

迷ったんですけど、これないと先に進まないですし……。

もう一人の瑚太朗の目的を明らかにしたかったので、オカ研メンバーには犠牲になってもらいました。

残りの小鳥・静流・ルチアについては検討中です。

瑚太朗の行動次第ですね。彼女たちに因縁をどれだけ持てるか。

今回の場合、ちはやの家に行ったのがそもそもの因縁です。

今後彼にはもっとたくさんの試練を負ってもらいます。

最終的には悲恋なので、そこまでもっていけるよう、頑張ります。

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