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第二十五章 因子



 それはガーディアンの訓練期間中のことだった。

 一人でストレッチをしていた瑚太朗の頬に、冷たい缶ジュースが当てられた。

「つめてっ!!」

「気ぃきかせてやったってのに」

 見上げると今宮が歯を見せながらニカッと笑いかけてきた。

 嫌な予感に顔をしかめる。

 こいつがこんな顔をしてるときは碌なことがない。

 瑚太朗は頬に当てられた缶を手で払い退けた。

「いらねーよ」

「たく、可愛げのねーやつ」

 プシュッ、と缶を開ける。

 その場で飲み、なかなか立ち去ろうとしない。瑚太朗は腰をあげて今宮から背を向けた。

「ちょ、どこ行くんだよ!」

「おまえのいないとこ」

「おまえさあ。コミュ障かっての。どうせ暇なんだし、少し付き合えよ」

「安心しろ。コミュ障なのはおまえだけだから」

「口の減らねーやつ。知ってっぞ。草薙と揉めたんだって?」

 瑚太朗は内心ギクリとしたが、険しい目で睨みつけた。

 ……誰が漏らした?

 あのことを知るのは自分と草薙以外にはいないはず。

「……なんのことだかわからないね」

「とぼけんなよ。草薙鏡花、辞令が出てここから出るそうじゃねえか。表向きは能力の喪失って話だが……」

「…………」

「原因をきいたらおまえに聞けばわかるって言ってたそうだぜ。何か揉めたと思うのは当然だろ」

「だったらなんだよ」

「そりゃあ原因そのものである天王寺君に聞いてみたくなるのは当たり前の」

「草薙と寝た」

「……はぁ?!」

「言葉の通りだよ。あいつと寝たら次の朝にはあいつの能力がなくなってた。言っとくがあいつから誘ってきたんだからな。俺の責任じゃない」

 今宮は開いた口が塞がらないといった顔をしていた。実際、口を開けて間抜け面をしていた。

 下手に好奇心なんて突くからだ。

 もう話はないとでもいうかのように立ち去ろうとする瑚太朗の手を、今宮は掴んだ。

「ちょっ、おい、待てよ! そりゃあいつがおまえに色目使ってたのは知ってたけど……!」

「知ってたなら別に驚くことじゃないだろ。離せよっ」

「おまえわかってんのかよ?! それ上に報告しなきゃマズイだろ! そもそも草薙の人生狂わせたのだっておまえが」

「俺の人生は俺が決める!」

 瑚太朗のはっきりした声が訓練施設全体に響き渡った。

 皆の視線が一斉に集まる。だが構わず声を荒げた。

「人の人生なんて知ったことか! 俺に関わったあいつが悪い。報告するなら勝手にしろ。そもそもそれが原因かどうかなんてわかるもんか。今宮、おまえだって」

 手を振り払う。

 瑚太朗は憎しみすらこめた目できつく睨んだ。

「俺に関わると碌なことにならないのは知ってるだろ。だったらもう構うな」

 それ以上顔を合わせたくなくて、その場から立ち去った。

 瑚太朗はこの時。

 背後で佇む今宮が恐れすら感じる表情でいたことに気づいていなかった。







 ――気配。

 それは突然現れた。

 すぐにピンときた。朱音のときと同じ。進歩がないと思うと嗤いがこみあげてくる。

 瑚太朗は目の前で理論を紡ぐ篝を見つめ、しばらくは大丈夫だろうと思って立ち上がった。

 彼女に引き合わせたくはない。できれば遠くで。

「……篝。少し離れる。だけどすぐ戻るから待っててくれ」

 篝は少しだけ顔を上げると、一度だけ瞬きをした。

 そしてすぐに指を辿る。

 もう大丈夫。彼女の集中力が戻っている。心身的にも落ち着いているようだった。

 ……さて。

 今度は一体誰なんだ。

 もう誰が来ても驚かないが、さすがにこう何度も来られると頭にくる。

 体内の命の欠片を引き寄せる。

 いつでもオーロラを出せるように準備だけはしておくことにした。

 もし――あの人なら。

 不意打ち覚悟じゃないととても太刀打ち出来ない。出すのは一瞬。それ以上の時間はかけられない。

 気配は次第に近づいてきていた。

 丘を降りる。

 森の中。……木々の隙間。

 そこから見える人影に、一瞬唖然とした。

 思ってもいない人物だった。

「……今宮」

「よお。天王寺」

 今宮新。

 瑚太朗のガーディアン時代の同期で同じチーム。そして犬猿の仲。

 なにより。

 彼は記憶を失った瑚太朗をずっと監視していた。

 好印象などもとより欠片もない。

 むしろ安心した。こいつなら何の躊躇もなく殺れる。

 死んだことを知ることもなく一瞬で首を落とすことだって今の自分ならば可能だった。

 だが……。

 ここに現れた意味を知りたい。

 こいつとの接点はほとんどといってなかったはずだ。

 仮にまた朱音が現れても、やはり殺すつもりだったが、むしろその方が躊躇いが出る。

 なのに。

 今宮の姿を取ったのは何の意味が?

「そりゃ、おめえ、忠告しにきてやったんだよ」

「忠告?」

 今宮は考えを読んだかのようにからからと笑いながら言った。

 こんな態度も瑚太朗が知る今宮そのもの。

 いや――知るからこそ、なのか。

「自分の役割を、まさか忘れたわけじゃねえだろ?」

「……なんのことだかわからないね」

「どっかで聞いたような台詞吐きやがって。とぼけたって無駄だ。おまえが実存意識を感じているのは知っている」

 瑚太朗は顔を上げた。

 無表情で今宮を見る。……やはり、こいつは。

 もう一人の自分だった。

「もっとわかりやすく説明してくれ」

「ほんっとにそういうところは相変わらずだな。すっとぼけやがって。……いいだろう。俺がこうして来たのも何かの縁だ」

「おまえと縁なんか持った覚えはないけどな」

「何度も可能性世界で邂逅してるだろ!」

「おまえが勝手に関わってるだけだ。言ったはずだ、俺に関わると碌なことにならないって」

「……。マジでムカついてきたわ」

「安心しろ、俺もだ」

 せめて。

 もう一度朱音でも現れてくれていたら。

 いや、この際贅沢は言わない。小鳥でもいい。でもいいって言ったらあいつ怒るかもしれないけど。

 瑚太朗はため息をついた。

 なぜ――本当になぜ。

 こんな男と縁など持ってしまったのか。

 自分のした行いが跳ね返ったツケとはいえ、もうため息しか出ない。

 どうする?

 殺すか?

 生かしておいたって何の得にもならない。

 だが。

 せめて現れた理由くらい知ってから斬ろう。そう思うことにした。

 今後また同じことが起こる可能性は十分にある。

 この世界にいる限り――そういう現象を抱えこんでしまったのは、他ならぬ自分だった。

「じゃあわかりやすく説明してやる。はっきり言うが、おまえは人間じゃない」

「どっからどう見ても人間だが」

「姿形はそうでも本質は違うってんだよ! わかってんだろ? おまえがどっからやってきたのか」

「さあ。生まれる前のことなんか知らないね」

「とぼけるなっつってんだろ! ……わかった、そうかよ。あくまで認めたくないってんだな?」

「違うね。もう認めてる。だからおまえが現れた。朱音のときは俺が絶望していたから。そしておまえの場合は」

 距離をとる。

 今宮はこう見えて油断のならない男だった。隙を見せればやられる。

 相手の攻撃範囲のギリギリ外側の位置まで後退した。

「俺に引導を渡すためだ」

「……ほう」

「篝と性交した直後のタイミングだ。おまえらはもう俺にとって敵なんだよ。何度現れたって無駄だ。俺の決意は揺るがない」

「それはおまえの本質を意味のないものにする行為だ。この世界に現れたのがそもそもの」

「俺の人生だ! おまえらの指図は受けない!」

 かつて今宮に言ったのと同じ台詞。

 だが、今は。

 もっと固い決意が込められていた。

 たとえ。

 己の本質と対立することになろうとも。

 篝を守る意志だけは死んでも貫いてみせる。

「……天王寺。いや、瑚太朗。おまえにとって生命とはなんだ?」

「生きる意味だ」

「おまえが生きている世界は、ここであってここじゃない」

「そんな知りもしない世界など興味はない」

「おまえは一度命を得た。だからこの世界に存在する。……だがな、そうしなければこの世界に干渉することができなかったからだ。必要なことだった。それはおまえが一番よく知っているはずだ」

「……はは」

「何を笑う?」

「だんだんボロが出てきてると思って。今宮はそんな喋り方をする奴じゃない。あいつはもっと刹那的で享楽的な奴だ。人のことなんか知ったことじゃないのがあいつのポリシーなんだよ」

「それはおまえが今宮の一部しか知らないからだ」

「そうか。それは失礼。……だがな、俺はおまえを今宮とは認めねえよ」

「なに?」

「おまえは俺の影だ。……今宮に死んで償え」

 一瞬で。

 オーロラを彼の喉元に突き刺した。

 発した言葉と同時に出現したオーロラの刃に、今宮の姿を持った者は成すすべもなく、大量の血を吐き――。

 絶命した。

 そのまま消滅する。塵も残さず、跡形もなくなった。

 血を振り払う。

 なまじ人間の形態など取るから簡単に殺される。

 もっとも。

 心を揺さぶるだけの目的ならば、攻撃手段もいらないだろうが。

「これで終わりじゃないはずだ」

 ここは――。

 すでにパスが繋がってしまった。自分を通して。

 またやってくる。今度は明らかな敵意を持って。

 篝を殺そうとやってくるだろう。

 自分が同じ立場なら、そうする。

 だったら。

「命がけで守るだけだ」

 瑚太朗は。

 己の中にある虚無の海の存在を、これほど憎いと思ったことはなかった。

 同じ自分なのに、まったく別の存在。

 本質そのものである実存意識。

 それは。

 生命そのものを崩壊させる存在だった。






to be continued……


この章以降、やや残酷描写が入る予定です。ご了承下さい。

まず、何が何やらわからない話かと思われますが……。

すいません。詳しくはいずれ明かされます。

でも二十三章で示唆してあるので、わかる方はわかるのではないかと。

あ、ちなみに。作者はいまみー好きです。とくにTerraの。

ひどい扱いでごめんなさい。好きだからってことでひとつ。

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