坂の上のレストランと話し合い
ついに町の人達と話し合いをする事を決意した私達は、どう返されても反論出来るように、色々と対策を立てることにした。
「話し合いをするなら、まずは証拠がいるよな」
「何の証拠っスか?」
「"町の人達がお客を止めている"という証拠だ」
「悠太のメールじゃダメなんですか?」
「姉弟のメールだと信憑性に欠けるかもしれない」
「一番良いのは写真ですかね」
「写真…ですか」
それが一番良いのは分かるけど…でも…、
「……写真家、だから嫌か?」
「あ……いえ…」
涼介さんの言う通り、写真家としてはあまり良い心地はしない。
「麻理さんが嫌なら別の手を考えるっス」
「いえそんな…!」
「大丈夫。証拠なんてどんな手でも手に入るさ。わざわざ嫌な事をする必要はないんだよ」
「…!」
私を安心させるためか、涼介さんは微笑んで制してくれた。
その顔が隆介さんみたいで、一瞬考えてしまった。
今の隆介さんにはその顔が作れないのか…と。
それを思うと胸がきゅう…と痛くなる。
この話し合いは隆介さんのためでもあるんだ。
それを忘れてはいけない。
「撮ります」
「えっ」
「証拠の写真。撮ってみます」
「いいのか?」
「はい。レストランと隆介さんのためですから。写真家として一肌脱ぎます」
この場合求められるのは、"お客を止めているという状況をどうやって写真で表すか"、だ。
ただお客と話している所を撮るだけでは、その人がお客という確証も無いため、"道を尋ねられただけだ"と言い逃れされてしまう。
「一目で分かるような写真を撮らないといけませんね」
「だったら俺らが変装して客を装うってのはどうっスか?」
「装ってどうすんだよ?」
「レストランの写真を町の人に見せて、町の人が俺達を追い払おうとした瞬間を撮れば、それが証拠になります」
「成る程な」
確かにそれは完璧な証拠になる。
でも…、
「それってなんか、騙してるみたいじゃないですか?」
「あー…確かにそうだな…」
「いい気持ちはしませんね」
「でも、町の人達は悪いことしてるっス」
「だからってこちらも騙したりしていたら注意の示しがつかないでしょう」
「あ、そっスね…」
何か、難なく注意できる証拠を得る方法はないのかな…。
写真以外にも証拠となるものはあるはず──…
「あ、そうだ! 良い考えがあります!」
「ん? 何スか?」
「今の時代はネットがありますからっ!」
「ネット…ですか?」
「あ、あの、この件、私に任せて頂けませんか?」
「勝算が高いなら任せるが」
「大丈夫です。これならきっと勝てます」
この瞬間、私は確実に証拠となるものが浮かんでいた。
写真家としても、坂の上のレストランの店員としても戦える、そんな作戦が私の頭にあった。
次の日、
「おはようございます! 遅れてすみません!」
「おはよ。大丈夫、俺らも今着いたところだ」
「おはよっス!」
「おはようございます」
今日は町の入り口で待ち合わせをしていた。
全員が話し合いに行くため、今日ばかりはレストランをお休みにせざるを得なかったけど、この話し合いが終わった後は突然の休業なんてしなくなる事を願いたいな。
「ついに話し合いをするんですよね…」
「ああ。町の人達は集会所に集まり始めてるよ」
うわぁ…緊張する…。
ちゃんと納得させられるか不安だなぁ…。
「例のやつ、ちゃんとやってきたか?」
「あ、はい勿論。しっかりと」
今日の話し合いのために、私は一晩かけて作業していた。
「ふぁ…」
「大丈夫ですか?」
「あ、すみませんっ…」
おかげで寝不足だけど、これにはそれだけの価値がある。
「そろそろ行こうか。遅れたら不利になるかもしれないしね」
「はい」
ついに話し合いが始まるんだ。
なにがなんでもこの話し合いに勝たなければ、レストランにお客さんは来ない。
お客さんのためにも、隆介さんのためにも、私達が頑張らないと。
「ここが集会所だ」
涼介さんに案内された場所は、広そうな古い家屋。
「誰か住んでそうな家っスね」
「もともと町長が住んでた家だったんだ」
成る程…。
だから年期入ってるんだ…。
「俺達は裏口から入ろう」
「何でっスか?」
「そんな事も分からないのですかマサキ。正面から入ったら、いきなり敵陣に乗り込むようなものじゃないですか」
「ダメなんスか?」
「俺がケンカを始める可能性がある」
「「「………」」」
一番納得する理由だ、と全員が思った所で、いそいそと裏口へと移動した。
「失礼しまーす…」
「挨拶なんかいらないだろ」
「いやでも…」
普通の家にお邪魔するみたいで少し恐縮してしまう。
「んじゃ、こっち来い」
「ま、待って下さい…!」
「涼介さん早いっス!」
「まだ靴脱げてません…!」
でも涼介さんはズカズカと上がっていってしまう。
慣れてるのかなぁ…。
「ここが控え室代わりの客間だ」
「広い和室ですね〜っ」
20畳以上あるであろう広い客間に案内された私達は、皆でノートパソコンを覗き、昨日私が作業したものの確認を行った。
「……成る程。こういう事だったんですね」
「これなら勝てそうっス!」
「これには、坂の上のレストランのお客さん達が協力してくれています」
「なかなか良いアイディアだな」
レストランのお客さんは想像以上にたくさんいてくれて、私の作戦は予想以上に上手くいっていた。
幸先の良いスタートとなった今日は、上手くいきそうな気がする。
でも、何もかも上手くいき過ぎて、逆に何か起こるんじゃないかとも思ってしまう。
心配し過ぎかな…?
「すず」
私達が話していると、誰かが襖を開けた。
あれ?
"すず"って…?
「あ、母さん」
涼介さん達のお母さんだぁぁ!?
「お、お母様…ですか?」
「若いっスね!」
「あら、ありがとう」
「もう皆集まったか?」
「ええ。皆さん待ってるわ」
あ、教えに来てくれたんだ…。
「麻理さん」
「は、はい」
涼介さん達のお母さんが私に話し掛けてきた。
優しいお顔だなぁ…。
なんだか安心する…。
「頑張って下さいね。私は麻理さん達の味方ですから、いつでも頼って下さい」
「あ、ありがとうございます!」
本当いい人だ…!
さすが隆介さん達を産んだお母様だよ…!
「じゃあ、そろそろ大広間の方に行こうか。あ、マサキ、ハヤト。俺が進行するから町の人達の反応を見ていてくれないか? アイツらは何をしでかすかわからねぇから。麻理さんは俺のサポートな」
「はい、分かりました」
「頑張るっス!」
「何か動きがあればすぐに言いますね」
いよいよ話し合いが始まる。
レストランのこれからを左右させる話し合いが…。
上手くいく事を願って、私はノートパソコンを手に皆の後についていった。
「ついに来たな、青山」
「…気安く呼ばないで頂きたいんだがな」
「りょ、涼介さん…!」
町の人達が集まる大広間に入っていきなり喧嘩腰…!
そういや最初に涼介さんを見掛けた時も町の人達とケンカしてたっけ…!
「わしらはお前達の顔なんぞ見たくないんだわ。さっさと始めてさっさと終わらせ」
うっ…。
予想はしてたけど、町の人達の言葉がこんなに冷たいなんて…。
涼介さんや隆介さんは…いつもこんな言葉を浴びせられていたのかな…。
「それはこっちのセリフだ。さっさと始めてさっさと終わらせてやる」
涼介さんの言う"終わらせる"は、町の人達の言う"終わらせる"とは違う。
良い意味での、"終わらせる"。
「今日の集会で話し合う内容は、坂の上のレストランのお客について、だ」
涼介さんがそう言うと町の人達は少し騒ついたけれど、すぐに静まった。
すると、一番前に座っていた男の人達が私達を睨み付けながら口を開いた。
「あのレストランに客なんか来てないだろうが」
「誰も来ないからとワシらに当て付ける気か?」
「ほぉ〜。何で"客が来てない"って分かってんだよ?」
「「!」」
さすが涼介さん…!
大事な事を聞き逃さなかった…!
私は聞き逃してたよ…!
「あんな所に建つレストランなんか誰が行くんだ」
「誰が隆介に、あそこに建てさせたんだよ」
涼介さん強いな〜…。
もう私のやついらないんじゃないかな…?
「お前ら何が言いたいんだ?」
「アンタら、俺達の客、足止めしてんだろ」
ついに言った。
私達が悩む、一番の問題を。
なんか予想より大分軽く切り出しちゃったけど…。
「……ほぅ。証拠は? 証拠はあるのか青山?」
そう問われた涼介さんは、ニヤリと嬉しそうに笑った。
「あるさ」
そして私に指示した。
「こちらが証拠です」
そう言って私は、ノートパソコンを机の上に置いて開け、あるページを見せた。
「何だねそれは?」
お年寄りの方達なので、あまりパソコンに面識は無いようだ。
でも、これを聞いたらこれが何なのか分かるはず。
「これは、坂の上のレストランのお客様を対象としたアンケートの集計です」
「回答数は現在もまだ増え続けている」
「アンケート…?」
町の人達は訳が分からないといった顔をしているが、私達は続けて説明した。
「インターネットを通じてお客様方に、"坂の上のレストランに行こうとして、町の人に止められた事がある人はここに投票して下さい"、というアンケートを取ったんです」
「結果はこの通り、見事に数十人もの人が集まってくれたよ」
そう結果を伝えると町の人達は動揺を隠せないのか、どんどん騒つきの波紋が広まっていく。
「今の時代はこういう事が出来んだよ。ネット嘗めんな」
トドメを刺すかのように、涼介さんは後押ししてくれた。
一言も喋ってはいないけど、町の人達をずっと観察してくれていたマサキさんとハヤトさんも、率先して涼介さんと対人していた人を真剣な目をして見つめる。
「お願いします。坂の上のレストランのお客様を、足止めしないで下さい」
「俺からもお願いします」
「「お願いします(…っス)」」
今までずっとタメ口で話していた涼介さんも敬語に直し、真剣に頭を下げてお願いした。
小さいのが聞こえたけど、マサキさんも極力きちんとした言葉使いにしていた。
お願いします…。
足止めをやめて下さい…!
「………何で、この町を栄えさせようとするんだ?」
黙り込んでいた町の人が静かに口を開いた。
「隣町との合併を防ぐためだと、オーナーは言っていました」
「何故、合併を拒む?」
「オーナーは、この町の誇りを失いたくないと言っていました」
「…そうか」
そう答えた町の人は、何故か少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
「足止めをやめていただけるようなので、次の話し合いをしましょう」
「「「「!!」」」」
この…声…?
…嘘……?
「…隆…介……!?」
「…隆…介……さん…!?」
声がした後ろを振り向くと、そこには、いた。
きっちりとしたスーツを着て…きちんとネクタイを締めた…紛れもない隆介さんが…。
「お前…!? どうして…!!?」
涼介さんが焦り始めた。
涼介さんは隆介さんが今どんな状態なのかを誰より知っている。
それが分かっていたから、隆介さんを呼ばなかったのに…。
「この話し合いのこと、母さんから聞いたんだ。オーナーの僕が出ないわけにはいかないでしょ?」
「ぁんのお喋り…!!」
私達が見る限り、隆介さんは少しやつれたように見えるくらいで、それ意外はいつもと同じように見えた。
「話し合い、再開しましょう」
心配して怒る涼介さんに気を止めず、隆介さんは涼介さんの隣に並ぶ。
「お前な…!!」
「もう、いい加減黙ってよ、涼介。僕を弱虫扱いしないで」
「そういう意味じゃ…!!」
「僕は平気だから。黙ってお兄ちゃんの言うこときいて」
「…っ…あ、兄貴ヅラすんじゃねぇよ! バーカ!」
「バカって言わないでよバーカ」
「言い返すな! 子どもかっ!」
なんか…、何とも微笑ましい…。
確かこんな光景…前に見た気がするよ…。
あ…、おば様方も、孫を見ているかのような柔らかい表情で微笑んでいる…。
この二人が話してると、何故か周りの人達は和まされちゃうんだよねー…。
「ここからは、坂の上のレストランのオーナーである僕が進行します。今から話し合うのは、"隣町との合併をどうやって防ぐか"、です」
オーナーの顔になった隆介さんは、涼介さんの代わりに進行をすると宣言した。
それに少し嬉しさを感じていたものの、やはりその裏にはいくつもの不安が転がっていた。
隆介さんは…まだ完全には回復していなかった…、ということに気づいたのは、もう次の話し合いが始まっていた時のことだった…。




