坂の上のレストランの真実と現状
「おはようございまーす…」
今日は珍しく雨が降っている。
しかも久しぶりの一番乗りだ。
「…隆介さん…、風邪大丈夫なのかなぁ…」
昨日ので酷くなってなかったらいいんだけど…。
咳とかしてたし…。
顔色も良くなかったしな…。
「おはよ」
「あ、おはようございます」
私の後ろから涼介さんが入ってきた。
その後ろには…、隆介さんはいないようだ。
「ん? 何だよジロジロと……あ、隆介か? ちゃんと朝も見てきたけど…」
「どうでしたか…?」
「…風邪は少しマシになったみたいだったな」
「………風邪"は"?」
どういう意味…?
他に何か患って…?
「さ、着替えて仕込み始めんぞ」
「は、はい」
どういう意味なんだろう…?
隆介さん…本当に大丈夫なんだろうか…?
「はぁ…」
何か、雨だからか気が滅入る。
「どうした? ため息つくと幸せが逃げてくぞ」
涼介さん…そういうの信じる派なんですか…。
「何でもないですよ。ただ、雨だなぁって」
「…へー。雨嫌いなのか?」
「そんな事ないんですけど、でもやっぱり天気が悪いと気分が落ちちゃいますね」
「……そっか」
ん?
「俺さ、今日は早めに帰るわ」
「え?」
「…こうさっ、天気悪いと仕事する気になんないじゃんっ?」
「は、はあ…」
「だから、早めに帰る。文句あるか?」
「い、いえ…」
本当に…そんな理由で…?
涼介さん、意外と真面目だったはずなんだけど…。
「おっはよーっス!」
「おはようございます…」
「あ、おはようござ…わぁ!?」
裏口から入ってきた2人の方を振り返ると、2人は何故かびしょ濡れだった。
「どうしたんですか!?」
「遅れそうだったので…」
「走ったら傘が壊れちゃったんスよ!」
マサキさんはアハハっと笑いながら壊れた傘を見せる。
その隣でハヤトさんは、今にも倒れそうなくらいにげんなりとしていた。
「フード被ってたんですけど、意味なかったっス!」
「当たり前でしょう…」
「お前ら早く着替えねぇと風邪引くぞ」
「そうですよ…。マサキ早く着替えましょう…」
「そうっスね!」
こんな時もマサキさんは元気だなぁ。
その明るさを見習いたいよ…。
「マサキは絶対風邪引かなそうだよな」
えっとそれは、マサキさんが…
「馬鹿だから」
言っちゃったよ!!
ド直球で言っちゃったよ!!
「ま、馬鹿正直の"馬鹿"なんだけどな」
「そ、そうなんですか…」
「隆介もあれくらい、正直になってくれたらいいんだけどな」
「え?」
「あ、いや、こっちの話」
「そう…ですか」
今日の涼介さんは何か変だな、と思った時、更衣室で私の携帯が鳴った。
「あっ! すみません! 電源を切るの忘れてました!」
「あぁ、いいよいいよ。早く出てきな」
涼介さんに許可を貰うと、私はすぐに更衣室に向かったが、
「あっ今マサキさん達が…!」
そういえば着替えに行ったばっかりだったと気付き、扉の前であわあわしていると、
「はい、携帯鳴ってましたよ」
ハヤトさんが扉を少し開けて携帯を渡してくれた。
「ありがとうございますっ!」
お礼を言って携帯を見ると、着信とメールが来ていた。
「悠太から…?」
珍しく悠太からの電話。
そしてメールも見てみると、そこには信じられないことが書いてあった。
『もう出勤した頃かな? 昨日、レストランに行こうと思って町に行ったんだけど、何でか町の人に止められたよ。町の人達からの評判悪いの? これ、言うなって言われたけど、一応言っておくね』
「町の人に…止められた…?」
どういう…こと…?
「麻理さん?」
「涼介さん…これ…」
涼介さんに悠太からのメールを見せる。
すると涼介さんは、一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに落ちた表情になった。
「……っ…」
涼介さんは何か言いたげだった。
でも、躊躇っている。
「………何か、知っているんですか…?」
だから私から尋ねてみた。
「……お前達は、運が良かった」
「え?」
「この町に来た時に、誰にも会わずにこのレストランに来れるなんて運が良すぎるくらいだ」
「何を…」
「アイツらはまだ着替えてるな。…今から少し、話したい事がある。2階へ行こう」
「は、はい…」
何だろう…話したい事って…。
……嫌な…予感しかしない…。
そんな胸騒ぎを感じながら私は、2階へ上がる涼介さんの後について行った。
「どうぞ」
「ありがとうございます…」
涼介さんに促され、私はL字型のソファに腰を下ろした。
その曲がった所に涼介さんも腰を下ろした。
「……ごめん。突然話したいとか言われても困るよな」
「えっ…あ…あの…」
「でも、どうしても言っておきたいことがあるんだ」
「言っておきたいこと…?」
「……本当に…申し訳ない…」
「え…?」
「麻理さんは…、本当にこのレストランのために…凄く頑張ってくれて…、お客さんも連れてきてくれたり…、本当に…感謝しきれないくらいなんだが…」
「そんな事…ありません…」
涼介さんの口調が重すぎる…。
もしかして…、
「あの……隆介さんに…何か…あったんですか…?」
そう尋ねると涼介さんはさらに俯いて黙ってしまった。
何か…あったんだ…。
「……アイツ…さ…」
「は…はい…」
何か躊躇うかのように、涼介さんは話しだす。
「ここの…オーナー…だろ…」
「はい…」
「シェフでも…あるだろ…」
「はい…」
「…アイツの仕事は…お客がいないと勤まらない…だろ…」
「それは私達も…」
そう言おうとしたが、涼介さんは静かに首を横に振った。
「アイツ、料理器具以外の電気機器は使えないし、 携帯も連絡手段にしか使わない。友達もいない。…言ってる意味分かるか?」
「えっ…と…」
「麻理さんがいつもしてることは何?」
「それは…、このレストランの事を広め…、…!」
涼介さんが言わんとしている事、それは…、
「隆介は、広められない。待つ事しか出来ないんだよ。今は麻理さんやマサキ、ハヤトや俺が、色んな人に広めているが、アイツは、いつもただ待つだけだった。以前も、今も」
「もしかして…、隆介さん…自分の事……?」
「……麻理さんが思ってる事でほぼ正解だと思うよ。でも、程度が違う」
真剣な声を発する涼介さんの表情は、とても…悔しそうだった…。
「……隆介は今…、少し鬱に陥り始めてる…」
涼介さんの話曰く、昨日、私が帰った直後から少し様子がおかしかったらしい。
最初は、"風邪のせいで弱気になってるんだ"、くらいにしか思ってなかったらしいけど、途中から"ヤバい"と思いだしたんだそう。
何を見て"ヤバい"と感じたのかは教えてもらえなかったけど、今の隆介さんは"不安定"な状態なのだという…。
「…隆介はいつもフワフワしている奴だが…、本当はいつも周りに気を配ってた…。町の人達から好ましく思われてないのも…気にしてたらしい…」
「気付いて…たんですか…」
「麻理さんには気付かれたくなかった…って、言ってたよ…」
私が心配すると思って…、だから平気なフリをしてたの…?
「…あんな状態だから…隆介は当分仕事に来れない…。だからレストランも休みにしようかって…」
「そんな…!」
「だって仕方ないだろ…! オーナーもシェフもいないなんて成り立つ訳がない…!」
「まだ涼介さんがいるじゃないですか…!」
隆介さんがいなくても涼介さんなら料理が作れる。
いつお客さんが来たって──…
「待ってたってどうせ客なんか来ねぇんだよ!!」
「…!!」
涼介さんが突然立ち上がり、声を張って怒鳴った。
「…何…を…」
「これだけ宣伝してて何で客が1人も来ないか不思議に思わねぇのか!!」
「そ、それって…」
「さっきのメールに書いてあった通りだ!! 止めてんだよ!! 町の入り口で町の人達が!! 俺らの客を!!」
「あれ…本当なんですか…?」
「本当だよ!! 町の奴らは俺らにバレねぇようにこのレストランの評判を下げてたんだよ!!」
「…知って…たんですか…?」
「知ってたのは隆介だよ!! 俺は昨日聞かされたんだ!!」
「隆介…さんが…?」
「しかもアイツ! その光景も見たとか言いやがった!!」
「隆介さん…、止めれ…なかったんですか…?」
「そうだよ…!! 隆介は自分の店の事なのに見て見ぬふりをしたんだ…!! でも…! 悪いのは町の奴らだ…!! 隆介はそういう事を知ってても町の人達に歯向かえない…!! アイツは…昔…! 町の…奴らに……!」
そう悔しそうに、怒りを噛み殺すように言いながら、涼介さんは崩れるようにソファに座り、手を組んでまた俯いた。
「……急に怒鳴ってごめん。………隆介はさ…、昔…町の奴らに…店を襲われた事があるんだ…」
「えっ…!?」
店を…襲われた…!?
「隆介がいつもみたいに…レストランでお客さんが来るのを待っていた時に…、町の奴らは大勢で押し掛けたんだ…」
「……まだレストランが…"坂の下"にあった時だったらしい…」
"坂の下"…に…?
じゃあこの店は…2つ目…?
「町の人達が去った後は…嵐が来たかのように滅茶苦茶だったってさ…」
「……このレストランが…坂の上にあるのって…」
「…年配の人が多い町の人達が…来れないように…だろうな…」
人の良い隆介さんがレストランを坂の上に建てた理由がそれって…、よっぽど苦痛だったんだ…。
「いくら年配者でも酷いよな…。まだまだ若者だった隆介に、大勢で攻撃とか…。……まぁ…、大元は……俺なんだが…」
涼介さんはさらに悔しそうに下を向いた。
大元は…、涼介さんが若者を外に連れ出したこと…。
それに怒りを抱いた町の人達は…片割れの隆介さんに攻撃していたんだ…。
「俺が…俺が真っ先に…一番に気付いてやるべきだったのに…。どうしよう…麻理さん…」
「どう…しましょう…」
「町の人達と和解するっス」
「それが出来たら苦労しな──…えっ!?」
「マサキさん!?」
「マサキ! 勝手に会話に混ざらないで下さい!」
「ハヤトさんも!?」
階段からマサキさんとハヤトさんが顔を覗かせていた。
「声が1階まで筒抜けだったっスよ」
「ど、怒鳴り声が聞こえたので…あわよくば仲裁しようと思いまして…」
「す、すまない…」
あわわわ…。
聞かれてたんだ…。
「このレストランは、そんな問題を抱えていたんですね」
さっき私達が話していた事を思い出すかのように頷きながら、2階に上がってきたハヤトさんは冷静に考え込む。
「オーナー…、今は大丈夫なんスか…?」
2階に上がってきてソファに腰掛けたマサキさんが涼介さんに尋ねる。
「大丈夫…ではないかもな…」
やっぱり心配するよね…。
涼介さんは、マサキさん達に心配かけないように、2階で話そうって言ったと思うんだけど、まさか声が筒抜けだったとは…。
「でも、よかったっス」
「え?」
マサキさんが少し安心したような、嬉しそうな顔をした。
「お客さん、ここまで来れてなくても町の入り口までは来てくれてたんスよっ」
「あ…」
そう…だよね…。
来てくれてたんだよね…?
お客さんが…このレストランに来ようとして…。
「本当だ…」
「マサキもたまにはいい事言うじゃないですか」
「失礼っスね!」
まだ、このレストランへの望みは尽きていない。
お客さんがここまで来てくれないのは町の人達が止めていたから。
という事は…、
「町の人達と和解すれば…お客さんは来てくれる…」
「だな」
涼介さんもいい顔をしてくれた。
どうやら私と同じく、さっきマサキさんが発言したことを考えていたようだ。
私達が今しなければならない事、それは、
「町の人達と、話し合いをしましょう」
「えっ、出来るんスか?」
「隆介やレストランのためなら俺が動いてやるよ。明日にでも集会を開いてやるさ」
「ありがとうございます」
ついに、町の人達と直接話し合う事にした私達。
気を病んでいる隆介さんのためにも、代わりとしても、このレストランを守らなくてはならない。
「よっっしぁお前ら!! 何としてでも町の奴らに客を止めるのをやめてもらうぞ!!」
「「「はい!」」」
涼介さんの気合いは、隆介さんを思う所からも来ているのかもしれない。
大事な片割れである隆介さんの、敵討ちのような…、それぐらいの思いが伝わってくる。
「あの、隆介さんはどうするんですか?」
「アイツは勿論自宅待機だ」
"集会なんて場に連れてったら隆介が本当に壊れる"、そう言ってその話は切られてしまった。
町の人達と話し合いをする事も、隆介さんの事も、何かと不安が尽きないけれど、でも、これを乗り越えたら何かが変わる気がする。
そんな思いを抱きながら、その日、私達は町の人達との話し合いに勝つための対策を、年密に練っていた。




