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坂の上のレストラン   作者: 黒宮湊
11/13

坂の上のレストランとお見舞い

「おはようございます」

「あ、おはよ」

「おはよっス!」

「おはようございます」

 私がいつものように裏口から入ると、涼介さん、マサキさん、ハヤトさんがくつろいでいた。

「あれ? 隆介さんは…?」

「あー、何か体調悪いらしくて、今日は休みだよ」

 隆介さんが体調崩すなんて珍しいな…。

 風邪でも引いたのかな…?

「本当、珍しいよなー。昔から風邪1つ引かなかったくらい体が丈夫だったのに。昨日まで弱った姿すら見た事なかったな」

「そうなんですか…」

 でも一昨日…、弱った姿…というか…疲れたような姿を見た…。

 何か…、変な気持ち…。

「ま、しばらく日を置いたら来るだろ。今日仕事終わった後は暇だし、見舞いにでも行ってやろうかなー」

 心配する様子もなく、涼介さんは仕込みを始めだした。

 でも、何か胸の奥に引っ掛かってる気がす………ん?

 涼介さん少し前…、"昨日まで"って言った…?

「涼介さん」

「ん?」

「隆介さんは昨日、どんな様子だったんですか?」

「あー、昨日は厨房に居た時はなんか暗かった気がしたな。少し辛そうだったから昨日は早く帰らせたんだ」

 嘘…。

 全然知らなかった…。

 ホールに居た時は明るくていつもの隆介さんだったのに…。

「大丈夫なんでしょうか…」

「多分大丈夫だと思うんだが、心配だったら麻理さんも今日一緒に見舞い行くか?」

「えっ!?」

 りゅ隆介さんのお見舞いに!?

「アイツ今実家に住んでんだ」

 しかもご実家!?

「えっでもっ…! ご実家なんて迷惑になるんじゃ…!」

「大丈夫大丈夫。母さんしかいないし」

 お母さんいるの!?

 全然大丈夫じゃないよ!?

 い、行きたい気持ちもあるけど、何ていうか…、ご実家だし…。

 私なんかが行ってもどうせ足手まといだし……

「よし。決まりな」

「はい!?」

 ご、強引に決められた!?

「アイツを一番心配してんのは麻理さんだろ?」

「えっ!?」

「隆介も麻理さんが来たら元気出るさ」

「そ、そうなんでしょうか…?」

「男なんてそういうもんだろ」

 いや、隆介さんはそういうの通用しなさそうなんだけど…。

 でも決められたので…、


「ただいまー」

「お…お邪魔します…」

 レストランを閉めた後、ご実家に来てしまった…。

 うわぁぁ…。

 なんか緊張するよぅぅぅ…。

「お帰りなさい。あら?」

 恐らく隆介さんと涼介さんのお母さんだと思われる人が出てきた。

「麻理さんだ。レストランで一緒に働いてる人」

「あらそうなの? てっきり彼女かと思っちゃったわ」

「違ぇよ。勝手に勘違いすんな」

「うふふっ、ごめんね」

 お母さんと話してても涼介さんはいつもと変わらない。

 お母さんもお若そうだなぁ。

「麻理さん。いつも、たかとすずがお世話になっています」

「た、たか…? すず…?」

 隆介さんと涼介さんのこと?

「あ、それ、家ん中だけのニックネームなんだ。ほら、俺と隆介って名前まで似てるじゃん?」

「あ、確かに…」

「で、よく聞き間違えてたからそうやって呼ぶようになったんだ」

「成る程…」

「たかは2階にいるわよ」

 玄関を入ってすぐ目に入る階段の上を隆介さん達のお母さんが少し心配そうな目をして見つめた。

「分かった。ほら、行くぞ」

「あっ、お、お邪魔します…!」

「それ2回目」

 いいいいきなり行くのか…。

 どうしよ…。

 なんか凄く緊張してきた…。

「隆介ー」

 先に上がって行った涼介さんが呼びながら部屋をノックする。

「……あれ?」

 でも、返事がない。

「寝てるんでしょうか…?」

「かもな。ちょっと見てくる」

 そう言って、涼介さんは何の躊躇いもなく部屋に入って行った。

「…おーい……隆介ー…?」

 涼介さんが話している声が聞こえてくる。

「…?」

 んー…、隆介さんの声は…聞こえない…?

「麻理さん」

 涼介さんが部屋から顔を出して、私に手招きをした。

「はい…?」

 呼ばれて恐る恐る部屋に足を踏み入れると、

「あ」

 隆介さんは布団をごもっとかぶって眠っていた。

「やっぱ寝てたみたいだ…」

「そうですね…」

 起こさないように小声で会話しながら、私は隆介さんの部屋を見渡してみた。

 隆介さんの部屋は、意外なくらいにとても綺麗な部屋だった。

 ゴミも落ちてないけれど、それだけの"綺麗"じゃなくて…、テーブルとベッドと小さなタンスしかない、何とも殺風景な部屋…。

 カーテンも閉まったままだし…。

「コイツの部屋、何にもない退屈な部屋だろ…?」

 涼介さんが少し眉を下げた顔をした。

「何も…ないですね…」

 本当に…何もない…。

 服装にはこだわりがありそうだったのに…、部屋にはそういうこだわりは見えない…。

「コイツな…、昔から欲がねぇんだよ…。子どもの頃とか…外に遊びに行くような結構やんちゃな奴だったけど…、玩具とかは一切欲しがらなかった…。まぁ、高校生になったら服だけには興味持ったけど…」

 欲がない…?

 レストランにお客さんが来てほしいと言っている隆介さんが…?

「人に何かしてもらう事が苦手みたいで…何でも自分の手で解決しようとするんだよ…。コイツなりのプライドなのかもな…」

 少し寂しそうな顔をする涼介さんが隆介さんの顔を見つめる。

 2人はよく似ているのに、時々真逆だったりする。

 性格も真逆だし、ボケとツッコミだし、隆介さんは器用だけど涼介さんは不器用だし。

 それは相手に思いを伝えることに関してもね。

 でも、やっぱり根本は同じみたいだ。

「隆介さんを…心配しているんですか…?」

「……少しな…」

 涼介さんは分かってるんだ…。

 隆介さんが抱えているものが何なのかを…。

「…………んー…?」

「…!」

 私達の気配に気付いたのか、隆介さんが起きてしまった。

「おーい、隆介ー」

「ん…? 涼介…? 何で居る……えっ!?」

「す、すみません…! お邪魔しています…!」

 私を見た隆介さんが驚いて飛び起きた。

「ちょっ涼介…!? 何で麻理さんがここに…!?」

「お前の見舞いに来たんだよ」

「み…見舞い…?」

 隆介さんの部屋着ってジャージなんだ。

 ちょっと意外かも。

「お前が体調崩すなんて珍しいと思ってな。風邪か?」

「う、うん…ちょっとね…。てゆうか…本当にちょっと待って…、こんな格好だし…」

「あっ! 寝てて大丈夫ですよ…! お見舞いに来たんですから…!」

 どうやら少し大きめなジャージ姿が恥ずかしいらしく、立ち上がって壁に掛かったパーカーを取りに行こうとした隆介さんだけど、

「おぅっ…!?」

「あっ危ねぇ!?」

「ぅぐっ…!?」

 寝起きで突然立ち上がったからなのか、足元が覚束ない隆介さんが転けそうになり、慌てた涼介さんは何故か隆介さんの首根っこを持った。

「ケホケホッ…!!  ふ、普通そこ持つ!?」

「と、咄嗟だったからつい…」

「体調悪いんだってば…。もう少し丁寧に扱ってよ…ケホッ…」

 パーカーを諦めてベッドに戻った隆介さんはまた布団に包まった。

 もしかしたら悪化しちゃったのかな…。

「す…すみません…。突然お邪魔してしまって…」

「あ、大丈夫ですよ。人がいた方が気が紛れて楽になりますから」

「やっぱ顔色悪いな。なんか食ったか?」

「いや、まだ何も…」

「「何も!?」」

 もう夕方になりますよ!?

 何もって…!!

「馬鹿かお前!!」

「そんなんじゃ治るものも治りませんよ!」

「えっあっ、は、はい…。すみません…」

「ここは私が何か作りたいところなのですが、私は全く料理が出来ないので涼介さん、何か作ってあげて下さい」

「了解。じゃあ少し待ってろ」

 そう言って涼介さんは足早に部屋を出て下りていった。

「えっ…! でもいらな…!」

「ダメです」

「えー…」

「……ん…?」

 …これ…よく考えたら……2人…きり……だよね…?

 ……うわぁぁぁ!?

 どどどどうしよぉぉ!?

 意識したらなんかまた緊張してきたぁぁぁ!!

 涼介さん早く戻って来て下さいぃぃぃ!!

「……麻理さん」

「は、はい…!」

「どこでも構いませんので、どうぞ座って下さい」

「えっ、あ、し…失礼します…」

 促された私は部屋の真ん中に置かれたテーブルの近くに座った。

「すみません…。何のお構いも出来なくて…」

「いえ! 私はお見舞いに来たんですから、隆介さんはゆっくり寝ていて下さい!」

「ありがとうございます…」

 やっぱりちょっと元気が無いように見える…。

 体調悪くて辛いのかな…?

 やっぱり迷惑だったかな…?

 そんな不安ばかりが渦巻いてしまう…。

「ケホッ…」

「あ…喉…、痛いんですか…?」

「えっと……少し…」

 私がいるからなのか、控え目に咳をする隆介さん。

「お薬は飲んだんですか?」

「………」

 ん?

「……飲んでないんですか?」

「………だって苦いですし…。飲み込めないですし…」

 隆介さんはふてくされたような顔で何故か言い訳を言い始めた。

 なんか本当に、大きな子どもみたいだ。

「く、薬に頼らなくても治りますからっ…」

「治るか馬鹿!!」

「「早っ!?」」

 涼介さん作るの早過ぎ!!

「ほら隆介、おじやだ」

「あ、美味しそう」

「美味しそうじゃねぇ! 美味しいんだよ!」

「えー本当にー?」

 なんか、こんなに普通にしている隆介さんを見るのは久しぶりのような気がする。

 いつもは気を張っているような、隙がないような、そんな感じ。

 さっき涼介さんが言っていたみたいに、人に何かされる事が苦手だから、何事にも気を配っているのかもしれない。

 でも、

「ほら早く食えよ」

「ちょっ待っ…! それまだ熱いでしょっ…!」

 やっぱり兄弟の間には、そういうのは無いみたいだっ。

 見ていて微笑ましいよっ。

「い、言っとくけど僕が兄なんだからね!」

「兄が風邪引くなバーカ」

「風邪引いた兄を労ってよ!」

「労ってやってんだろが」

「どう見てもいじめてるでしょうがっ! あと馬鹿とか言うなっ!」

 なんだか元気になったみたいで良かったっ。

「ふふっ、仲が良いですねっ」

「「良くない!」」

 それを仲が良いって言うんですよお2人さん。

「てゆうかお前、布団から出て来いよ。そんなとこいたら食えねぇだろ」

「だって今ジャージだし…」

「気にしねぇよ」

「僕が気にするの!」

「んじゃあ…」

 涼介さんが私を手招きした。

「?」

 とりあえず涼介さんの隣に座るとおじやを渡された。

「男に食わされるより女に食わされた方がいいだろ」

「「えっ、ええぇえ!?」」

 そそそそれって…!

 あのよくあるベタなあれをやれって言うんですか!?

「涼介何言ってんのっ…!」

「あのっえっと…!」

「じゃあ布団から出てきて自分で食え」

「ここで自分で食べちゃダメなわけ!?」

「馬鹿か! 布団にこぼしたらどうするんだよ!」

「こぼさないよ!! 子どもじゃないんだから!!」

 ああぁ…。

 またケンカに…。

「薬も飲めねぇくせに!」

「そっそれはっ…!! ……っ…」

 あれ?

 隆介さん、言い負かされた?

「痛ぁっ…」

 あっ違う!

 大声が頭に響いちゃったんだ!

「あ、すまねぇ…。大丈夫か?」

「大丈夫…」

 口では大丈夫だと言ってるけど…やっぱり辛そう…。

 私が居たら余計に気を遣って休めないだろうし…。

「私、そろそろ帰りますね」

「もう帰んのか?」

「はい。夕飯の材料を買って帰らないといけないので」

「ここで食べてきゃいいじゃん」

「い、いえ! そんな迷惑かけられません…!! あ、あの、おじやここに置いておきますから。隆介さん、当分はゆっくりと休んで下さいね。では、お邪魔しました」

「あ、麻理さっ…」

 これ以上居ては迷惑になると思った私は、早口で帰る理由を述べて隆介さんの部屋を出た。

「ふー…」

 なんか、色んな感情がごちゃ混ぜな感じ…。

 隆介さんの風邪も悪化しちゃったかもしれないし…。

「大丈夫かな…」

 そう思いながら靴を履いていると階段を下りる足音が聞こえた。

 そして階段の方を振り向くと、

「また明日な」

「お見舞い、ありがとうございました」

 隆介さんと涼介さんが階段の手すりに肘をかけながら見送ってくれていた。

 こうして見ると本当にそっくりだなぁ。

 ま、そりゃそうか。

 双子だもんねっ。

「また明日、ですっ」

 今日はちょっと珍しい隆介さんも見れて幸せな1日だった。

 でも、気を遣わせたり無理させたりしちゃったから、やっぱり迷惑だったかも…。

 だから罪滅ぼしとして私は家に帰りながら祈っていた。

「隆介さんの風邪が1日でも早く治りますように…」

 と。

 でも、隆介さんが抱えていたのは風邪だけではなかった事を、私は後に知らされた。

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