番外・伝われ、心
ただただ二人がいちゃつく話です。
苦手な方はブラウザバッグなさってくださいね。
残暑がしつこく続く9月の終わり。空は抜けるほど青く雲ひとつもない。
そんな青空に蘇芳の髪はキラキラ輝く。プラチナブロンドの髪、きれいだな。すぐとなりに立っている私は思わず見惚れてしまう。
世界的に人気の観光スポットになってしまった渋谷のスクランブル交差点、そんな雑多なところにいても蘇芳の綺麗さは飛び抜けて目立ってしまう。
「ねえ夏世、夏世はよく来るの? 渋谷」
私は「ううん」と首を横に振った。実のところ私は新宿のほうが得意だ。渋谷は遊んだことがないわけじゃないけどそんなに詳しくない。
というのも私の通う高校、渋谷を始点とする電車の沿線にあるので渋谷は知り合いに会う確率が高い。学校ではマジメな生徒を演じてるから、あんまり普段の姿を見られたくないんだよね。だからもっぱら新宿で遊んでいることが多い。
だというのに今日はどうしてデートの場所を渋谷にしたかっていうと、実は蘇芳の仕事絡み。昴グループ会長様は自社製品の販売店をお忍びで見に行くのだ。「こういうときは顔を公表していないこと功を奏するんだ」って変なところで得意そうな蘇芳が笑える。
で、今日の抜き打ち視察予定は渋谷の雑貨屋さん。蘇芳の昴グループではアロマや雑貨類も手がけていて、ショッピングビルの中に店舗がある。さすがに男性一人で行くと目立っちゃうので私の買い物に付き合ってるふりをしてお店に入るのだ。
ショッピングビルはこのスクランブル交差点を渡った先にある。信号待ちをしながら私は行き交う車や大きなオーロラビジョンには目もくれず、というか視線はそっちに向けたまま意識はとなりに立つ蘇芳に向いている。
それに気がついたんだろう、蘇芳が少し首をかしげて私の顔を覗き込んできた。
「ごめんね、つきあわせて。終わったらこの間行きたいって言ってたパンケーキ食べに行こう」
「やった! じゃあマカダミアナッツのやつ!」
「了解」
信号が青に変わり人の波が一斉に交差点を渡り始める。
歩き出した瞬間につい自然と蘇芳の腕に手が伸びてしまった。気持ちは衝動的に蘇芳の腕にしがみつきたい。
でも私は途中で手を止めた。
ーーーーこのあたり、うちの学校の生徒、多そうだよね。あと、蘇芳の大学も近いし。
腕組んで歩いてるのなんて見られたらさすがに恥ずかしい、かな?
私にとっても、蘇芳にとっても。
うううう、我慢だ我慢。それで蘇芳がからかわれたら申し訳無い。
私はできるだけ自然に見えるように腕をおろした。
でも「ダメだ」と思うとますますそうしたくなってくるのは自明の理で。
腕を組みたい、手をつなぎたい。すぐ横にいるのにどんどんワガママになっていく。だからダメだって。
そんなことを考えていたせいだろうか、勝手に手が近づいていて、一瞬指先同士がトン、と触れあった。
途端にドキッと跳ね上がる、私の心臓。そしてそのかすかな触れ合いだけて私の心を占める安堵感。
ダメだなあ、こんなに惚れちゃってる。
自分でもビックリだ、こんな風に恋人と過ごす日が来るなんて。一年前には考えてもみなかった。
表情に出さないよう気をつけながらも照れっ照れだよ。
ああ、ますます蘇芳にくっつきたい。
手をつなぎたい。
ーーーートン。
真横を歩いてる蘇芳の手がまた当たった。でも今度は離れない。
蘇芳の指が一本だけ私の人差し指に絡みついてる。
「うん、まあ、正直に言えば僕も同じ気持ちだから」
突然そう言われて驚いて蘇芳を見上げると、白人特有の真っ白な頬が程よくバラ色に色づいてる。そっか、この人テレパスだった。聞こえてたんだね、私の考えが。
普段蘇芳は心を読むような真似しないけど、肌と肌が触れ合うと勝手に流れ込んでしまうらしい。まだまだコントロールの練習しなくちゃね、って以前蘇芳もこぼしていた。
そこにきて困るのは私の能力だ。
私の能力は「他人の能力を底上げし同調する」ことだ。おまけに能力に目覚めてまだ一年、コントロールはお尻に殻の付いた小鳥並のひよっこだ。
ーーーー何が言いたいかというと、要するにこういう偶発的な局面では勝手に同調しちゃうってこと。
私の中に蘇芳の気持ちが流れ込んでくる。
<かわいいかわいいかわいい! かわいすぎてヤバい!>
「え」
交差点を渡りきってもそのまま止まらずに坂を上がる。蘇芳の手がぐいぐい私を引っ張るので必死に足を速めた。
少し行ったところ、やっと人が途切れたあたりで蘇芳の手が離れた。
「……」
何となく顔が見られない。だって、あんなにかわいい連呼されることなんてないし!
蘇芳がそんなふうに思ってくれてるなんて!
ちらりと彼をうかがい見るとかなり恥ずかしかったのか見たこともないくらい真っ赤な顔だ。
「あの、蘇芳?」
「――――いやその、なんかごめん……」
いつも大人な顔してる蘇芳がこんなふうにうろたえるの、珍しい。そう思ったらもっとそんな表情が見てみたくなった。
「ひょっとしてあんなふうにいつも思ってくれてるの?」
「――――す、すみません」
「謝ることないのに――――で?」
歯の浮くようなロマンチックな言葉とか平気で言っちゃうくせに、直接心が伝わるのは弱いんだな。新たな発見。うれしい。
「――――思ってる、よ」
蘇芳のはにかんだ微笑みに釘付けになる。私がフリーズしたほんの一瞬の好きをついて蘇芳の顔が耳元まで近づいた。
「夏世が考えてる以上に僕は君に夢中なんだよ」
耳元で聞こえた囁き声。ヤバい。マジでヤパい。ゾクゾクっとする。
それと同時になんか悔しい。私ばっかりドキドキさせられてるみたいで。
いつも年上の余裕があって優しい蘇芳、たまには私に対して余裕がなくなるところももっと見せてもらわなきゃ。
反撃とばかりに蘇芳の手を掴む。肌と肌が触れ合う。
全部伝われ、私の心。
〈ヤバいヤバいヤバい、かっこいい! カッコよすぎてどうしよう! ただでさえ大好きなのにこれ以上どうやって好きになれと! いやでもいくらでも好きになれそうで困るううううう〉
「ーーーー!!」
突然真っ赤になって繋いだ手を離そうとするけどそうは問屋が降ろさない。それこそ砂糖もはちみつもドロッドロに混ぜ合わせたみたいに甘ったるい私の気持ちでノックアウトされればいいのだ。
そうしてうろたえる蘇芳を少しの間観察して楽しんでいたら力一杯抱きしめられた。苦しい。
「まったく、夏世にはかなわない」
そういってへにょりと眉尻を下げ、蘇芳は私のおでこにキスをした。