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可児奇譚  作者: 賀茂丈晴
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千歳楼の中身

【 深夜 茶店ラクカ 】

太田のコーヒーは、深夜でも本物だった。


五人がカウンターとテーブルに散らばった。誰も最初はしばらく何も言わなかった。

トンネルの冷気がまだ体に残っていた。


鳴海がコーヒーを両手で包んで、ゆっくり言った。


「コンテナの中に、何があると思いますか」


「わかりません」と根古は言った。「ただ??あの男が見て、逃げ出した。体一つで、冬の夜中に」


「見てはいけないものだった」と江戸川が言った。手帳を開いて、ペンを走らせていた。

「エスメディカルの関係者が、千歳楼を倉庫代わりに使っていた。榊原の件は片付いたが、組織の末端はまだ動いていたということか」


「持田勇二は逮捕されていない」と根古が言った。「会社は家宅捜索されたが、本人はまだ任意同行の段階だ」


「逃げる前に、何かを動かそうとした」と江戸川は続けた。「証拠隠滅か、資産の移動か」


村田が急に立ち上がった。


「根古さん。さっきのサイコメトリー、もう少し細かく言えるか。コンテナの中、何が見えた」


「暗い部屋にコンテナが複数。男が何かを見て顔が青ざめた。それだけです」


「コンテナの大きさは」


「……人が入るくらいの大きさでした」


場が、静まり返った。


太田がカウンターの中で手を止めた。


鳴海が息を飲んだ。


「人……」


「エスメディカルは臓器売買の疑いがあった」と江戸川が静かに言った。

「臓器だけではないかもしれない。人身売買の可能性がある」


誰も返事をしなかった。


根古は右手を膝の上で握った。

??守護霊たちが、強く押してきた。右肩の古い霊が、はっきりと言った。「生きている」と。


「コンテナの中の人は、生きています」と根古は言った。「今夜中に動かなければならない」


江戸川はすでに立ち上がっていた。


「雨月さんに電話します。令状を待っている時間はない」


【 同夜 千歳楼 】

?? 千歳楼(廃旅館)

可児署の雨月と山本が来たのは、一時間後だった。


令状は間に合わなかったが、雨月は緊急性を判断して動いた。山本と二人、制服ではなく私服で来た。


「根古さんの言うことを信じます」と雨月は言った。「ただし??もし何もなければ、私の責任です」


「何かあります」と根古は言った。「確信しています」


千歳楼の裏手から入った。タイヤ跡をライトで確認しながら、崩れかけた廊下を進んだ。


江戸川と安藤??安藤は雨月から連絡を受けて急遽合流していた??が先頭を歩いた。

安藤の大きな体が、廃墟の暗がりで頼もしかった。


地下への階段を見つけたのは山本だった。


「ここです」と山本が懐中電灯で照らした。「段ボールで隠してありました」


全員が階段を降りた。


地下室があった。かつての旅館の貯蔵庫らしかった。石造りの壁に、六つのコンテナが並んでいた。


根古は右手を前に出した。


??熱い。強い。生きている人間の気配だ。


「三番目と五番目です」と根古は言った。


安藤がコンテナの鍵を確認した。南京錠だった。


「壊します」と安藤は言った。


「やってください」と雨月が答えた。


安藤が持参した工具で南京錠を外した。三番目のコンテナのドアを開けた。


中に、人がいた。


若い女性が二人、毛布に包まれて座っていた。目が光に反応した。生きていた。


「大丈夫ですか」と山本が中に入った。穏やかな声だった。「警察です。助けに来ました」


女性の一人が、かすれた声で何かを言った。日本語ではなかった。


「東南アジア系の言語です」と江戸川が言った。「通訳が必要です」


五番目のコンテナにも同様に若い女性が二人いた。計四人。全員、衰弱していたが生きていた。


雨月がすでに電話していた。救急と、県警の特別班への連絡。


根古は地下室の入口に立ったまま、動かなかった。


??守護霊たちが、今夜は静かだった。ざわめきが、止まっていた。やるべきことをやった、という静けさだった。


鳴海が江戸川の隣に来た。


「これ……撮っていいですか」と鳴海は言った。


江戸川は少し考えてから言った。


「被害者の方が映らないように。建物と状況だけ。それなら、後で証拠にもなります」


鳴海はカメラを構えた。手が震えていた。それでも、レンズは動かなかった。


ロドリゲス斎藤が鳴海の後ろに立った。


「撮れ。これは伝えなあかん」


村田は地下室の壁際で静かに手を合わせていた。


【 翌朝 茶店ラクカ 】

夜明けが来た。


四人の女性は病院に搬送された。千歳楼は県警が封鎖した。持田勇二への逮捕状が、朝一番で請求された。


ラクカに全員が戻った。今度は太田がトーストも出した。誰も頼んでいなかったが、誰も断らなかった。


鳴海はトーストを一口食べてから、根古を見た。


「根古さん。私、これをどう動画にすればいいかわかりません」


「動画にしなくていい」と根古は言った。


「でも、伝えなければいけないことがあると思います。人身売買がこの街で起きていたということを」


「それは警察と報道が伝えます。あなたは??」


根古はしばらく考えてから続けた。


「昨夜、あなたは配信を止めた。撮れているのに上げなかった。それが正しかった。

その判断ができる人間が、地元で情報を出し続けることに意味があります」


鳴海は下を向いた。


「……ありがとうございます」


ロドリゲス斎藤がコーヒーを飲みながら言った。


「俺の動画は、今回は一本も上げへん。でも??春になったら可児の特集を作る。ええ街やから」


「それは楽しみですね」と太田が言った。


「俺も出る」と村田が即座に言った。


「村田さんはいつでも出ていいです」とロドリゲス斎藤は笑った。


江戸川が手帳を閉じた。


「今回の依頼書はないですね」と江戸川は言った。「誰に頼まれたわけでもない」


「探偵は依頼がないと動けないんですか」と根古が言った。


「……動けます。今夜、それがわかりました」


根古は窓の外を見た。十二月の朝が、可児の山の向こうから来ていた。


??守護霊たちが、またゆっくりとざわめき始めていた。まだ終わっていない。

持田勇二はまだ捕まっていない。水落観音と古虎渓ハウスは、まだ確認できていない。


??でも今日は、ここまでだ。


ヤマトのことを思い出した。昨夜から一人にしていた。


「帰ります」と根古は言った。「猫が待っています」


「根古さん、水落観音と古虎渓ハウスはどうしますか」と江戸川が言った。


「続きは、また次に」


「次、というのはいつですか」


「体調のいい日に」


村田がけらけらと笑った。


「根古さんらしいな」


根古は上着を着て、ラクカを出た。


十二月の朝の空気が、頬に冷たかった。


軽自動車に乗り込んで、エンジンをかけた。


??水落観音。古虎渓ハウス。まだ何かある。


でも今日は、ヤマトに会いに帰る。


それだけで、十分だった。


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