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元・魔王と人間の家族

 アルトはユーリの家族に温かく迎えられ、ともに夕食を囲んだ。


 料理は全てミレーヌの手作りで、この日の献立は、細切れの鶏胸肉の入ったミルク粥と、パプリカのピクルスが多めに入ったサラダ、そして、スパイスの効いたケチャップが添えられたフライドポテトであった。


「すいません、突然お邪魔しちゃって」


 と、アルトは恐縮しながらも、料理を口に運ぶ手が止まらない。


「お兄さん、なかなかの食いっぷりだね」


 ユーリの上の娘――マリーが、感心したようにアルトを見た。


「いや、とっても美味しくって」

「そうだよ、お母さんの料理はね、世界で一番おいしいんだよ」


 ユーリの下の娘――メグは、アルトに負けじと口の周りにミルク粥の米粒をつけながら、ウェッジカットのフライドポテトを数個まとめてフォークに突き刺し、口一杯に頬張った。


「お口にあってなによりです、お粥はお代わりがあるので、遠慮なく言ってくださいね」


 ミレーヌが笑いながら言った途端、アルトは粥の木皿を突き出し、


「お願いします!」


 とお代わりした。


「ミレーヌの料理の腕は確かにいいと思うが、アルトくん、キミはいつも何を食べているんだい? まるで数日間まともな料理を食べていなかったみたいだ」。


 ユーリも、アルトの食いっぷりに呆気に取られながら、ミレーヌにミルク粥のお代わりを頼んだ。


 アルトは家庭料理というものに縁遠かった。これまでアルトが食べる物は、魔王国にいたときは料理番が作り、今は大体食堂で食べるか、総菜を買って食べるかのどちらか。

 もちろんそれらの料理も美味しいことは美味しいが、愛する者に向けて作られた料理の味は、アルトがこれまで食べてきたどんな料理とも違う物であった。


「この野菜は、ユーリさんが育てたものですか?」


 アルトはサラダを口に運びながらユーリに聞くと、ユーリの代わりにメグが答える。


「あのね、このピクルスとジャガイモは、去年お父さんが作った物なんだよ」


 メグに続いてマリーが呟いた。


「でも、今年はダメかもね」

「ダメ、って?」


 アルトが聞くと、マリーはユーリを睨んだ。


「耕作に使う牛がいないんだもん」

「こ、こらマリー!」


 ユーリが慌ててマリーが話すのを止めようとしたが、マリーは意に介さず続けた。


「先々月、耕作に使っている牛を二頭とも教会に寄附しちゃったもんね。それでどうやってあの広い畑を耕すのさ」

「そりゃ……皆で力を合わせれば」


 ユーリが小さな声で答えたが、マリーは溜息をついた。


「あの広い畑を全部は無理でしょ、それに牛を使うのに慣れたせいで、お父さん直ぐに根を上げたじゃない」

「う……」


 なるほど、裏の畑の様子はこういうことかとアルトは合点がいった。


「こらこら、マリー、それくらいにしなさい」


 ミルク粥のお代わりを持って来たミレーヌがマリーを嗜める。


「だからお父さんは、都市間魔動車の受付でアルバイトをしているんでしょう?」


 その点のアルトの疑問も解消された。

 ユーリは、牛を買い直すお金を稼ぐために都市間魔動車の受付でアルバイトしているのだ。


「それにしても、何で教会に寄附なんてしてしまったんですか?」


 アルトは2杯目のミルク粥を木製のスポーンで掬い、数度息を吹いて冷ましてから口に入れながら聞いた。すると、マリーも乗っかるようにようにしてユーリを質す。


「そうよそうよ、本当に有り得ないわよ、教会のために私たちの暮らしが大変になるなんて」


 ユーリはバツが悪そうに答えた。


「しかしな、神様のご加護を得るためには、当然の行いなんだ。特に今回の寄附の募集は貧民救済のためだったから、素晴らしい善行であったと言えるんだよ」

「それで私たちが生活に困ったら本末転倒よ。それに、本当に貧しい人のために使っているか分からないわ」


 マリーが不満そうに口を尖らせた。

 そこでミレーヌが、少し強い口調でマリーを注意した。


「こら、マリー、そんなこと言わないの、神様が見てらっしゃるわ」


 そして、また優しい口調に戻る。


「それに、去年ほどは収穫できないでしょうけど、家族みんなで力を合わせれば、家族が食べていけるくらいは収穫できるわ」

「それなら良いけど……」


 と言いながらも、マリーは不満そうに「ご馳走さま!」と乱暴に言って、食器を台所に片すと、自分の部屋に籠ってしまった。




 夕食後、アルトは居間でくつろぎながら、夕食時の教会の話を思い返していた。


 ハルエスト教会。

 アルトもかねてから名前は聞いていた。人間社会で最も信者の多い教会である。


 この世界を創造した5柱の神のうち、人間を作ったといわれる「アグラ・ヨルン」という神を崇め、教会に財産を寄進することでアグラ・ヨルンの加護を得ることができ、死後も平穏な眠りが約束されるという。


 アグラ・ヨルンの姿は、雌雄同体の美しい姿とされ、その姿を書き写したものが結構な額で教会から販売されていた。アグラ・ヨルンの加護を得るためには、その御姿を映したものを必ず家に置いておくよう教会は説いており、ユーリの家の居間にも、御姿は丁重に飾ってあった。


 その御姿を見ながら、果たしてアグラ・ヨルンは本当にこのような姿をしているのだろうかとアルトは思っていた。


 教会に対する財産の寄進については良いも悪いもない、教会は決して強制しているわけでなく、信者の好きなようにすれば良いとアルトは考えていた。しかし、そもそも超越的な存在であるアグラ・ヨルンが、財産の寄進をした者を加護する理由が分からない。財産の寄進で、アグラ・ヨルンに身を捧げる姿勢を示すと教会は言っているらしいが、財産の寄進以外にもその姿勢とやらを示す方法はあるのではないか。

 などと、アルトは魔王国にいた時分に、書物でハルエスト教会のことを知って以来思っていたが、実際に信者であるユーリと接してみて、ユーリの生活は、アグラ・ヨルンの信仰によって少なからず幸福度が増しているように思えて、何が正しく、在るべき形なのか分からなくなった。


 ユーリが紅茶の入ったカップを持って来てアルトに手渡した。


「アルトくん、今連絡が来て、ベルディの魔動車の中で財布が見つかったってよ。明日に午前中には届くそうだ」

「本当ですか、いやあ、良かった……」


 アルトはホッとして、身体の力が抜けたようにソファに深く身体を預けた。


「さっきは変なところ見せてしまってすまなかった」

「あ、いえ、賢いお嬢さんですね」

「ああ、俺なんかからどうしてあんな賢い子が生まれたのか、ハハハ」


 ユーリが自嘲気味に笑い、手にしたカップに口をつけた。

 そして、少し間を置いて口を開いた。


「実は、明日、この町で祭りがあるんだ」

「へえ、良いですね」

「これから農作物の種や苗を植える時期だからね、今年の収穫を願う祭りさ」

「何かイベントとかもあるんですか?」

「ああ……その祭りでは、毎年力自慢を競う大会が催されてね、今年の優勝者への商品は牛2頭なんだ」

「牛……? それじゃあ」


 アルトが興味深そうにユーリを見ると、ユーリは頷いた。


「そうだ、必ず優勝して、牛を手に入れてやる。こう見えても、農作業で鍛えられて、力には自信があるんだ」


 ユーリは笑顔で力強く拳を握った。

 と、そこへ、寝間着に着替え、髪を降ろしたメグがやって来て、アルトの横に座った。


「アルトくん、これあげる」


 そう言ってメグがアルトに渡したのは藁で作った人形。2頭身くらいのバランスで丁寧に服も着せてあった。


「これは……?」


 アルトは不思議そうにその人形をまじまじと見た。ただの不格好な人形に見えるが、どことなく既視感がある。


「これね、キャットンなの、アニマル・キングダム、知ってる?」

「……!?」


 確かに言われてみれば、アルトの好きなキャラクターであるアニマル・キングダムのキャットンだ。


「ねえ、知らないの? アニマル・キングダム」


 メグはちょっと悲しそうな顔をしたが、


「……いや、知っているさ……凄い、似ている」


 とアルトが人形を見つめながら言ったので、メグはとても嬉しそうな顔をした。


「本当にもらっていいのか?」

「うん、お友達にはね贈り物をするの。これで、アルトくんと私はお友達よ」

「ああ、友達だ、大事にするよ、これ」


 アルトがそう言って、屈託なく笑うと、メグはなぜか恥ずかしがってユーリに抱き着いた。


「良かったなメグ、友達ができて」


 ユーリはそう言いながら、アルトに困ったような笑みを浮かべて小さく頭を下げた。


「メグ、そろそろ寝ましょうね」


 ミレーヌがメグを呼んだので、メグは「じゃあ、アルトくんおやすみなさい」と言ってミレーヌとともに寝室に入って行った。


 アルトはメグからもらった藁のキャットン人形を大事そうに手に握りながら、人間の家族に接したことを感慨深げに考えていた。

 なんと素晴らしい、愛に溢れた関係か。人間は一個人では魔族よりも弱い。だが、集団となると魔族に引けを取らない強さとなる。その秘密が、このユーリ一家に溢れる愛にあるような気がした。

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