岩盤崩壊、クロエ孤立
探索を再開して直ぐに、監視役の騎士がブラストに近付く。
「何があった」
歩きながらブラストは聞いた。
「いえ、大したことはありません」
監視役の騎士の返答と同時に、ブラストは背後を振り向き、隊員たちの様子を見た。
「3人の様子は?」
「クロエとエリックでアユナ湖での話をしていましたが、特に気になる点はありません。ですが……」
「眼鏡の小僧の方か」
「はい、魔族とつながっている様子はないのですが、ただ1つ、あの男、白蛇のガネッサがアユナ湖に出現したことを知っていました」
「ほう……」
ブラストの眼がギラリと光る。
先般の事件の元凶が、オルレウス魔王国軍団長白蛇のガネッサであったということは、クロエの報告によって騎士の上層部の中では知れ渡っていたが、市民に不安を与えないようにということと、軍団長にみすみすベルディの街の近くにまで――実際には街の中にも入られていたが――接近を許したことは騎士の守備体制に問題があると指摘されかねないことから、公には伏せていた。
「クロエは真面目な騎士です。守秘義務を侵すとは思えません」
「そうすると、なぜ知っているのか、だな」
ブラストが言うと、監視役の騎士は声に出さず頷いた。
「引き続き様子を見てくれ、頼んだぞ」
監視役の騎士は歩く速度を落として、ブラストから離れて後方に移動を始めた。
「……!」
アルトが突然立ち止まり、それに気付いたクロエもまた立ち止まって振り返った。
「アルトくん、どうかした?」
「いえ……」
アルトはほとんど目の動きだけで、左側の洞窟の壁から、天井、右側の洞窟の壁の様子を見た後、今歩いて来た背後を振り向き、暗闇をじっと見つめた。
前を歩く騎士たちは気付いていないようだが、アルトは異常な魔力の高まりを感じていた。
魔力の発生源は一体どこだ。
アルトは感覚を研ぎ澄ませた。
そしてついに気付く。
真下。
アルトがハッと足元を見た。
次の瞬間、ダンジョンが激しく揺れ、アルトの足元が崩れた。
アルトは咄嗟に飛びのいて下層に落下するのを防いだが、
「きゃああっ!」
と目の前でクロエが落下していく。
さらにその先を見ると、エリックが間一髪で落下から免れたように崩落した地盤の際で尻もちをついている。
クロエだけが岩盤の崩落に巻き込まれ落下した。
「どうした、大丈夫か!」
ブラストの声がする。
「く、クロエが穴に落ちました!」
隊員が大声で報告する。
「た、助けに行かないと……!」
エリックが慌てて穴を覗こうとしたので、監視役の騎士がエリックの後ろ襟を掴んで穴から遠ざけた。
「止めろ、お前まで落ちるぞ」
そこにブラストが駆け寄り状況を確認する。
「一旦落ち着け、まだ揺れるかも知れない、落ち着いてからだ!」
ブラストがそう言うや、またも洞窟が激しく振動し、今度は天井の岩盤が一部落下して来た。
アルトは、その一瞬、落下して来た岩盤でアルトの姿がブラストらから見えなくなる一瞬をついて、背負った荷物を置いて穴の底に向かって飛び降りた。
何メートル落下したのか。
クロエは、ゆっくりと身体を起こすと、乱れた髪をかき上げて、辺りを見回した。
底まで落下するのを防ごうと、鞘を岩盤に引っ掛けようとしたことと、底が砂地であったこと、そして上手に受け身を取ることができたことで、クロエはかすり傷程度で済んだ。
クロエは立ち上がりながら、乱れた髪をまとめて、再び後ろで1つに縛ると、懐中電灯を真上に向けた。
穴が塞がっている。
後続の揺れで落下した岩盤で塞がってしまったのだろう。
不安が胸をしめつける。1人でダンジョンの下層にいる。自力で脱出することはできるだろうか。ブラスト隊長は助けに来てくれるだろうか。いや、ブラスト隊長以下、ほかの隊員たちが無事であるとは限らない。生存しているのは自分1人かも知れない。
クロエは不安感を減らすため、大きく深呼吸した。すると、空気と一緒に砂ぼこりが口に入って来て喉に引っかかり、クロエは思わず咳をした。
「ゴホッ、ゴホッ……ふう……よし」
とにかく前に進もう。生きてダンジョンから脱出するにはそれしかない。
クロエは目の前に続く暗い洞窟に向かって歩き出した。
背中のリュックには、3日分の食料と水。節約すれば1週間は持つだろう。1週間もあれば、きっとダンジョンから出ることができる。
クロエは、自分が妙にポジティブなことに驚いていた。以前はこんなに前向きではなかった気がする。目の前のことに右往左往し、前進できなかった。以前なら、もしかすると助けを待つため、落下地点から動かなかったかもしれない。
だが、自分の力で道を切り開くことの重要性を意識し、そして、自分の力で道を切り開けると今は信じていた。そんな風に考え方が変化したのは、きっと白蛇のガネッサに対し、死を覚悟しながらも立ち向かった経験のおかげだろう。
クロエが歩き始めてからほんの十数分、クロエが手にする懐中電灯の光が、異様なものが照らした。
奇怪な文様が刻まれた巨大な石の両開きの扉。
「なんで、こんなものが……」
クロエは唖然としながら、扉の文様を手でなぞった。
自然の洞窟の中に明らかに何者かが作った扉。この不可思議さが、ダンジョンがダンジョンたるゆえんか。
と、そのとき、突然、扉の文様が光り輝いた。
「な、なに……?」
クロエが咄嗟に扉から手を離して距離を取ると、扉はゆっくりと向こう側に向かって開いていく。
扉の奥は天井の高い広い部屋であった。
四角い石を積みあげた壁。装飾の入った柱が四隅にある。
そして一番奥には、今開いた扉と同じ石の扉。
このように部屋の内部の様子が分かったのは、壁の所々にたいまつが掛けられており、部屋の中を微かに見渡せるほどの明るさがためだ。
まるで、何者かがクロエを迎えるために準備していたかのよう。
クロエは、初めは部屋に入ることを躊躇っていたが、部屋の奥の扉がダンジョンから脱出する道につながっていることを信じて、部屋に脚を踏み入れた。
すると、奥の扉がゆっくりと、石が擦れる音を立てながら開いた。
その奥は漆黒の闇。
クロエは息を呑んだ。
次の瞬間、扉の向こうから、太いロープのようなものが飛んで来た。
クロエは間一髪かわすと、剣を抜き、続く攻撃に合わせてロープのようなものを切り払った。
「これは……草?」
斬り落とした者を見ると、直径5センチメートルほどの、若葉色の植物の蔓であった。
クロエが細い樹木程の太さの蔓をまじまじと観察していると、またも扉の向こう側から蔓が飛んで来た。
今度は数本。触手のようにうねりながら、クロエを襲う。