探索開始
2日後、ダンジョン探索部隊はダンジョンに向かって出発した。
メンバーは、巨漢で笑顔を絶やさない隊長のブラスト、クロエ、エリック、庶務記録係のアルトのほか、4人の騎士の合計8人。
8人は、2台の馬車に別れて乗り込み、ベルディの西に向かって馬車を走らせた。
出発は朝8時。その日は小さな街で1泊し、翌日昼前に山中の洞窟の入口に到着した。
「見たところただの洞窟にしか見えないですけど……」
エリックがおっかなびっくり洞窟の中を覗く。その横で、隊長のブラストが暗闇に眼を凝らしている。
「確かに外見はな、だが、ビンビン感じるぞ、嫌な魔力を」
ブラストは肝試しに行く若者のように高揚している様子。
クロエも、魔力ではないが、いやな雰囲気が漂っていると感じていた。
「あなたはどう? 何か感じる? って感じるわけないわよね」
クロエはアルトに話を振ろうとして、無駄な質問をしたと押し留めた。
「そ、そうですね……良く分からないですね、ハハ……」
アルトはそう言って申し訳なさそうに頭を掻いたが、はっきりと感じていた。
「鍵」と同種の魔力を。「鍵」であるとは限らないが、この洞窟には何かがある。だが、それは同時に大きな危険性を孕んでいるということ。アルトがこれまでに潜ったダンジョンよりも、はるかに危険な匂いがする。
「よし、皆集まれ」
ブラストが声を掛けて、隊員を自分の周りに集めた。
「思ったより嫌な雰囲気のするダンジョンだが、今回の任務は定期的な内部確認ということで、これまでも大きな問題は報告されていないため大丈夫だと思う。だが、油断は禁物だ。何か違和感があれば、直ぐに俺に報告してくれ」
そうして、隊員たちは馬車から荷物を降ろし、中身の点検を始めた。
「アルトくん、キミはこれを持ってくれたまえ」
そう言ってブラストが指したのは、アルトの身体よりも大きいリュックサック。
「ちょっ、ブラスト殿、騎士でない彼にこの荷物は……」
その荷物は体格の良い騎士でも背負うのが困難な重さ。クロエはアルトには無理だと思った。しかし、もちろんブラストも分かっている。これはブラスト流の冗談。アルトが持ち上げられないと言ったところで、すまんすまんと謝り、場の空気を和ませようと思っていた。
が、
「はい、分かりました」
と、アルトは軽々と背負ってしまった。
「は……?」
クロエは驚き固まった。
ブラストも目を丸くし、
「あ、アルトくん、大丈夫なのかい……?」
と思わず聞いた。
そこで初めて、この荷物が普通の人間には背負えないほどの重さであるとアルトは気付いた。元・魔王たる自分にとっては片手でも持てる重さ。アユナ湖で投げ飛ばしたガネッサよりも軽い。だが、普通の人間ならば、相当な重量であり、簡単には持ち上げられないのだ。
なので、アルトは、
「あ、ああ……はい、何か今日は身体の調子が良いみたいですね」
と良く分からないことを言って、おもむろに眼鏡を指で上げて、決め顔をしてみせた。
「そ、そうかい、それなら頼んだよ」
ブラストがそう言ってこれ以上の追及はしてこなかったので、アルトは上手くごまかせたと思ったが、実際には全員からあまり関わらない方が良い変な奴と認定された。
かくして、一行はブラストを先頭に洞窟に脚を踏み入れた。アルトは最後尾、その前がクロエ、そしてその前がエリックという順番。そして、3人の前を歩く騎士は、ブラストから団長クロムウェルの秘密の任務の内容を伝えられ、3人の会話や様子に注意するよう指示されていた。
ダンジョンの中は広く、立って歩ける十分の高さと広さがあり、一行は途中、コウモリやヘビのモンスターと遭遇しながらも、順調にダンジョンの奥へと歩みを進めた。
そして、1時間くらい歩いたところで、地底湖のある広い空間で休憩を取ることとした。
アルト、クロエ、エリックが3人固まって座っていると、ふとエリックが話題を振った。
「ダンジョンの探索もなかなか大変ですけど、死にそうになったアユナ湖のときに比べれば、まだ大丈夫ですね」
クロエが水筒の水を一口飲んでから答えた。
「そうね、あのときは本当に死を覚悟したわ」
「いや、何度も言いますけど、クロエさんがいなければ、僕は間違いなく死んでいました。命の恩人です。一生ついていきますよ僕」
クロエはバツが悪そうに手を振った。
「いやいやいや、正直、エリックの方が私よりも強いし、私なんて……」
「僕がクロエさんを尊敬しているのは、精神的な部分です。あのとき、迷うことなくオレスを追い掛け、そして、敵わない敵を相手に身を挺して僕を助けたその勇気が、騎士の鏡だと僕は思うんです」
エリックがクロエを褒め千切り、クロエは恥ずかしそうに、申し訳なさそうにしている様子を、アルトは興味深そうに眺めていたが、ふと、近くにいた騎士が口を挟んだ。
「ふん、だが、クロエがアユナ湖に行かなければ、4人は死なずに済んだかもしれないだろ」
その騎士は、クロエを一瞥すると足元の石を蹴った。
「確かに、そうかも、知れません……」
クロエは足元をじっと見つめながら、振り絞るように答えた。
「死んだ4人の中には、俺の親友もいた。家族もいて、将来有望な奴だった。なんであいつが死んで、お前みたいな落ちこぼれが生き残ったのか分からねえ」
騎士が吐き捨てるように言った。
エリックは言い返そうとしたが、目上の騎士であるため躊躇っている様子。
「あいつじゃなくて、お前が死ねば――」
「たらればの話をしても不毛だと思いますけど」
騎士の続く言葉を遮ったのはアルトだった。
「もしもクロエさんがアユナ湖に行かなければ、白蛇のガネッサによって、ベルディの街が破壊されていたかも知れません」
「な、なにぃ……」
「それにオルレウス魔王国の軍団長に遭遇すれば必死です。死んで当然です。生き残ったクロエさんとエリックさんは運が良かっただけです。それなのに、『何でお前は生きてるんだ』って言われても、困りますよね」
アルトはそう言ってクロエを見た。
クロエは、アルトが言い返したことにただただ驚き、同意せずに唖然としていた。
言い返された騎士は当然激昂する。
「手前、事務員の癖に、騎士に口答えしやがって……!」
その騎士は剣の柄に手を掛けた。
と、そのとき――
「止めろ!」
ブラストからクロエらを監視するよう指示されていた騎士が制止した。
「全く大人げない、ダンジョンの中で、仲間同士でトラブルを起こすな」
「す、すまん」
クロエに食ってかかった騎士は、バツが悪そうに柄から手を降ろした。
「おうい、どうした、大丈夫かぁ?」
少し離れていた所で休んでいたブラストが、騒ぎに気付き声を掛けてきたが、監視役の騎士が手を挙げて答える。
「大丈夫です、問題ありません」
「そうかぁ、じゃあ、そろそろ行くぞぉ」
ブラストが声を掛けて、一行は再びダンジョンの中を歩き始めた。




