13 料理人ギルド入会試験(後編)
アレクはワゴンの上の肉を見た。
(ステーキ? ただ肉を焼くだけなのか?)
アレクはもっと複雑な手順を踏まなくてはならない難しい料理が出るかと思っていた。それがただ肉に火を通すだけのステーキが課題と聞いて少し戸惑いを覚えた。
グロドスが口を開いた。
「課題は今言ったようにステーキだ。ただし、ただのステーキではない。横にあるステーキの皿を見てほしい。それは私の店で出している『至高のステーキ』だ。外側はよく火が通り焦げ目がついているが、中は赤く、見た目は生肉のように見える。しかし実は中の芯まで火がちゃんと通っている。試食してみたまえ」
アレクは分厚いステーキをひと切れ口に含んだ。
(柔らかい)
中の赤い部分は生ではない。ちゃんと火が入っていて、それでいてジューシですごく柔らかかった。
「これはごまかしがきかない料理人の腕が顕著にあらわれる料理だ。この至高のステーキを超えるステーキを出したら合格だ。ただし味付けは塩だけだ。ソースやつけダレを使用することはできない」
(そうすると火入れがすべてということか)
「今から30分の時間を与える。その制限時間内に完成できなければ、失格だ。キッチンは隣の部屋にある。そこを自由に使っていい」
アレクはキッチンに移動した。
そしてワゴンの上の今食べたステーキの焼き方を【鑑定】した。
「【このステーキの焼き方】最初は強火で表面を焼き、つぎに弱火でじっくり中まで火を通す。それを裏表交互に繰り返し、中まで火を入れる。外側を焼きすぎないようにして中まで熱を浸透させること。火が強すぎると外側は焦げて固くなり中は半生になる。火が弱すぎると外側はちょうどよくても、中まで火が通らない。火の強弱の加減が重要」
(よし、分かったぞ)
キッチンには白の制服を着たコックが1人いた。
「料理人ギルドのカザマといいます。私が雑用を手伝います。また他の人が作った料理のとのすり替えがないかなどの監視も兼ねています。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
アレクは頭を下げた。
「コンロにはもう火を入れています」
アレクは、肉をフライパンに入れるとコンロの前に立った。
炉の中では木炭が勢いよく燃えていた。
「火加減はどうやって調節したらいいですか」
アレクはカザマに訊いた。
「その横の空気の取り入れ口の開閉で調節しますが、正直言って微妙な火加減を調節するのは難しいですね」
アレクは課題の肉を見た。
分厚い四角の塊だ。サンダルの底ような平べったい形の肉ならいざ知らず、ブロックのような肉塊のステーキに中まで火を入れてしかも焦がさないようにするには、火の調節が不可欠だ。
時間が無いので、とにかくアレクはステーキを焼くことに取り掛かった。
コンロの上のフライパンに肉塊を乗せると、ジューという音を立て、肉の表面に焦げ目がついてくる。
(そろそろ火を弱めて弱火でゆっくりと火をいれないと)
だがコンロの通気口の窓の扉を半分閉めても火の勢いは落ちなかった。全部閉めると、火が消えてしまう。
(火加減の調節ができない)
強火のままだと外が焦げてしまう。かと言って途中で火を消したり、コンロからフライパンを外すと、大きな塊の肉の芯の部分までは火が通らない。
(困った。これでは見本に出された至高のステーキを超えるステーキなど出せない)
視線に気がついてカザマを見た。
カザマはアレクを憐れむような目で見ていた。
「このコンロでは火加減の調節ができないんだ。グロドスさんの店ではいったいどうやってあんな風に焼いているんだ」
アレクは思わずカザマにぼやいた。
「そりゃあ、コンロが違います」
「コンロが違う?」
「グロドスさんは、至高のステーキを出すために、新しいコンロを発明したんです。なんでもそのコンロは微妙な火加減の調整を簡単にできるそうです」
「じゃあ、なんでそのコンロをここにも置かないんだ」
「そのコンロはグロドスさんの商売上の秘密だということで、よそには無いんですよ。同じコンロを作ることを禁じ、コンロについての情報も外に漏れないように厳重に管理しているらしいです」
「それじゃあ、あの至高のステーキを超えるステーキなんて焼けないじゃないか」
「その通りです。私も前にやってみたことがありますが、普通のコンロでは、その厚さの肉を焼けば、中まで火が通らないか、逆に焼き過ぎてしまいます」
「それじゃあ、この試験は……」
「グロドスさんは最初からあなたを受からせる気はなかったんですよ」
カザマが感情の無い声で淡々と言った。
残り時間はあと10分しかなかった。肉はまだあるが、このコンロでは審査に通るようなステーキを焼くなど不可能だった。
「棄権しますか?」
カザマが訊いた。
だがアレクはここまで来て棄権するのは悔しかった。
(あれ、待てよ、僕は森でどうやって焼肉を焼いていたっけ。森にはコンロなんてない。僕は自分の掌から出る火で焼いていたじゃないか)
「よし、やるぞ」
アレクは調理台の上に肉を乗せたフライパンを置いた。
そして肉の上に手をかざすと掌から火を出した。
さっき試食したステーキを思い出し、それよりもさらに外側はカリッと香ばしく、中は柔らかくジューシで、それでいてしっかりと火が通っていて旨味の詰まったステーキ肉をイメージした。
するとアレクの意のままに火を調節することができた。
「アレクさん、それは……」
カザマが驚愕した顔をしていた。
「初級の火炎魔法です。少しだけ使えるんです」
とりあえずそう言ってごまかした。
「魔道士ではないのに魔法が使えるんですか?」
それには答えず、調理を続けた。
最後の仕上げに塩を振った。
塩加減は自分を信じて、直感に委ねた。
「時間です」
ケンジ審査員がキッチンに入ってきて言った。
「ちょうど、出来上がったところです」
アレクは肉を皿に盛り付けると、審査委員の待つ部屋に行った。
審査委員の前でステーキを切り分けると、各審査委員の前に皿を置いた。
グロドスは自分の前に置かれたステーキを見ると、眉間にしわを寄せた。
「では、実食します」
審査委員は肉の焼き加減、色合いなどを確認し、その後、ステーキを口の中に入れた。
3人とも無言で、無表情だった。
アレクは緊張で心臓がバクバクしてきた。
審査委員は黙ってステーキを完食した。
「では、審査結果の発表です。最初はジャスミン委員から」
グロドスが重々しい声で言った。
ジャスミンは長い栗色の髪を後ろにかき分け、アレクを見つめた。
「合格よ」
そう言うとニッコリと笑った。
「次はケンジ審査委員」
ケンジはグロドスをいちべつしてから、アレクの方を向くと言った。
「合格ですね」
「やった!!」
後ろの方で父親と結果発表を傍聴していたジャンが喜びの叫び声を上げた。
グロドスは困ったような顔をして、部屋にいる一同を見回した。
そして悔しそうな顔をして言った。
「私も合格だと認めざるを得ない」
「おめでとう、アレク君」
バルダシムがアレクの両手を握った。
ジャスミンがニコニコしながら寄ってきた。
「絶妙な焼き加減だったわ。でも、よくあのキッチンのコンロでこんな風に肉を焼くことができたわね」
アレクはなんと答えていいのか分からなかった。
「あの焼き加減はまるで魔法だ」
ケンジもそう言った。
ジャンがガッツポーズをしながらアレクの胸に飛び込んできた。
「本当によかったね!」
こうしてアレクは料理人ギルドの会員になった。
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